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福沢諭吉「小学教育の事 一」

こんにちは

子どもの抱っこで腰を痛めてしまいました。
腰を痛めると、すべての事のやる気が半減する気がします。

今回紹介するのは『福沢文集二編』(1879年8月)所収の四編から成り立っている「小学教育の事」の第一編です。

1872年に学制が発布され、日本でも全国的な普通教育が始まりました。『福沢文集二編』が発刊されたのと同じ年に、アメリカの教育行政をモデルとした教育令がだされています。しかし、就学率は50%にも及ばず、国民皆学には程遠い時代でした。このような時代背景のもと、書かれたのが「小学教育の事」です。

学校教育が「当たり前」となったになった現代だからこそ、その原点を考えるのも大切かもしれません。今回のは導入部分なので、福沢の主張というよりは、同時の学校の通学事情が中心です。

要約

全国の子どもはすべて差別なく教育を受けるべきである。

しかし、それが難しい現実がある。
その最も一般的な原因が経済的貧困である。

最下層の貧民はたとえ授業料が無料でも学校に通わせないだろう。
子どもが学問を身に付けることを望んでいない訳ではないが、子どもが家庭の一員として生計を助ける必要があるからである。貧困と教育は相反し、決して相いれるものではない。

貧しい家庭では学校に入っても1・2年で辞めてしまう者が多い。これは決して咎められないので、学校を辞める日までに学んだことをその子の生涯の利益のために工夫しなければならない。今日の学務において最も大切なことなので、これから私の所見を述べたいと思う。

現代語訳

教育とは人を教え育てるという意味で、人の子は生まれながらに物事を知っている者ではない。先にこの世に生まれて色々なことを覚えた者が、その覚えたことを二代目の者に伝え、二代目は三代目に授け、人間の世界の有様をしだいに良い方向に進めようとするためのものなので、人の子はすべて差別なく必ず教育の門に入らざるをえない。どんな才能がある人や達人でも人は学ばずして自ら何かを得たためしを聞かない。教育は全国一般に広がるべきものである。

このように教育は大切なものである。全国に行き届いてすべての人を学者にさせたいけれども、現実では無理だろう。子どもに病気がちな子もいれば、障害を持っている子もいる。家庭に病人がいたり、災難があったりする。いずれも教育の障害となるであろうものである。されどこれらは特殊な事情であって、ここにその障害として最も甚だしく一般的なものがある。経済的な貧困である。日本の人口約3500万人、戸数約5・6百万のうち、一年に子どもの授業料を50円ないし100円(1円=現在の2万くらい)を出すことが出来る者は、幾万人もいないだろう。一段階条件を下げて、本格的な学問の授業には及ばなくても、月に1・20銭の月謝を出すか、または無月謝であるならば、子どもの教育を依頼する人は幾十万人もいるだろう。

 それ以下の幾百万の貧民は、たとえ無月謝でも、あるいは学校が少しばかり筆記具や紙を支給しても、なお子どもを学校に行かせないだろう。8歳の男の子には、草を刈らせ牛を使わせ、六歳の妹には子守の仕事がある。学校の教育を求めていない訳ではない。百姓の子が学問を修めて立身することは親の心では望んでいることであるが、いかんせん、その子は家庭内の1人として仕事を担っており、これを手放すとたちまち世帯の維持の差支えとなって、親子もろとも飢寒の難渋(貧困)からま逃れがたい。これが下等の貧民幾百万戸一般の実態といえる。

 貧民の実態このようであるが、近年、政府による支援や市井の老人たちの説得もあり、かつ日本の人民も平和な文化の世の中に慣れて、教育が大切であることを知り、貧困層の中にもその子を教育の門に入らせるようになった。これらにより現在、教育が盛んになってきたのは国のために目出度いことであると言えるだろう。しかし、物事には必ず限りがあり、たとえ貧民が奮発しても子を教育するためには実際には家庭内の貧困を耐えなければならない。すなわち貧困と教育は相反し、決して相いれるものではない。

 現在、文部省が定めた小学校の学齢は6歳から14歳までの8年間であるが、貧民はこの8年間すべて学校に行く者は決していない。最初から学校に入らない者はとりあえず差し置き、たとえ一度入学しても1年でやめる者や2年で辞めるものがいる。学校をやめるかどうかは、たいてい家の貧富の程度によるもので、辞めてしまう者はより貧しく、辞めない者はより貧しくない。貧困と教育は相反して反比例することを知るべきである。

 現在日本の小学校の生徒は必ず途中で辞めてしまう者が多いと認めざるをえない。すでに学校を辞めてしまった者は決して咎められないので、学校を辞める日までに学んだことをその子の生涯の利益のために工夫しなければならない。今日の学務において最も大切なことなので、これから私の所見を述べたいと思う。各地方の小学校教師の一助になれば幸いである。

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