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出勤!中間管理職戦隊ジェントルマン 第3話 獲得と保持 【3,4】

<2,300文字・読むのにかかる時間:5分>

1話を10のシークエンスに区切り、5日間で完話します。第1話 第2話はこちら。

1,2】はこちら

【 3 】

 雑居ビルの隙間から、ときおりサンシャイン60の威容が目に入る。
 彼らは南池袋公園に近い路地にいた。

『かなり近くにいるはずです。異常は感じませんか』
 博士の声とは対照的に、目に入る景色は平和そのものだった。
「いや、いまのところはなにも」
「そもそも人通りが少ないな」
「人目がないというのは、私らにとってもありがたいですけどね」
 三者三様の感想を言い合いつつ、ブラックスーツの一団は路地を進んでいく。
「ああ、ここ、古き良き純喫茶って感じでいい」
 トリカワポンズが店内を覗き込む。格子ガラスの扉の奥には、誰もいなかった。
「こういう雰囲気が好きですか?」
「最近のカフェは、俺には似合わないよ」
「たしかに」
 アゲダシドウフが笑うと、ちょうどナンコツが足を止めた。

「あれ? ここ、ちょっと前までゲームショップだったんだけどな」
 純喫茶のとなりの敷地には、黒で塗装されたシックなビルが建っていた。
「ゲームショップ?」
「ええ。レトロゲームを扱っている店で」
「ああ、なるほど」
「かなり年配の店主が細々とやってたから、もう閉めちゃったのか」
「後継者不在で、引退を機に土地を売却って感じですかね」
「少し残念です。それにしてもこのビルはなんでしょうね」
 ビルといっても三階建ての小さな建物だった。一階は、狭いドアの他は、やはり黒く塗られたシャッターが降りているだけで、テナントが入っている様子はなかった。
「最近流行りの、デザイナーズなんとかじゃないの?」
 トリカワポンズが面倒くさそうに呟く。
『モヤさま的な雑談もいいのですが、気を抜かないでくださいよ』
「博士。街の様子はいたって平穏です」
『異常はみられませんか?』
「レザボア・ドッグスみたいなおじさんが、三人で並んで歩いていることを異常と呼ばないなら、異常なしです」
『前回のように、一般人を偽装しているかもしれません』
「そう思って観察してはいるのですが」
 カゴ車を押している運送会社の配達員。自動販売機の補充をする作業員。リュックを背負った予備校生。どれも不審な動きはなかった。
「とりあえず、このブロックを一周してみます」

 ジェントルマンも千堂もいない静かすぎる地下室で、アクアリウムは緑色の波紋をコンクリートの壁に映し続けている。
「どうするかな」
 博士は顎に手を当てて、二秒だけ考えた。
「あいつが何を考えているか、少し泳がせよう」
 アクアリウムの不気味なゆらぎは、博士の横顔をも緑に塗っていた。

【 4 】

「大佐、どこっすか?」
 とあるビルのオフィスで、野球のユニフォームに身を包んだ男が、無人の空間に問いかけた。肩に担いでいたバットを、オフィスチェアに立て掛ける。
「まだバイト中かな。それとも」
 男はドアを開けた。天井まで届くパーテーションで区切られただけの、簡単な部屋だった。
「大佐。ここでしたか」
 ハイボール大佐はゆっくりと振り返り、男の姿を認めた。
「やぁ、黒霧島。今日はバイトかい?」
「やだなあ、この格好ですよ? 草野球っす」
 黒霧島と呼ばれた男は、ピンストライプのユニフォームを指差した。
「そうだったねェ。結果はどうだい?」
「勝敗は聞かないでください。タイムリーは打ちました」
「やるねェ」
 片頬で笑うと、大佐は視線を戻した。

 大佐は緑色の水を見ていた。腰ほどの高さの台座のうえに、球体をした水槽が置かれている。大きさはバスケットボールくらいだろうか。その水槽の八分目あたりまで水が湛えられている。
 おそらく、初めてこの部屋に入った者は、まずはその水槽に目を奪われるに違いない。しかしより観察眼の優れた者であれば、水槽を取り囲むようにして、台座のうえに配置された、五つの窪みに気づくかもしれない。
 その拳大の窪みは、ひとつひとつが水槽から等距離に穿たれている。そしてそれぞれが繋がるように線で結ばれていた。つまり、星型をしている。球形の水槽は、その星の中心部分に鎮座している。

「大佐がグルグルを見てるってことは、戦闘中ですか?」
 まるで魔法陣のようなそれを、彼らは「グルグル」と呼んでいた。
「まだ戦闘にはなっていないよ。近くまで来てるけどねェ」
「緑色ってことはあれっすよね」
「そうだねェ」
「ちょっと前からあたりをつけてた奴っすよね」
「ちょうどいいタイミングが来てねェ。アルケウスになってもらった」
 大佐の笑みは緑色に照らされた。彼は隻眼だった。右眼は、無骨に機械化された補助具に覆われている。
「ところで大佐。白霧島はいないんすか?」
「彼はブックオフだよ」
「ああ、バイトすか」
「そうだよ。シフトがもうすぐ終わるから、じきに来るんじゃないかねェ」
「了解っす。スプラトゥーンやってていいすか」
「お好きに」
「あざっす」
 黒霧島はドアを雑に閉じた。

『ジェントルマン、いったん撤収です』
 南池袋を探索している三人のもとへ、博士の指示が飛ぶ。
「ひょっとして反応が消えましたか?」
『いえ、出たままです。安い民宿のWiFiよりはっきり出てます』
「しかし、調べた範囲には何事も……」
『ええ。ですので、いったん撤収です』
「様子を見る、ということですね」
 ナンコツが、サングラスのブリッジを中指で押し上げる。
『そういうことです。監視するだけならアクアリウムで十分ですし、ひょっとしたら、我々がそこにいるのを警戒しているのかもしれません』
「なるほど。わかりました」
『とりあえず、転送しますよ。緑茶を淹れておきます』

 言い終わったあと、緑色に染まった地下室をうんざりしたように見回し、博士は呟いた。
「やっぱコーヒーにしようかな」

つづく

電子書籍の表紙制作費などに充てさせていただきます(・∀・)