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『お白洲から見る江戸時代』~読書感想文#40の①その人が偉いのではない

『お白洲から見る江戸時代』という本をご紹介しながら、現在にも通じる組織運営の在り方を考察します。

「敬語は上下識別語である」と言ったのは敬語学者の萩野貞樹ですが、上下を識別するものは敬語だけではありません。軍隊や警察のように、階級章があり、一目で地位が分かるようになっていたり、上座下座というように偉い人の座る位置が決まっていたりします。

それならば、士農工商の江戸時代、お白州での席次はどのように捉えられていたのか。

この本の副題は”「身分の上下」はどう可視化されたか”とあります。「身分の上下」を明確にすることは組織運営と大きく関わる問題であり、そのための一つのツールが敬語であるにすぎず、言語化であれ可視化であれ、考え方は共通です。であれば、これは組織を管理し運営する人にとっても興味をそそられるテーマではないでしょうか。そして、現在形骸化している敬語の潜在能力も掘り起こしてくれるのではないでしょうか。

実際、この本には現在の敬語の理念と通ずるところや、学ばなければならないことがいくつもありましたので、これから5回に分けてお伝えしたいと思います。

尊いのは人ではなく公務

P.179  尊いのは治者である人間そのものではなく、その担っている公務そのものが尊い。ゆえに、それだから「士」そのものを尊ぶべき―という論理である。

それは、侍の家に生まれたから偉いということではないということです。「士」の仕事を一部担う庶民も、その業務に携わるうえでは同様に尊ばれなければならない、そのように考えられていたのです。これはまさに相対敬語、いや、この本は席次の話であり言葉について書かれているわけではないので敬語とは言えませんが、とはいえ、言葉遣いもこれに準じていたことでしょう。ならばこれはやはり相対敬語であり、相互尊重ではありませんか。

現在に置き換えて考えてみましょう。例えば「年下の上司の言うなりに動くなんて冗談じゃない」「女の下で働けるか」「なんかあの上司、気に入らないからみんなで無視しよう」などと考える社員が大勢を占める職場で、業務が円滑に回るでしょうか。

人それぞれの価値観を否定する必要はありませんが、それはプライベートな領域で持っておいてもらえればよいことです。職場では、年齢や性別や、ましてや個人的な好き嫌いで尊重する相手を決めてもらっては困ります。職場内の職位においてのみ尊重されるべきではないでしょうか。

上下は変わる

現代社会においても親ガチャなどと言われるように、生まれ育った環境に影響を受けることに変わりはありませんが、必ずしも会社員の息子が会社員にならず、三代目だからといって跡を継ぐとは限らないように、江戸時代における士農工商とはそれほど固定されたものではなかったようです。というよりも、ほとんどの身分が売り買いされていて、変更可能だったようです。

そんなことも知らなかったのは私だけかもしれませんが、明治よりも前の人びとの身分は固定されていて、生まれ落ちた環境に抗うこともできず、厳しいカースト制度の中を苦しんでいたと思っていました。

刻々と変わるその時の上下を守る

もちろん売り買いされるということはお金が必要ということですから、誰もが好きな身分になれるということを意味するわけではありません。また、お金さえ積めば適性も能力もない身分に就けるというものでもないでしょう。

そのうえで、お白州というお上と民のつながりの場において、お上が席次という目に見える表現方法で現実の「身分」を認めてくれるというのは、「お上は私たちを見てくれている」「分かってくれている」という安心につながるのではないでしょうか。

上司の顔色ばかり見ている人のことを「ヒラメ」などと揶揄して言うことがありますが、お白州ではそんな心配はありません。幕府が決めた身分ばかりではなく、その職人集団内で決まった上下や、村内の上下などを正確に席次に反映してくれます。そのためにお役人たちがいかに腐心して席次を決めたかということが書かれているのがこの本です。つまり、目下が目上の顔色をうかがう必要はなく、かえって上が下をいかに正確に見ているかを知らしめる場がお白州であったようなのです。

上司の顔色ばかり見ている社員と上司を信頼して業務に集中する社員とを比べたとき、どちらが質がよく効率的であるかは聞くまでもないことだと思います。

天皇や国教の権威にも頼らず、265年もの間にわたって統治できた江戸時代のやり方は、現在の組織運営にも参考になるのではないでしょうか。

それでは、また。


【実戦敬語概論】立場と責任を明確にする敬語で、信頼される自分になる


世界や自分自身をどのような言葉で認識するかで生き方が変わるなら、敬意を込めた敬語をお互いに使えば働きやすい職場ぐらい簡単にできるんじゃないか。そんな夢を追いかけています。