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出勤!中間管理職戦隊ジェントルマン 第1話 攻撃と対立 【1,2】

逆噴射小説大賞2019へのエントリー作品を連載化しました。1話を10のシークエンスに区切っており、5日間で完話します。

【 1 】

「ということで、よろしいでしょうか?」
 その男は、ホワイトボードマーカーのキャップを閉めつつ、問いかけた。男の前には、パイプ椅子に腰掛けたまま唖然とする三人がいる。

「よろしいもなにも、もう決まっちゃったんですよね」
「いえいえ、みなさんの同意がなければ決まりません」
「私らに、反対する権利はあるんですか?」
「んー」
 男は顎に手を当てて、二秒だけ考えた。
「ないですね」
「ですよね」
「ではこれで決まりってことで、よろしいでしょうか?」
「はい」
「ありとうございます。全員の同意が得られましたので、今日からみなさんは『中間管理職戦隊ジェントルマン』として、治安維持の任務についていただきます」
 男は赤色のマーカーを手に取り、ホワイトボードにそれを大書きした。白衣の裾が、腕の動きに合わせて揺れている。

「では、コードネームなんですけど、なにか希望はありますか?」
「あの、希望を聞いていただけるんですか?」
 男は、やはり顎に手を当てた。
「ダメですね」
「ですよね」
「ではこちらで決めさせていただきます。事前アンケートに記入してくださった好きな居酒屋メニューから。松永さんは『アゲダシドウフ』、横島さんは『トリカワポンズ』、城之内さんは『ナンコツ』でいきたいと思います。では只今をもって新生ジェントルマン誕生です!」
 拍手したのは男だけだった。

「あの」
「なんでしょう。トリカワポンズ」
「新生ってことは、前にも誰かが?」
「その質問は却下」
「あ、すいません」
「あの」
「なんでしょう。ナンコツ」
「なにかと戦うんですか?」
 男は片頬だけで笑った。それとほぼ時を同じくして、モニターを凝視していた助手が叫ぶ。
「博士。エスエナジーの濃度が上昇中です。中心は港区赤坂」

 男の視線は足元に向いた。前髪が垂れ、三人からはその表情はうかがい知れないが、両方の口角があがっているように見えた。
「そうか。このタイミングとは。まぁ、悪くない」
 男は髪をかきあげ、助手を顧みた。
「千堂くん。具現化まではどれくらいだ? 推測でいい」
「このペースだと、七分以内かと」
「そうか」
 ふたたび顔を三人に向ける。眼鏡のレンズが蛍光灯を反射して、男の視線を隠してしまっていた。
「では、これから皆さんを転送します」
「て、転送?」
「諸々の説明をするつもりでしたが、こうなっては仕方ありません。実戦で、学んでいただきましょう」

 男の背後で、天井にとどくほどの巨大な水槽が、その色を変えた。湛えられていた透明な液体は、またたく間に赤に変化していく。

「さぁ、衝撃に備えて」
 男の犬歯は、異常に白かった。

【 2 】

 気がついたときには、三人は街中に立っていた。右手にはどこにでもあるカラオケボックスが、左手には和風パスタの店がある。見上げれば銀色の高層ビルが目に入った。
 覚えているのは、白衣の男が、巨大な水槽の向こう側に姿を消したところまでだった。

「ここは、どこなんでしょう?」
 三人のなかで、もっとも小柄な男がつぶやいた。彼はトリカワポンズと名付けられた男だった。
「どこかってことも気になりますが、私たちの服装が……」
 三人のなかで、もっとも恰幅の良い男が、汗を拭きながら言った。彼はこれからアゲダシドウフと名乗ることになる。
「そうですね。いつの間にか、お揃いのブラックスーツを着ています。それにこのサングラスも」
 三人のなかで、もっとも長身の男が、自分の袖をひっぱりながら言った。彼はナンコツと呼ばれることになっている。

『さぁ、みなさん、気分はいかがです?』
 突然、白衣の男の声がした。
「え? どこです?」
 あたりを見回しても男の姿はない。それになにより、男の声がまるで脳内で発せられたように響くのだ。
『ああ、驚かしてしまったようですね。皆さんが身につけているサングラスを通じて、声を届けています』
 全員一斉に、サングラスを両手で触った。その仕草を、道ゆく人たちが横目に見ては通り過ぎていく。もちろん、彼らを避けるようにして。
『はっはっは。リアクションが一致しているというのは、これからチームで行動するにあたって期待が持てますね』
「このサングラスに、そんな機能が」
『ええ。骨伝導なので、周囲の雑音にジャマされないでしょう? それに通信だけじゃないですよ。あなた方の身体の状態や、心理状態もモニターしています』

「あの、質問いいですか?」
『なんでしょうか。アゲダシドウフ』
「ということは、このスーツにもなにか意味が?」
『いい質問です。意味があります』
「どんな意味が?」
『かっこいいです』
「え? それだけですか」
『それだけだと思いますか?』
「いや、まぁ、ひょっとしたら」
『そんなわけないですよね』
「ですよね」
『そんなわけないです』
「じゃあ、どんな意味が」

『まずは、試してもらうのが一番でしょう。では、アゲダシドウフ。自分が八村塁になった気分で、ジャンプしてみてください。垂直に』

つづく

電子書籍の表紙制作費などに充てさせていただきます(・∀・)