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出勤!中間管理職戦隊ジェントルマン 第2話 承認と顕示 【9,10】

<3,700文字・読むのにかかる時間:8分>

1話を10のシークエンスに区切りました。今回がラスト。第1話はこちら。

1,2】【3,4】【5,6】【7,8】はこちら

【 9 】

「ベースになっている人間が特定できました」
 モニターを凝視していた千堂が、博士を仰ぎ見た。ポニーテールが揺れる。
「この人物は、アパレルの広報を退職して、フリーランスになっています。しかし軌道に乗らなかったようで」
「アパレルの看板が外れたら、誰にも相手にされなくなったということか」
「はい。新しいアカウントのフォロワーは百分の一に満たなかったようで、それに戸惑う様子がログに残っています」
「そうなると、自分を大きく見せたくなる」
「そのとおりです。大量の捨てアカウントを持っていることがわかりました」
「自作自演か」
「最初はそのつもりだったようです。しかし新しい趣味を見つけたようで」
「新しい趣味?」
「アンチコメです」
「それは悪趣味だな」
「名のあるインフルエンサーや著名人を攻撃して、相手の反応を楽しんでいますね。過激な攻撃ほど”いいね!”が付くようです」
「承認欲求が肥大化したところを、つけ込まれたか」
 男は顎に手を当てて、二秒だけ考えた。
「つまりヤツを倒すなら、アゲダシドウフが適任ってことだ」

 インターホンのモニターには、警察官の姿が映し出されている。
 ナンコツとトリカワポンズは、ホムンクルスを蹴散らしながらも、外の様子を確認する。パトカーの数はさらに増えていた。

「最後はやっぱりここの家主の姿がいいよね」
 テラサキはそう言った。表面が蠢き、次の瞬間には北原しほりとして具現化する。タンクトップ姿から、白シャツとスキニージーンズに変わっていた。
「そろそろ、他のインフルエンサーの投稿をしないといけないの」
「他のインフルエンサー?」
「そう。いまや日本で有名な人たちはみんなわたしなの」
「どういうことだ?」
「だからいつまでもあなたと遊んであげられないの」
 健康的な北原しほりは、白いトップスの開いた胸元を見せつけるため、前かがみになる。
「ごめんなさいね。おデブさん」

 インターホンは繰り返し鳴り続けている。そして、三人のスマホの通知も鳴り止まない。ホムンクルスはしきりに打撃を繰り出してくる。アゲダシドウフは唾を飲み込んだ。
『アゲダシドウフ。聞こえてますか?』
 サングラスから阿佐ヶ谷博士が問いかける。
『質問です。あなたの前職はなんですか?』
「え? わたしの?」
『ええ。あなたの前職です』
「それって」
『あなたも必殺技を持っています。それはあなたの理性や職業倫理が強く影響します。ですから答えてください。どんな仕事をしていましたか?』
「わたしは……」

 アゲダシドウフの脳裏に、電子機器の並ぶオフィスが浮かんだ。

「通信会社、東京ウェルコムの……総務部長」

【 10 】

 ホムンクルスと戦いながら、桜田通りを見下ろしたナンコツ呟いた。
「まずいですね不動産会社の車が来ました」
「警察の要請に応じたか」
「ええ。ここの鍵を開けに来たんでしょう」
「もう残り時間が少ないな」
 ホムンクルスを蹴り上げながら、トリカワポンズが舌打ちをした。

『そう、アゲダシドウフ。あなたは元総務部長です』
 阿佐ヶ谷博士の語気は強い。
『あなたの職業倫理を思い出してください。目の前にいるのは、北原しほりではない。ニセモノです』
「ニセモノ……」
『そうです。どうやら数多くのインフルエンサーが、すでに北原しほりと同じ運命にあるようです。ぷかきんも、しめじぶちょーも、夏原ひかるも、目の前にいるアルケウスに取って代わられていたんです』
 アゲダシドウフの心臓が、どくんと波打った。
『私たちがスマホの画面を通して見ている世界は、まさに虚構だったということですよ』
「虚構……ニセモノ……不正」
 アゲダシドウフの両手に次第に力がこもっていく。

『そうです。元総務部長のあなたは、安全衛生や情報管理の重要さを誰よりも知っているはず。委ねてください。あなたの心にいる総務部長に、すべて委ねてください』
「わたしの心にいる、総務部長に……」
 アゲダシドウフのサングラスから銀色の光が発せられた。その輝きがアゲダシドウフの全身を包んでゆく。

「わたしの心にいる、総務部長……」

 輝きが、アゲダシドウフのふくよかな体を持ち上げた。
 銀色の輝きに包まれたアゲダシドウフは空中に静止した。左の拳を腰のあたりで握り、右の掌を突き出すその姿勢は、まるで風神雷神図のようだ。

 彼は、なかば無意識なまま、必殺技を繰り出していた。


事実検証


 その激しい発光は高輪全体に及んだ。
 リビングルームは光に包まれ、あらゆる影が消えた。その光のなかで、アルケウスは”北原しほり”の表面をみるみるうちに崩されていく。

『素晴らしい! ヤツの塗り固めたウソを消しとばしたんだ。それがヤツの本当の姿です』

 それは、ソファの裏に転がっているミイラに似た姿だった。しかし、その数が違う。およそ60体ほどのミイラが圧縮され、一体化している。もはや体のどの部位かわからないほど、混ざり合い、絡まり合い、押し潰し合う。そして糞尿のように黒い霧が漏れ出している。

 いつの間にか、インターホンとスマホの通知は鳴り止んでいた。桜田通りから警察が撤収を始めている。デマが消滅したのだ。

『それにしてもおぞましい姿だ。人間を吸収して肥大化したんでしょう』
 サングラスはまだ銀色の光を失っていない。

『アゲダシドウフ。二発目を放ちましょう』

 空中で静止したままのアゲダシドウフは、次なる必殺技を繰り出した。


公益通報者保護


 アルケウスの全身が振動し、黒い霧がざわつく。数秒の静止のあと、ミイラの一体が塊から離れ、霧になって消えた。それを皮切りに、一体また一体とミイラが離脱していく。

「こ、これは……」
 ナンコツが呟く。
「まるで……沈む船から逃げるネズミ」
 トリカワポンズが汗を拭う。

『これも効いています! 無理やり従わされていた者たちが、やり方についていけなくなって、見限っているんです!』
 博士は興奮を隠さない。

 そうして60体のミイラが去ったあと、その中央に残されていたのは、小さな、ホムンクルスよりも小さな、こけしのようなアルケウスだった。
「あれが……本体?」
 呆然と呟くナンコツ。
『さぁ、トドメを刺しましょう。アゲダシドウフ』

 アゲダシドウフは床の上に降り、そのあまりにも小さいアルケウスの前に立った。そこでようやく気づいた。アルケウスは蚊の鳴くような声で、なにかを主張しているのだ。

「あたしを倒した気になっているのかもしれないけど、バカじゃないの。ゴミみたいなインフルエンサーなんていくらでも湧いてくるんだから、また取り込めばいいんだよ。面倒くせぇなぁ。どうしてくれんだよ、バカ。おい、おまえ痩せろよ、バカ」

 アゲダシドウフは膝をつくと、そのふくよかな両腕を出し、左右の掌でアルケウスを包み込む。サングラスが銀色の輝きを発した。


アカウント停止


 高輪は三度目の強い光に包まれた。光の中でアルケウスは悲鳴を発し、やがて諦めたように天を仰いだ。それが最後の動作だった。

 アルケウスだった黒い霧は、部屋に散り、あとにはなにも残らなかった。

「終わったか……」
「終わりましたね……」
 ホムンクルスも消え去っている。

 汗だくで、その場にへたり込んだアゲダシドウフのもとに、ふたりが歩み寄る。トリカワポンズは、肩に手を添えて言った。

「おつかれさん。帰って、熱い緑茶でも飲もう」

 アクアリウムはすでに透明に戻り、穏やかな水を湛えている。
「千堂くん。アルケウスは消滅した」
「はい、博士。ジェントルマンの勝利です」
「今日はもう仕事を切り上げて帰っていいから」
「え?」
「それに数日休みが必要だろう。次の出勤は週明けでいい」
「……博士」
 うつむいた千堂は、両手の指先をそろえて口元を覆った。
「ありがとうございます。今すぐ叔母のもとへ行って来ます」
 千堂はクローゼットに駆け寄ると、ベージュのロングトレンチに素早く袖を通し、駆け足で出入口へ向かった。
「博士」
 振り返る千堂。
「本当にありがとうございます!」
 千堂は深々と頭を下げた。その拍子にポニーテールが弧を描く。
「ああ、気をつけて」
 あとはもう脇目も振らずに去っていった。
「千堂くん、白衣の上からコートを着てたけど。まぁいいか」

「大佐。承認と顕示のアルケウス、敗退しました」
「ああ。見てたよ」
「今回は下準備がかなり上手くいっていたので、正直残念です」
「一ヶ月も水面下でよくやったけどねェ」
「もうあと一週間もあれば、飽和したはずなのですが」
「今回は、あいつのほうが一枚上手だったねェ」
「はい。なぜ気づかれたのか……」
「まあ、気持ちを切り替えて次を探そう」
「そうですね」

 大佐と呼ばれた男は、浅草名物人形焼をふたつ手に取った。ひとつを口に放り込み、もうひとつをエプロン姿の男に手渡す。

「ところで、私は明日から数日休むからねェ」
「わかりました。バイトですか?」
「そうだよ。そろそろ生活費がねェ」
「実は私もです」
「そうか。じゃあ、しばらくみんなバイトシーズンだ」
「まとまった金ができたら、また集まりましょう」
「そうだねェ。そのときこそ、ジェントルマンを返り討ちにしようねェ」
「はい。ハイボール大佐」
 エプロン姿の男は、大佐のかたわらに熱いほうじ茶を置いた。


第2話 承認と顕示 完

電子書籍の表紙制作費などに充てさせていただきます(・∀・)