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出勤!中間管理職戦隊ジェントルマン 第2話 承認と顕示 【7,8】

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1話を10のシークエンスに区切っており、5日間で完話します。第1話はこちら。

1,2】【3,4】【5,6】はこちら

【 7 】

 いまや、アクアリウムは透き通った青に変化していた。地下室を横断するこの巨大水槽が、青一色に染まっているのは壮観とも言える。
 アルケウスの表面が北原しほりになったことで、千堂は取り乱した。その肩に阿佐ヶ谷博士がそっと手を重ねる。博士は千堂を退席させ、モニターの前には自身が着席した。

「あらぁ」
 北原しほり、否、アルケウスはその瑞々しい唇から穏やかな声を発した。
「お客様かしら。招いてないのに」
 相対するはアゲダシドウフ。他のふたりは彼の左右に、一歩下がって立っている。
「北原しほりによく似ていますが、違いますよね?」
「あらぁ。北原しほりですけど。失礼な人ですね」
「ソファの裏の死体のことは、もう知ってるんだ」
「あらそう? それも北原しほり。でも」
 アルケウスは自分の胸元に手をあてた。
「これも北原しほり」
「どういうことだ?」
「ははっ」
 北原しほりの笑顔が歪む。その口角が目尻にまで広がった。
「インスタの北原しほりは、あたしってこと!」
 全身を回転させながら、アルケウスはアゲダシドウフに迫る。彼は右腕でその攻撃を防御しながら、左拳で頭部を殴りつけた。しかし、霧が拡散し、手応えはない。
「ほほっ。こんな美魔女を殴りつけるなんて、炎上しますよ」
「あいにく、自称美魔女には興味がなくてね」
「そう?」
 アルケウスは距離を取った。よく見るとまた体の表面が蠢いている。
「ではこれはどう?」

 ふたたび体を大きく震わせたあと、アルケウスの姿は一変していた。ふたり。それも瓜二つの双子の美女だった。
「ひょっとして……」
「ええー。知っててくれたんですかぁ?」
「ええー。嬉しいですぅ」
 アルケウスは決めポーズをとった。
「美人双子TikTokorの、ふぅかゆぅかです!」
 双子はアゲダシドウフの両サイドから蹴りを繰り出す。バックステップで躱した彼は、右の回し蹴りでゆぅかの上半身を薙いだ。やはり手応えはない。
「えーん」
「ひどぉい」
「しかえし」
「しちゃうから」
 三たび、アルケウスはその姿を変え、金髪サラサラの青年になった。
「大食いYoutuberのテラサキですけど、なにか?」
 テラサキは大笑いしながら室内を飛び跳ねている。
「どれが本当の僕でしょうか? わかる?」

「こいつ。からかってやがる」
 トリカワポンズが、苦虫を噛み潰したような顔をして呟く。
 そのとき、ナンコツは窓の外の異変に気付いた。
「博士。ちょっと、まずいかもしれません」
『どうしました?』
「警察が、集まってきています」
 マンションが面する桜田通りに、ナンコツの視界に入るだけでも七台のパトカーが停車している。しかも続々増えているようだ。
『皆さん、落ち着いてください』
「あんたと出会ってから落ち着いた日はないけどな」
『そんなことないでしょう。きんつばと緑茶は心が落ち着くじゃないですか』
「お茶の功績だけどな」
『あの味を思い出しましょうよ』
「それにしても、なぜ警察が?」
『日本中のインフルエンサーが、皆さんのことを叩いているからです』
「インフルエンサーが?」
『ええ。有名どころがわんさかと。そこの住所を書き込んで、三人の不法侵入者に襲われている最中だと主張しています。しかもフォロワーが拡散しているので、日本中が皆さんの敵です』

 三人は顔を見合わせた。

【 8 】

『いや、訂正します。皆さんが日本中の敵です』
「それ訂正する必要あります?」
『物事は正確に伝えないと』
「優しいウソっていうのも必要ですよ」
『じゃあ、皆さんは日本中に愛されています』
「そんなわかりやすいウソあります?」
『わかりやすくないと。信じるといけないので』
「優しさっていろんな形がありますね」
『冗談はここまで。ホムンクルスが生成されてますよ。気をつけて』
 博士が言葉を切るのとほぼ同時に、換気口から黒い霧がなだれ込んできた。それらは消化器大の人型になり、ナンコツとトリカワポンズを取り囲んだ。
 ホムンクルスの打撃はスーツが吸収するが、衝撃は強くバランスを保つのに苦労する。こちらの反撃はほとんど効かない。霧が拡散して、多少の時間を稼ぐだけだ。

「ははっ。君たちはどんな罪状で捕まるのかな」
 テラサキの姿でアルケウスが笑う。
「不法侵入? 不退去? 違うよね。北原しほりの殺害……でしょ」
 飛び跳ねるアルケウス。耐えかねたアゲダシドウフが右拳を繰り出すが空を切る。アルケウスは天井に張り付き、顔だけをアゲダシドウフの目の前に、ろくろ首のように伸ばした。
「次はさ、こういうのはどう?」

 アルケウスが爽やかすぎる微笑みを見せつけたその瞬間、三人のスマホの通知が激しく鳴った。
 無視しようかと思ったが、通知は鳴り止まない。
「見てみなよ。待ってるから」
 アゲダシドウフはアルケウスを睨みつけたあと、スマホを開いてみた。そこに表示されたのは、止まらない誹謗中傷。クソリプの嵐。あらゆるSNSが炎上している。
「きゃはは。燃えちゃった?」
 人格否定。罵詈雑言。理解者を装ったマウンティング。人間のありとあらゆる負の感情が、そこには凝縮していた。
「これも僕の能力だけど。でもさ」
 天井に張り付いたアルケウスは、アゲダシドウフを見下ろす。
「悪口言われるほうにもさ」
 微笑。
「問題あるんじゃないの?」

 アクアリウムの青色が、地下室に幻想的な紋様が踊らせている。ただし、沸騰するように泡が湧いているせいで、その揺らぎはハイビートだ。
「千堂くん。大丈夫か?」
 助手を心配する阿佐ヶ谷博士。
「すみません、博士。仕事を替わっていただいて……」
「いや、こちらは構わない。緑茶でも淹れようか?」
「お気づかいをどうも。大丈夫です。自分で淹れます」
「そうか」
 千堂はアクアリウムをくぐって、ダイニングエリアへ移動する。激しい泡が、彼女の姿を隠してしまった。

「ジェントルマンのほうは、大丈夫でしょうか?」
 声だけの彼女に、博士は答える。
「良くはないな。苦戦している」
「やっぱり……」
「ああ、面倒な相手だよ。精神攻撃と物理攻撃を同時に仕掛けてきている」
「……精神攻撃」
「そう。特に精神攻撃が巧みだな。まず実在する人間の姿っていうのが攻撃しづらい。さらに個人のSNSを炎上させることでメンタルを削り、なおかつ警察が踏み込んでくるというタイムリミットまで設定してる」
「……たしかに」
「しかし、ここで逃すとまた犠牲者が増える。ジェントルマンに頑張ってもらうしかないな」
 湯呑みの底がテーブルと衝突する、強い音が聞こえた。
 白衣の裾をたなびかせて、千堂がコントロールエリアに戻ってくる。コンバースの鳴らす足音がいつになく強かった。
「どうした?」
「つきとめます」
「なにを?」
「元の人間です。アルケウスの」
「なるほど」
「叔母を殺した人間です」
「千堂くん」
「はい」
「頼む」
 阿佐ヶ谷博士は席を立った。

 北原しほりのマンションでは、両者の戦いが続いている。飛び回りつつ打ってくる不意の攻撃を防ぎながら、アゲダシドウフは反撃の機会をうかがう。トリカワポンズとナンコツは湧き続けるホムンクルスを蹴散らすので精一杯だ。そして彼らのスマホの通知は鳴り止まない。
「全然痛くなーい。殴ると蹴るしかできないの?」
 テラサキの姿をしたアルケウスは、金髪を弾ませながら室内を跳ねまわる。
「でもさ、いい汗かいてるね。あんたのエクササイズに付き合ってあげてるんだよ。感謝して」
 挑発するようにヨガポーズをとるテラサキ。体重を乗せたアゲダシドウフの掌底が、その胸に命中する。吹き飛ばされ、リビングの壁に叩きつけられたテラサキに、右、左と掌底が叩き込まれる。
『いいぞ! まるでウルフマンだ。いや、リキシマンだっけ?』
 博士の声を無視して、アゲダシドウフは掌底の速度をあげる。スーツの補助を受け、まるで腕が四本あるかのような連打を繰り出した。
 テラサキはたまらず、黒い霧になって逃れる。

 そのとき、インターホンが鳴った。リビングに据え付けられたモニターが来訪者を知らせている。映し出されているのは、制服姿の警察官たちだ。

 つづく

電子書籍の表紙制作費などに充てさせていただきます(・∀・)