アクズメ提督史外伝 光速の風神雷神 #AKBDC2023
「防御艦フリーダム、通信途絶」
通信士官からの報告が、母船を守るために配備した全ての艦艇が消滅したことを知らせた。
「ついに丸裸にされましたな」
副官が呟いた。
母船には三十万人の民間人が乗っている。呼称こそ母船だが、コロニーに推進機能をつけただけというのが実態だった。地球が滅ぼされて以来、いくつかの太陽系内コロニーが宇宙を流浪するかたちで種を温存したが、次々に敵に発見されては、撃滅されていった。いまや、この船の内側にいるのが人類の全員だった。
「急造とはいえ、鍛え上げた艦隊がこうも容易くやられるとはな」
「敵は、正体不明の攻撃をしてきます。アドミラル・アクズメ」
「それを突き止めなければ対策の打ちようがない」
「ただいま解析を急がせています。が、それよりも母船の外殻に穴が空くのが先でしょう。いかがいたしますか、アドミラル・アクズメ」
「お前さ、さっきからなんなの?」
アクズメのこめかみに血管が浮いている。
「なんかずっと他人事じゃない? 蚊帳の外から評論しているみたいな態度腹が立つんだけど。穴が空いたらお前だって一緒に死ぬんだからね。斜に構えて恐怖心をいなしているのかなんか知らんけど、一生懸命やっているやつに失礼だと思わないの。あと、いかがいたしますか、じゃなくて、こうするのはいかがでしょうか、って提案型で質問してくんないかな」
「すみません」
「いいんだよ。一緒に考えようぜ。そんで窮地を切り抜けよう」
ふたりは拳を合わせた。全て通じ合った気がした。
「ところで、解析が完了しました」
「早すぎるし、脈絡がないな」
「3Dモデリングしたものがこちらになります」
「どれどれ」
アクズメは目を疑った。
「こいつは……本当なのか」
「これが何か、ご存知なのですか?」
「……これは」
イールだ。
敵が電磁誘導砲で射出しているのは、紛れもない、巨大なイールだ。
「正体が割れた以上、手をこまねいているわけにはいかん」
アクズメはジャケットを脱ぎ捨て、シャツを引きちぎり、副官のやや怯えるような視線も気にすることなく、ボトムを脱ぎ去った。モニター群のバックライトに照らされ、肌がぬらりと光っている。その筋骨は隆々であった。
「俺が出る」
単座式人型戦闘兵器の射出口から、アクズメ専用機が撃ち出された。本来は専用スーツを身につけなければ操縦できないが、カッコつけて半裸になってしまった手前いまさらそれはできない。彼は、生まれたままにほど近い姿で乗り込んだ。そして、それによって生じる技術的な不都合を、類稀な精神力で乗り越えていた。
『敵のレールガンに充電の兆候が見られます』
副官の声が危険を知らせた。
「早いな」
『アドミラル・アクズメがある程度離れましたら、こちらもバリアを展開します』
「物理兵器には気休めにしかならんがな。俺がなんとかする」
警報が鳴る。超高速で物体が接近している。敵がレールガンを射出したのは疑いない。アクズメは巧みに機体を操り、その斜線上に躍り出た。
チャンスは、すれ違う瞬間。一瞬よりもはるかに短い時間単位。
アクズメ専用機の標準武器である刃渡り30センチの出刃包丁は、イールの表面をわずかに傷つけた。摩擦によって金属が発光し、宇宙空間に光源がひとつ加わった。
「そっちは無事か?」
『外殻に亀裂が入りました。しかし、進路がズレたおかげで内部まで達しておりません。応急修理ドローンの補修でなんとかなります。しかし次までは……』
「それ以上言う必要はない」
再び警報が鳴った。
「起きもしないことを心配するな」
レールガンの予測斜線上。アクズメはイールを肉眼で捉え、左腕を繰り出した。
一瞬の閃光。恒星よりも強く輝いたそれは、人類の反撃の狼煙だ。アクズメは左手で握った目打ち釘で、イールを空間に磔にした。レールガンの飛翔体から速度を奪えってしまえば、あとは単純明快。イールの腹に包丁を突き刺し、一気に腹を裂く。臓腑が破裂するように飛び散り、文字通り宇宙の藻屑となった。
『お見事で』
「うむ。もう捉えた」
飛来するイールを次々と撃破、解体してゆく。アクズメはその都度、敵との距離を詰めていった。ついに敵艦を肉眼で捉える。その有機体のような艦影は、どのように言葉を選んでも醜悪としか形容できなかった。
「怒張したホヤだな」
最後に放たれたイールを素早く解体すると、アクズメは敵艦の砲門に取りつく。その砲口が完全に閉鎖するより早く、物理兵器を投げ込んだ。それはシャーベット状に凍らせた日本酒に、液体の梅酒を注ぐという恐るべき兵器、悪魔の発想とも呼ばれる風神であった。
艦体はたちまち膨らみ、捻れ、のたうつように揺れた後、爆発四散した。アクズメはすでに飛び去り、その残光に視線すら送ることなく、次のターゲットへ向かっている。
アクズメは宇宙空間に次々と大輪の花を咲かせてゆく。
「残るは敵旗艦のみ」
最後に残ったその艦型を目にして、しかしアクズメは立ち止まった。
数十体のウミウシが融合したかのような禍々しい姿。レールガンの射出口が十二門あり、リングのように並んでいる。しかも、それら全てが発射直前の状態にあった。
「こいつはちと骨だな。なぁ」
副官からの応答がない。
「気休めに掛け合いでもしようと思ったが、使えねぇ野郎だ」
まるで悪趣味な首飾りのように、十二門の砲口が一斉に光を放つ。
迫りくる十二匹のイール。その全てを同時に捌くのはアクズメといえども不可能だった。
『提案があります。アドミラル・アクズメ』
副官の声だ。
『こうするのはいかがでしょうか』
アクズメの視界を横切るようにして一機の単座式人型戦闘兵器が躍り出る。次の瞬間、そこに十二匹のイールが突き刺さった。
「なんて無茶な真似を!」
自律能力を失った副官の機体は、もはや爆発するのを待つだけだった。
『無茶ではありません。十二門を斉射すれば次弾を撃つまでの充電に時間を要します。これこそ必要なことなのです』
「でもお前デスクワークじゃん……」
『へへ……私だって一生懸命やっているところを見せたくて。もう……他人事なんて……言わせませんからね』
アクズメの頬を熱いものが伝い、大胸筋を濡らした。
『さぁ……行ってください。アドミラル・アクズメ。私の作った時間を……無駄にしないで』
「お前の気持ちは受けとった。相棒」
副官の最期を見届けることなく、アクズメは敵旗艦との距離を一気に詰めた。発射の兆候はまだない。副官の目論見は的中したようだ。だが敵もそれに備えていた。ウミウシの各所から黄土色の触手が伸び、編むようにしてそれら繋がり、広がりを作ってゆく。一瞬にして巨大な物理シールドが展開された。
「ほう。貴様らにも恐怖という感情があるのか。だがこんなものは甘い」
アクズメは風神を取り出した。グラスの中で、二種類の酒が混ざり合う。シャーベットの半分溶けたベストコンディションだ。彼はそれを自機に対して用いた。赤い閃光。エネルギーの奔流が彼の機体を包み、揺さぶる。
「本当の恐怖を、今知れ」
酩酊状態となったアクズメを止めることは誰にもできない。光速の99%まで一気に加速する。刃渡り30センチの出刃包丁。その先端が触れた瞬間、黄土色のシールドはガラス細工のように砕け散った。もはや遮るものはない。レールガンの斉射。だが十二匹のイールは空を切った。アクズメはすでに懐に飛び込んでいたのだ。
敵旗艦はその建艦以来初めて異物の侵入を許した。そして乗員たちがそれを認識した頃には、アクズメはもう宇宙空間にいた。中枢を貫かれたウミウシはもはや取り返しのつかない致命傷を負っている。全身が痙攣し、それが止むと収縮が始まった。限界まで縮めば、次に起こることは明らかだった。
星空に、輝きがひとつ増えた。
アクズメは盛大な花火を眺めながら、酒を呷った。それは焼酎をリキュールで割るという常軌を逸した飲み物、雷神であった。
おわり
これはなんですか?
akuzumeさん、お誕生日おめでとうございます!!!
電子書籍の表紙制作費などに充てさせていただきます(・∀・)