神と権力者のいない街
武装弁護士がひとり、下敷きになった。
彼の重装宇宙服が潰れたのが、金属製タイヤから伝わってきた。致命傷だ。
もうひとりは車両を躱したついでに尻餅をつき、そのままエア抜けかけの風船みたいに地表を滑っていった。もっとも好戦的な最後のひとりは、すぐに立ち上がり、俺たちに発砲してきた。
後方のカーゴに着弾する。
勘弁してくれ。中身がダメになったら、俺たちにとっての致命傷だ。
少し前。
「コーヒー、まだ残ってる?」
白いタンクトップに首を通しながらミラが言った。なぜか彼女はいつも上半身から着る。
同僚とは肉体関係を持たないものだなんて、誰が決めた。
外を見ろ。地平線までくそったれな星空が埋め尽くしている。大気がないぶん、目視できる星は地球のそれと比べ物にならない。だがそんなものに感動するのは月面童貞くらいだ。実態は氷点下170度の死の世界。そんな環境では体温を求め合うのが自然だ。
「ああ、飲むか?」
俺はコップに半分量のコーヒーを注ぎ、彼女に差し出す。
「置いといて。ありがと」
居住区から居住区へ、物資を運搬するのが俺たちの仕事。時には何日も走り続ける。だからこうして走行路脇の砂漠で休息をとる。背筋を伸ばしたいところだが、有人与圧ローバの低い天井ではそれも叶わない。だがこいつのおかげでスーツの束縛から解放されるし、狭いながらも居住空間で人間らしい行為ができる。
そんなときだった。
「私は代理人です。あなたの奥方の」
「私も代理人です。あなたのご主人の」
重装宇宙服を纏ったふたりの武装弁護士が砂漠に現れ、俺とミラそれぞれに通信を送ってきた。
「証拠は?」
「20分前に記録を」
迂闊だった。行為の一部始終が監視されていたとは。
ところが直後に現れた3人目の存在は、奴らにとっても予想外だったらしい。
「あんたは誰の代理人だ?」
「不貞行為には興味ありません。私の関心は、積み荷のほうですよ」
俺とミラは揃って舌打ちをした。
つづく
電子書籍の表紙制作費などに充てさせていただきます(・∀・)