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【読書】コールセンターもしもし日記――ご意見ご要望、クレーム、恫喝…反論せずにお聞きします

コールセンターもしもし日記――ご意見ご要望、クレーム、恫喝…反論せずにお聞きします Audible Logo Audible版 – 完全版

書店で見るたびに「コールセンターの仕事をする人間として読んでおいた方が良いかな……」と「この本は絶対に買わない」との思いが交錯する書籍でしたが、Audibleに入っていたのでサブスクリプションで聴いてみました。
なぜ買わないと思っていたかというと、あまりにもバイブスが悪いというか、負のオーラ出し過ぎの装丁が気に入らなかったから。
特定の職業についてその内情を紹介する本があるのは良いのですが、何か卑下しすぎです。
「この本買って家においたら、我が家が不幸になる」って思いましたからねマジで。
つらいことはもちろんあるけど、同じ職種にいる人がその仕事への誇りを失わないような装丁、帯のキャッチコピーであってほしいです。

読んでみると、(少し予想できていたのですが)そこまで「低い」内容ではなくて、この仕事の良い面と悪い面を公平に語る、全然ダメではない本でした。
著書の吉川氏は、最初に入社した会社でメンタルを悪くし、かつ離婚もしたあと仕事が必要で派遣社員としてドコモのコールセンターで支払遅延の顧客から問合せを受ける業務につきます。
そのあとは確定拠出年金の投資信託についての問合せ、パイオニアのプラズマテレビのトラブルの受付、外資系企業の内定通知発信などを経て、11年経過してまたNTT系の料金業務に戻り、最後にそれも退職して終わります。
仕事は長く続けず、タイに行くお金が貯まったら辞めてタイに滞在、やがてはタイ移住をと夢見るのですが、離婚後再会できるようになった息子の成長を見るにつれて心境が変化していく様が同時に描かれていきます。
どの仕事や職場にも良いところと悪いところがあり、つらいことが多くてもやりがいのある仕事もあれば、楽だけど退屈すぎて続けられない仕事もある、こうしたことは多くの人にとって共感できる面が多いでしょう。

どの仕事もそれなり以上のレベルでこなせている様子からすると、吉川氏の実務能力は基本的に高いし、物事への感受性や知的洞察もあることがわかります。
社会的には以下のような問題を感じる内容でした。

ひとつは、最初に就いた正規の仕事でメンタル悪化、退職にいたるほどの激務。
一定以上の能力を保有する人材を使い潰したわけで、そのようなことは本当に不幸です。
1990年代のことのようですが、今でもなくなってはおらず、企業社会の問題が感じられます。

もうひとつは、氏が担当した業務の時給が1200円から1500円のレンジで、やはり安すぎるのではないかということ。
2000年代前半から10数年の期間なので、それでもコールセンターオペレーターの時給としては悪くない部類であること、そういう会社にいた私にはよくわかります。
派遣社員なので、発注企業が払うお金はもっとかなり高いです。
またコールセンターが、派遣ではなくアルバイトという形で直接雇用すると、本人が受け取る時給は上記の100〜300円安いでしょう。
直接雇用の方がセンターにとっての雇用責任が重いことなどから、比較的長期の仕事を与えやすいかわりに、時給は安くなります。
この、派遣と直雇用(アルバイトや契約社員)の違いは意外と大きい割にあまり世間的に理解されていないのですが、それはおくとして、どっちにしても時給は安いです。
いや、私自身がどちらかといえば、そうした時給を払う側で仕事してきたので、それを上げるのが本当に難しいことはわかるし、むやみに時給を上げたところで採用しやすいわけでもない(この不思議さもおくとして)といった構造は十分理解していますが、著者のような人がもう少し余裕のある暮らしができるような給与であるべきだなとは思います。

そういう社会の問題と、その中で苦労した人の物語として、読むに値する書籍であったのは確か。

さて、あえて玄人目線で申せば、コールセンターで勤務する方にとって参考になるのかどうかという点では気になることは多いです。

ひとつは、語られているのはあくまで、結構昔の話であること。
システムの使われ方もそうだし、紙を使ったオペレーションが散見されることについては、今はものすごくレアなんじゃないでしょうか。
在宅コールセンターまである昨今、紙は残せない、というより、導入不可能な媒体ですらあることが多いでしょう。
また著者には派遣法や労働法の知識はそれほどないようで(言及していないだけかもしれませんが)、雇用や労働について行われたことについては、ところどころ違法性が疑われる出来事が登場します。
今だったらアウトだよっていうことがよく出てきます。
いや当時から違法だったけど、それ以前の慣行が残っていたわけですね。
法の運用については、労働基準監督署などがどんなことをどれぐらい厳しく監督するか、ということでどんどん変わってきた面があり、違法だからこれらの会社を今から糾弾すべきといった話ではありません。
おそらくこれらの会社も、現在の運用実態は当時よりはるかにクリーンになっているものと思われます。

もうひとつは、顧客対応の参考にできると思う話があまりなかったこと。

特にクレーム対応の箇所は本書中でも印象的ですが、料金滞納して電話を停められている顧客とのやりとりなど、基本的に対立的で、支払いをどれだけ待つかという一点でのみ交渉している要素が大きいように感じました。
それはそういうセンターだというだけの話なんですが、そんなことも絶対に許されないような、金融系(証券とか生損保)のセンターだったら役に立たない考え方で、普遍性はありません。
吉川氏が、世間で出版されているクレーム対応の書籍を読んでみたがあまり役に立たなかったと語っていますが、それもそれで、彼が所属している業務にはマッチしなかっただけの話でしょう。

とりわけ後半に出てくる、SV(スーパーバイザー)からの指示にあった「支払いをお待ちしますので、これで手打ちにしていただけませんか」というトークは、オペレータの皆さんにはあまり真似してほしくないですね。
吉川氏はそういう言葉遣いを面白がって使っていますが、「手打ち」などというビジネスライクなトークで支払い期日の交渉をしてクローズするというのは、非常に特殊な状況でのみ有効であったと思うべきでしょう。
特にBtoCですからね、「おゆるしいただけませんか」「ご理解いただけませんでしょうか」などの平易な言葉が基本であるべきでしょう。
私が客側で、怒っていたら「手打ちって何? どういうこと? 御社ではそういう言葉をどういう意味でお使いですか?」って詰めるでしょうね。
この顧客は、支払い期日の延長という利益を得さえすれば良かったので、そこは気にならなかっただけだと思います。

一方で、最初の方にある、怒鳴る顧客の言葉を聞き流していたら「こんなに話を聞いてくれた人は初めてだ」と感動されてしまった話には、カスタマーケアの重要な何かが含まれていると思ったのですが、ここはその後掘り下げられない要素でした。

あくまでオペレータ目線で仕事してきた吉川氏の実体験が語られているだけで、どうあるべきとかいう話でもなんでもないこと、百も承知で述べさせていただきました。
ただ、クレーム対応って、スカッとする切り返しみたいなものを求めがちですが、そういうものではないっていうことは言っておきたいです(嫌な客が相手でもスカッとできないオペレータの心の健康を維持することは、もちろん重大な課題です)。

いずれにしても、陰に日向に企業団体を支えているのがコールセンターでありオペレータですので、直接知らない方にとっては、その仕事をある程度理解するのに役立ちます。
なんといっても、著者の人生語りにはたいへん味わいがあります。
あの装丁の書籍を家に置いていて平気な方は紙でのご購入を、そうでない方はAudibleやKindleで一読してみて良いんではないかと思います。

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