トパスとワッドとシロクマ船長 【11】【12】
「ねるまえのはなし」という電子書籍に収録予定の短編を、連載形式で掲載することにしました。こどもを寝かしつけるときの、読み聞かせに使ってもらえるような本を目指しています。
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【11】
夜が明けました。太陽が東の水平線からゆっくりとのぼってきます。海面のすこし上には、白いもやが風に乗ってゆらいでいます。まるでアイスケーキの箱をあけたときに、ドライアイスのけむりがテーブルを流れるみたいに。
アイちゃんがねむい目をこすって甲板に出ると、もうシロクマ船長が立っていました。
「おはよう。シロクマ船長」
「アイちゃん、おはよう。少しだけさむいね」
「大丈夫。なにか見えるの?」
双眼鏡をみつめているシロクマ船長に、アイちゃんが聞きました。
「うん。ちょっと大きな島が見えてきたようだよ」
太陽がてっぺんにのぼるころに、船は島に着きました。
トパスとヒナちゃんは船にのこって、シロクマ船長とアイちゃんとヒロくんとワッドが、島に上陸しました。
その島はおどろいたことに、シロクマ船長が会ったことのない不思議ないきものがいました。頭が黒いのにお腹はまっ白で、くちばしの先が赤くて、前足なのか羽なのかわからないものがついています。
「シロクマ船長、これはペンギンだよ」
ヒロくんが言いました。
ペンギンは島のたいらなところに大勢あつまっていました。見渡すかぎりペンギンばかりです。
「きっと、ここはペンギン島だね」
シロクマ船長は言いました。
そのうち、一匹のペンギンがよちよち近づいてきました。
「やぁ、こんにちは。僕はジェンツっていうんだ」
ジェンツはヒロくんとあくしゅしました。
「キミは人間だね。そっちのキミも人間。そしてキミはイカだよね。だけど、そっちの大きいのは誰だい?」
「シロクマだよ」
「シロクマ? そりゃ聞いたことないな」
ジェンツは不思議そうに首をひねりました。
「そうか。シロクマは北極のいきもので、ペンギンは南極のいきものだからだね」
ヒロくんは言いました。
「そのシロクマがどうしてこの島に来たんだい?」
シロクマ船長は、アガチという飛べない鳥にこの島をおしえてもらったこと、自分の住む場所がなくなってしまったこと、大事な宝物を探していることを話しました。
「その赤い旗なら、よく知っているよ」
ジェンツは言いました。
「でもきっと君の住んでいたところの旗じゃないな。僕が生まれるよりずっと前から、その旗はあるから」
「それは、どこにあるんだい?」
「南極点だよ。ひろいひろい氷の上さ」
「そこには大きな氷があるのかい?」
「そうさ」
「この島くらいの?」
「この島なんてくらべられないよ。とにかくずーっと向こうからずーっと向こうまで全部氷さ。君のふるさとも同じだろ?」
「うん。僕がこどものころは、そうだった」
「南極はいまでもそうだよ」
「そうなんだ」
シロクマ船長は南のほうの空を見上げました。
「僕の仲間たちもいるかな」
「それはどうだろう。ぼくはまだ他のシロクマを見たことがない」
シロクマ船長はちょっとだけ悲しい顔をしました。
「まずは、南極に行ってみたらどうかな。気にいるかもしれない」
ジェンツは言いました。
「そうだね。もしいごこちがよかったら、他の仲間たちも来るかもしれないし」
「うん。きっとね。南極に行くにはどうしたらいいか。キミたちはもう知っているよね」
「南だよね」
ジェンツはにっこり笑いました。
「そう。南へ向かってまっすぐ。つよい風がふいても、流氷が流れてきても、ずっと南さ」
【12】
船は帆を張って、ペンギン島を出発しました。岩場のてっぺんで、ジェンツが手をふってくれています。
島が見えなくなると、シロクマ船長はアイちゃんとヒロくんに言いました。
「さぁ、これから、きみたちをおうちまで送ってあげるよ」
ふたりはびっくりしました。
「どうして。わたし、まだシロクマ船長と冒険をしたい」
「そうだよ。ぼくだって」
「ありがとう。アイちゃん、ヒロくん。でもぼくたちがこれから向かうところは、とってもさむくて、人間がくらしていくには大変なところなんだ。だからもう、キミたちはおうちに帰ったほうがいい」
「そんなぁ。でもどうやって?」
よくみたら、船のまわりを白い霧がぼんやりつつんでいます。
「ほら、霧がでてきた」
「あのときと同じだ」
ヒロくんが言いました。少しづつ、霧がふえているようです。
「ありがとう。アイちゃん、ヒロくん。きみたちのおかげで、冒険がほんとうに楽しかったよ」
シロクマ船長は紺色のキャプテンハットをとって、ふたりとあくしゅをしました。
「そうさ。みんなで一緒に魚釣りしたの、楽しかったさ」
ワッドがやってきて、うでをくねくねさせて言いました。
「あの乱暴者のオルカをおいはらってくれて、ありがとうね」
トパスがやってきて、うでをくねくねさせて言いました。
ヒナちゃんはふたりのまわりを、ちょこちょこ歩いています。
「みんな」
「なんか、さみしいよ」
アイちゃんとヒロくんは、涙が出てきました。
「大丈夫。きみたちは、もう僕たちの仲間だから。遠くはなれていても、ずっとずっと仲間だよ」
霧はどんどんつよくなって、もうすぐおたがいの顔も、見えなくなりそうです。
「シロクマ船長! トパス! ワッド! ヒナちゃん! みんな元気でね!」
「ありがとう。アイちゃんとヒロくんも、元気でね」
「また一緒に冒険しようね」
「うん。またみんなで魚釣りをしよう」
ついに、まっ白い霧につつまれて、なにも見えなくなってしまいました。
どれくらい時間がたったでしょうか。ようやく霧が晴れてきました。少しづつ、少しづつ、お日様の光が見えてきました。
アイちゃんとヒロくんは、イカダの上にいました。河原におちている木をあつめて、ふたりで作ったイカダです。イカダは川のうえを流れていました。そう、小学校の近くの川です。
「帰ってきたのかな?」
ヒロくんが言いました。
「そうみたいだね」
アイちゃんが言いました。
橋のうえを、コンビニのトラックが走っていくのが見えました。
「ゆめだったのかな?」
「ゆめみたいだったね」
「すごく、楽しかったね」
「うん。すごく楽しかった」
「ゆめじゃないといいな」
「うん。ゆめじゃないと思うよ」
「どうしてそう思うの?」
アイちゃんは笑っていました。
「だってほら」
ふたりは、シロクマ船長からもらった、紺色のマリンキャップをかぶっていたのです。
宅配便のお兄さんが、橋のうえからふたりに声をかけました。
「おーい! ステキな船乗りさんたち! イカダに乗ってどこまでいくんだい?」
アイちゃんとヒロくんは、顔を見あわせてから、一緒に言いました。
「南極まで!」
宅配便のお兄さんがおどろくのを見て、ふたりはおかしくなって笑いました。その笑い声は、シロクマ船長にも聞こえたかもしれませんね。
おわり
全12話 これにて完結です。お付き合いいただきありがとうございました。
寝かしつけのときに読んでみました、なんてお話をいただけたら泣いて喜びます。
Special Thanks : イラスト ひらのかほるさん
電子書籍の表紙制作費などに充てさせていただきます(・∀・)