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テスカトリポカ / 佐藤 究

※ストーリーの紹介はネタバレが無いよう、出版社の書籍紹介文程度にとどめる

 8月の終わりに発表された2021年上半期の直木賞受賞作『テスカトリポカ』をようやく読み終えた。

 実は直木賞関係なく気になっていた1冊でいずれ読もうと思っていたのだが、直木賞受賞に後押しされる形で優先的に読んでみることにしたのだ。何しろ500ページを超える大作であるからして、読む方もそれなりの覚悟が必要。少ない読書時間で遅々として進まないながらもなんとか読了したというわけだ。

 メキシコの麻薬密売組織牛耳るカサソラ四兄弟のひとりバルミロは、組織同士の抗争で唯一生き残り、麻薬の常習で裏社会に生きる日本人医師の末永と出会う。「心臓密売」ビジネスを立ち上げた二人と、様々な犯罪に染まったおぞましい面々が暗躍する川崎の街。そこに麻薬組織から逃れて日本にやってきたメキシコ人の母と日本人の父の間に生まれ、やはり重大犯罪を起こした少年コシモが出会うことで物語は大きく動き出す。アステカの神々とそれに対する信仰をバックに繰り広げられる巨悪蠢くクライムノベル。

 というのが、この作品の全容である。犯罪小説において、その犯罪がどれだけ悪辣に、そして迫力をもって描かれるかは極めて重要だ。リアリティもなければ荒唐無稽になり、犯罪の恐ろしさが感じられなければ、あっという間にケチなチンピラ話に陥落する。そういう点で、この『テスカトリポカ』は圧倒的な情報量で読む者を一気に物語世界に引き込んでくれる。

 単なる犯罪という事実だけではない。膨大なページ数をフルに活用し、登場人物のバックボーンを時間を書けて丁寧に積み重ねていく。それによって、それぞれの犯罪者の行動原理と思想が説得力あるドス黒さで読者の心に突き刺さる。この物語を読むには、時代を超越する巨大な奔流と格闘する覚悟が必要だ。

 犯罪者たちの群像劇にも見えるそれぞれのエピソードは、やがてアステカの神という共通のキーワードのもとに収束していく。長編小説ながらそこへ持っていく作者の舵取りのパワーと、あるスイッチが入った瞬間から加速する物語のジェットコースターさながらの緩急ついたスピード感が心地よく、凄いものを読まされたな、というのが読後の感想だ。

 現在、様々な文学賞が存在するが、直木賞がこういう本物の質量を持つ文学を選出してきたのは嬉しい限りだ。例えば、個人的には本屋大賞というのは軽くお付き合いする程度の賞かなと思っているのだが、直木賞がこういう作品を選んでくるとすれば、やっぱり読者としても背筋が伸びる思いがする。もっともっとこういう本格的な作品を読ませてほしい。

 それにしても気になるのが、作者の佐藤究のこれまでの作品。自分でも何冊か買っているのだが、すべて積んであって、『テスカトリポカ』を読んで誠に申し訳ない気持ちでいる。他の作品も読んでみたくなった。


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