出勤!中間管理職戦隊ジェントルマン 第2話 承認と顕示 【5,6】
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1話を10のシークエンスに区切っており、5日間で完話します。第1話はこちら。
【 5 】
帰還したジェントルマンがふたたび緑茶を啜っていると、千堂が「あ」と小さな声をあげた。
「どうしたんですか?」
アゲダシドウフが尋ねる。
「いえ。叔母がインスタを更新したものですから、つい」
「ああ、北原しほりですよね。どれどれ」
自宅のリビングルームだろうか。トレーニング用のタンクトップ姿で、フィットネスバイクにまたがっている自撮り写真がアップされていた。すでに数十の”いいね!”がついている。
「いやぁ、相変わらずお綺麗ですね」
「ええ。元気そうなのでよかった」
「あれ。連絡とってないんですか?」
「実は、一ヶ月前から急に連絡とれてなくて。既読にならないし、電話も出ないんです。でも、こうやってインスタは更新されてるから、まあいいかなと」
阿佐ヶ谷博士の声が響いた。
「エナジー濃度に微量の反応が出た。また高輪付近だ」
その後、アクアリウムは次々に検知する。渋谷、目黒、豊洲、代官山、三軒茶屋。いずれも微量のため、反応はすぐに消えた。
博士はアクアリウムを見上げながら、白衣のポケットに両手を突っ込んで考えている。千堂は自席にもどってモニター監視を続けている。
「あ、千堂さん。また北原しほりがインスタを更新しましたよ」
アゲダシドウフは湯呑みを傾けながら言った。
「キッチンで、なんか、必須アミノ酸ドリンクっていうんですかね。それを飲んでる自撮りをアップしてます」
「そうですか。ありがとうございます。でも私いま仕事中で……え?」
千堂の言葉が途切れた。
「どうした。千堂くん」
「博士。あの、また高輪で微量のエナジー上昇が確認されました」
「そうか。しかし、何をいまさら驚いているんだ?」
「いえ……あの。私の叔母が住んでいるの、高輪なんです」
博士は顎に手を当てて、二秒だけ考えた。
「つまり北原しほりのインスタが更新されるたびに、高輪でエナジーが上昇している、ということだな」
「え……ええ。因果関係は、わかりませんが」
「それを確かめよう。さぁ皆さん、ジェントルマン出動です」
*
転送されたジェントルマンは、北原しほりのマンション前に立っていた。
『そのマンションの最上階、十四階に彼女の部屋があります』
三人は見上げた。かなり高い。
『アゲダシドウフ、八村塁になった日のことを思い出して、全力でジャンプしてみてください』
「わかりました。では」
アゲダシドウフは力士のように両膝を曲げると、一気に跳躍した。たちまち30mの高さまで舞い上がり、向かいのビルの屋上に降り立つと、その反動を利用して、さらに高く飛んだ。
最高点に到達したとき、ちょうど北原しほりのリビングルームが見えた。彼の見た映像は、サングラスを通じて阿佐ヶ谷研究所に送られている。
その映像を解析した千堂は、絶句した。
ソファの裏に転がっているのは、ミイラ化した北原しほりだったからだ。
【 6 】
ベランダから室内に侵入したジェントルマンは、そのミイラが北原しほりであることを確認した。
『その状態であれば、亡くなってから一ヶ月は経っているでしょう』
博士の言葉に、全員が息を飲む。
「では、ついさっき更新された、あのインスタは……」
『あれはおそらく、ついさきほど撮影されたものです』
「え? どういうことですか」
『千堂くんはこう言っていました。一ヶ月前から叔母と連絡がとれない。既読にもならない、と』
「確かに言ってました」
『そして、インスタが更新される都度、そのマンション周辺に微量のエスエナジーの増加が認められている』
「つまり?」
『答えはひとつでしょう』
アゲダシドウフの背筋に寒気が走り、彼はふくよかな体を震わせた。ナンコツとトリカワポンズは、お互いに顔を見合わせている。
『じきにヤツはやってきます』
「ど……どうしてわかるんですか?」
『いま千堂くんに北原しほりのインスタを見てもらっています。結構”いいね!”が伸びてるんですよ」
「それが関係あるんですか?」
『大ありです。なにしろ今回のヤツは……』
「あれは!」
ナンコツが異変に気付いた。
「黒い霧じゃないか?」
たしかに彼の指差す方向、窓のサッシから黒いなにかが染み出している。よく見回せば、換気扇やエアコンの送風口からも侵入してきているようだ。
『エスエナジーの上昇を確認。今度は反応が強い』
室内に入り込んだ黒い霧は、リビングの中央で渦を巻いた。霧は室外から制限なく供給され、渦の中心は次第に高密度になり、床に近い位置からゆっくりと具現化していく。
「アルケウス!」
『ご明察。そいつは”承認と顕示のアルケウス”です』
黒い霧は、最終的には人間と同じ形になった。
「前回のとはえらい違いだ」
スレンダーな人型をしている。頭部はあるが顔がついていない。シルエットがそのまま立体になったような印象だ。
『違うのは形だけではありませんよ』
アルケウスの表面が蠢いている。
『そいつには知性が残っています』
体を大きく震わせたかと思うと、アルケウスの姿は一変していた。
それは、見るからに健康的な、北原しほりだった。
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