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出勤!中間管理職戦隊ジェントルマン 第2話 承認と顕示 【1,2】

<2,400文字・読むのにかかる時間:5分>

1話を10のシークエンスに区切っており、5日間で完話します。第1話はこちら。

【 1 】

「おはようございまーす」
 アゲダシドウフが、ふくよかな腹をさすりながらやってきた。

「あ、松永さん。おはようございます」
「あれ、千堂さんは私のことを本名で呼んでくれるんですか?」
 千堂はポニーテールを揺らして、微笑んだ。ややウェーブのかかった長い髪だ。低い位置で結ぶのが仕事用のスタイルなのだろう。
「まぁ、博士がいないときは、いいかなと思いません? コードネームって完全に博士の趣味ですから」
「ああ、ですよね」
 頷きながら、アゲダシドウフが上着をクローゼットに掛けていると、電子ロックを解除する音が聞こえた。残りのふたりが出勤してきたようだ。

「おはようございます」
「おはようさんです」
「横島さんと城之内さんはご一緒に出勤ですか」
「ええ。さっきエレベーターホールで一緒になりましてね。っていうか、千堂さんは本名で呼んでくれるんですね」
 三人は銘々に好きな私服でやって来る。ジェントルマンとして出動しているときとは異なり、統一感はまるでない。アゲダシドウフはパーカーを、ナンコツはVネックセーターを、トリカワポンズはネルシャツだ。共通点といえば、ほのかにダサいことだろう。

「阿佐ヶ谷博士は、寄り道してから来るそうですので」
 千堂の言葉に、三人は顔を見合わせた。
「どうかしましたか?」
「いや、博士の名前って初めて聞いたんで」
「知らなかったですか?」
「ええまあ。前回はレクチャーの途中で出動だったものですから」
「ああ、そうでしたね。でも阿佐ヶ谷博士っていうのも、コードネームみたいなもので、本名ではないはずです」
「そうなんですか」
「ちなみにここは阿佐ヶ谷研究所というのが正式名称ですよ」
「なるほど」

「さあ、とりあえず緑茶でも淹れましょうか」
 アゲダシドウフはケトルをセットすると、茶筒の中を覗き込んだ。
「結構な上級茶じゃないですか」
「博士が買うものは、なんでも上級なんですよ」
「高級志向なんですか?」
「味は分かってないですけどね」
 千堂は微笑んだ。
「そういえば、教えていただきたいことがあるんですが」
 ナンコツはメガネのブリッジ部分を中指で押し上げる。
「なんでしょう?」
「あの巨大な水槽は、なんの役割があるのでしょうか。私たちが出動したときは、真っ赤になっていました。今は透明のようですが」

 一同の顔を見回した千堂は、ゆっくりと水槽に向かって歩き出した。袖を通しただけの白衣のフロント部分から、デニムのワイドパンツが軽やかに前後する。靴はコンバースのスニーカーだから足音は微かだ。
「では」
 彼女は、身長の倍はある水槽の前に立ち、振り返った。

「巨大水槽アクアリウムの役割について、レクチャーしますね」

【 2 】

 室内には、心地よい緑茶の香りが漂っている。
 アゲダシドウフは、ひとりひとりにお茶を配って回った。

「アクアリウムの役割はふたつ。まずはエスエナジーの濃度変化を感知するレーダーとしての機能です」
「レーダー?」
「はい。先日のアルケウスの出現の際、赤坂周辺のエナジー濃度が急上昇したのを感知しました。それによって駆けつけることができたわけです」
「なるほど。水の色が変わったのはそれが理由ですか」
「そうです。アルケウスには複数のタイプがあります。先日現れたのは”攻撃と対立のアルケウス”です。このタイプには赤く反応します」

 トリカワポンズはお茶をひと啜りして、ため息をついている。ナンコツはまた中指でメガネのブリッジに触れた。
「では、もうひとつの役割とは?」
「はい。スーパーエゴエナジーを操ることができます」
「なんですか? それは」
「エスエナジーの対立概念です。エスエナジーが欲望を象徴するなら、スーパーエゴエナジーは理性や良識を象徴します。大量のエスエナジーを浴びた人間がアルケウス化するのと同様に、大量のスーパーエゴエナジーを浴びた人間は、ヒーロー化するんです」
 トリカワポンズはお茶を吹き出した。
「それってつまり……」
「はい。ジェントルマンのことです」
 アゲダシドウフは膝ではなく腹を打った。
「じゃあ、あのスーツやサングラスも?」
「そうです。スーパーエゴエナジーを極限まで圧縮し、具現化したものです。博士は天才と紙一重のほうなんですが、それを遺憾なく発揮して……なんかつくっちゃったんですよね。それらも全て、このアクアリウムが制御しています」

 地下室を横断するように横たわる巨大水槽アクアリウム。確かにそれは異様だった。いま彼らがいるダイニングエリアから見ると、水槽の向こう側の空間に、幾つものモニターが並んでいる。コントロールエリアとダイニングエリアは、厚さ1mほどのアクアリウムによって分断されているのだ。人の往来のために、中央にアーチ型にくり抜かれた部分があり、通路として機能している。

「この巨大な水槽にそのような機能が……」
 ナンコツはアーチの下に立った。透明な水が穏やかに揺らいでいる。

「ところで千堂さんはSNSはやってないんですか?」
 突然尋ねるアゲダシドウフ。
「え? まぁ、人並みには。どうしてです?」
「いや、なんか、赤く光っている時とか、映えるんじゃないかなと思って」
「確かに映えますね。松永さんはやってないんですか? SNS」
「私は色々やってますよ。インスタとか」
「インスタやってるんですか。私の叔母がけっこう有名なインスタグラマーなんですけど、北原しほりって知ってます?」
「知ってます、知ってます。北原しほり。読モ出身ですよね。ミドルエイジの星じゃないですか。千堂さんの叔母さんなんですか。へー」

 盛り上がるふたりをよそに、トリカワポンズは緑茶のおかわりを汲みに行った。ナンコツは頬をはりつけてアクアリウムを眺めている。
 そこに、あの男がやってきた。

「おはよう! 紳士淑女のみなさん!」

 阿佐ヶ谷博士だ。

 つづく


電子書籍の表紙制作費などに充てさせていただきます(・∀・)