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【特別コラム】"92:48"とディ・マリア、伝説のラ・デシマを振り返る

こんにちは。

お世話になっております。クリスマス休暇ということでレアル・マドリーの試合もしばらくなく、皆さん退屈な日々を過ごされているかと思います(?)

恐縮ですが特別コラムと称して、カルロ・アンチェロッティとともに達成した2013/14シーズンの10度目のチャンピオンズリーグ制覇"ラ・デシマ"を改めて、戦術的な観点から振り返るという記事を書いていきます。当時を思い出しながら、また当時まだマドリディスタでなかった方にも楽しんで読んでいただけたら幸いです。

こちら前回の記事の宣伝です。先日行われた同じマドリッドダービーのレビューとなっております。



スタメン

決勝戦は、2014年5月24日、ポルトガルの首都リスボンで開催。相手はディエゴ・シメオネのもと18年ぶりにラ・リーガを制覇し、黄金期を迎えていた同じ都市のライバル、アトレティコ・マドリー

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両チームのスタメンはこの通り。レアル・マドリーはバイエルン・ミュンヘンを4-0と粉砕した準決勝セカンドレグで、Ac(アンカー)のシャビ・アロンソがイエローカードを貰ったことで累積による出場停止を余儀なくされ、代役にはサミ・ケディラが起用される。また、最終ラインは負傷から回復が間に合わなかったぺぺの代役にラファエル・ヴァラン、左SBはマルセロとスタメン争いを繰り広げていたファビオ・コエントランという並び。一方のアトレティコ・マドリーは崩しのキーマンだったアルダ・トゥランを怪我で欠き、ジエゴ・コスタは怪我を抱えながら強行出場という状況。ゴールを守るのはティボ・クルトワである。


睨み合い、互いの意図

攻撃的な采配を好むアンチェロッティが、アロンソの代役にケディラ、またマルセロではなくコエントランをスタメンに選んだことからもわかるように、この決勝という舞台で「まずはリスクを冒しすぎない」という思いがひしひしと伝わってきた。

安定を選んだという点ではシメオネも同じであり、立ち上がりの意図は明確。ボールを持ったらまずは最前線の怪物、コスタへのロングボールを狙う。セカンドボールに圧力をかけるものの、高い位置でマイボールにできなければ即撤退。プレスラインはミドルゾーンに設定し、開始早々ハイプレスをし続ける、といったことはしなかった。

レアル・マドリーがボールを保持する流れになり、左からの前進がメインに。アトレティコ・マドリーの非保持はシメオネの代名詞でもある[4-4-2]であるため、まず使いたいエリアは(現在ではクロースのエリアと化している)2トップ脇。そして2CH脇2トップ脇でボールを引き取る役割と幅を取る役割は、左IH(インサイドハーフ)のアンヘル・ディ・マリアとコエントランという互換性の高い2人が入れ替わりながら分担して受け持ち、クリスティアーノ・ロナウドが自由にポジションをとりながら[4-4-2]の右CHと右SHの間で顔を出す

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とにかく中央封鎖が第1目的のアトレティコ・マドリーの右SHラウール・ガルシアは、ロナウドが頻繁に顔を出すためこの隙間を意識せざるを得ず、となると大外レーンへのパスコースが開通。質の高いドリブルとクロスを武器とするディ・マリアが存在感を発揮し始める。独力でのドリブル突破でブロック内への侵入、カリム・ベンゼマとガレス・ベイルの待つエリア内へのアーリークロスという2つの形からチャンスを生み出そうとしていた。

一方のアトレティコ・マドリーは早々の9分にアクシデント。エースのコスタが続行不可能となり交代を余儀なくされ、アドリアン・ロペスが投入される。しかしやることは変えずに、ロングボール、手数をかけない攻撃を続けることを徹底する。

非常に痛い交代と思われたものの、レアル・マドリー保持の局面ではアドリアンとダビド・ビジャによるプレスバックが非常に厄介。自陣深い位置に押し込まれても4-4ラインの手前で2トップの片方が中央を消すポジションを取り続けることで、Ac経由でのサイドチェンジを許してもらえず。ケディラは効果的にボールに関わり前を向ける選手ではないし、アトレティコ・マドリーがレアル・マドリーの最終ライン経由のサイドチェンジに合わせて全体の横スライドを頑張り続ければ耐えられるという展開に持ち込まれつつあった。レアル・マドリーはいつも以上にリスク管理に人員を割いていたことも合わさりやや淡白なサイド攻撃に終始。そのサイドのカバーや2トップと協力してのケディラの挟み込みなど存在感を放ったガビとチアゴ・メンデスはお見事。

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相手のボール保持、スクランブルとセットプレー

アーリークロスは当時世界最高峰のCBコンビであったディエゴ・ゴディンとミランダが落ち着き払ってはね返し、ディ・マリアのドリブルはファウルでイエローカードと引き換えに止めて強みのセットプレーではね返すアトレティコ・マドリー。そうこうしてレアル・マドリーが攻めあぐねている中、与えてはいけない先制点を許す。36分、相手CKのこぼれ球をゴディンがケディラの上から先に触り、対応を誤ったイケル・カシージャスの頭上を越えて吸い込まれるようにしてゴールへ。ラ・リーガでも猛威を振るったセットプレー(最終節バルセロナ戦でもゴディンのヘディング弾が決まり、これが優勝を決定づける)が牙を剥いた。

この先制点によって勢いづいたアトレティコ・マドリーはミドルプレスのインテンシティをさらにもう一段高め、レアル・マドリーは次第に押し込まれていく。

レアル・マドリーのブロック守備はベイルが下がって中盤ラインに加わる[4-4-2]で、対するアトレティコ・マドリーの崩しの局面での配置は左右非対称、左にオーバーロードを作り出す形チアゴが脇でボールを引き取り、サイドの2人に加えて2トップの片方とガビを合わせた5人が近い距離でパス&ゴーを繰り返してオープンな状態の選手を作り出す。レアル・マドリーの右サイドは、ゾーンで守るのか人を見るのかはっきりせず、なかなか捕まえることができない。ここでも存在感を放ったのがアドリアン。巧みなドリブルでダニエル・カルバハルを手玉に取るシーンも。レアル・マドリーはボールを奪っても相手選手が密集しているためなかなかポゼッションリカバリーをすることができない。驚くことに、当時のレアル・マドリーのプレス回避は(特にこの試合は)カシージャスまで下げてBBC(ベンゼマ、ベイル、ロナウド)目掛けて蹴り飛ばす、という方法しかなかった

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オーバーロードは逆サイドで個の打開力に長ける選手に幅を取らせ、アイソレーションさせる戦術と組み合わることが多いわけであるが、そのような選手を擁しない代わりに右サイドからエリア内に進入していくのがラウール。右SBのフアンフランはリスク管理の一員として後方に残っているため、サイドチェンジの選択肢はほぼほぼなかったものの、左のオーバーロードで作ったオープンな選手からのクロスに対し空中戦の強いラウールがコエントランとのミスマッチを制し、ゴール前でスクランブルを起こしてボールをゴールにねじ込む、というやり方をシメオネが意図していたことは間違いない。コスタが残っていたら追加点と奪われてもおかしくはなかったはずだ。


アンチェロッティの決断、2人の交代

前半を0-1で折り返し、後半立ち上がり一気に前へ出てきたアトレティコ・マドリーに対しやはり劣勢を強いられていたレアル・マドリー。悪い時間帯は守備から立て直そうとするチームも多い中、59分、アンチェロッティは大きな決断を下す。イスコとマルセロの投入。ロナウドを完全にストライカーの位置に置き、ルカ・モドリッチとイスコの2人で中盤を務めるというあまりに攻撃的な布陣。しかしこの交代を境に、レアル・マドリーはアトレティコ・マドリーを押し返すことになる。

ボール保持でブレーキとなっていたケディラと、やるべきことはこなしていたコエントランの代わりに魔法のようなキープとドリブルを武器とする2人が入り、またモドリッチが両サイドに関わることのできる中央に置かれたことで、ほとんど封じられていた中央経由のビルドアップが息を吹き返し、モドリッチがタクトを振るい始める。イスコはかなり自由にポジションを取り、好きな左に流れることも多い一方で、右でバランスをとる&ロナウドと被らないように一列低い位置にいたベイルが前向きにボールを持てるシーンが増えていく

73分、モドリッチが中央からロナウドに鋭い縦パスを通すと、レイオフを受けたベイルが強烈なミドルシュートを放つも、惜しくも枠の右。このようにサイドでスペースがないと輝けないタイプの選手をより中央の一列低い位置からスペースに飛び込ませて輝かせるというのは、今季アンチェロッティがアセンシオに与えた役割の変化と同じ類のものである。このシーンは、おそらく試合を通して初めてアトレティコ・マドリーの中央を切り裂いたシーンと言える。

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ベンゼマが左で深さを作るようになった点も見逃せない。モドリッチとイスコの存在によりロナウドが左ハーフスペースで組み立てに関与する必要がなくなり、入れ替わるように左に顔を出し始めたロナウドより背負うプレーの得意なベンゼマが深いところでポストプレーをすることで、さらに相手のラインが下がり、ディ・マリアがオープンな状態でボールを持てるようになっていく。現在のレアル・マドリーで自由を謳歌するベンゼマだが、この試合を見る限り当時は本当にロナウドの黒子に徹していたのだろう。ロナウドのエリアを潰さないように、いかに彼を活かすようにスペースを作るか。現在ほど動き回ることはなく、常にロナウドとの距離感を意識してプレーしているように見えた。ロナウド退団後にさらなる進化を遂げたことは間違いないが、ロナウドとベンゼマのコンビは史上最高と言っても過言ではないはずだ。

残りの20分間は、疲労により前にも出れなくなっていったアトレティコ・マドリーを相手に、時間を与えられた左サイドのディ・マリアとマルセロがBBC(79分にはベンゼマに代わりアルバロ・モラタを投入)目掛けてひたすら放り込む。エリア内にBBCがいる迫力は現在の比ではなく、なんとしてでも1点を奪いにいく。しかしゴール前には止められた10人のバス、強固なDF陣、そして最後の砦クルトワ


"92:48"、止まらないディ・マリア、そしてデシマへ

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このゴールに関して多くを言う必要はないだろう。ここまで敢えて名前を出してこなかったが、歴史を変えた、レアル・マドリーというクラブに悲願の10度目のCL優勝をもたらした伝説のゴール。決めたのはセルヒオ・ラモス92分48秒、モドリッチのCKにヘディングで合わせ、クルトワの守るゴールを破り、劇的な同点弾。と同時に、ジョゼ・モウリーニョが土台を作り、後にジネディーヌ・ジダンが完成させるCL3連覇という黄金期がスタートした瞬間だった。

そして試合は延長戦へ。あと132秒耐えていれば別の歴史を作ることができたものの、それを劇的に阻まれたアトレティコ・マドリーとの士気の差は明白だった。

110分、最後の力を振り絞り攻撃に出たアトレティコ・マドリーの背後に生まれたスペースへ、カウンターを狙うレアル・マドリー。左サイドでボールを受けたのは、この日何度も、何度も何度も左サイドを切り裂き続けてきたディ・マリア。チアゴ、フアンフラン、ミランダをダブルタッチで完全に置き去りし破壊すると、左足アウトサイドにかけたシュートを放つ。これはクルトワがスーパーセーブを見せるも、エリア内で待っていたのはベイル。交代で出場していたトビー・アルデルヴァイレルトに先んじてヘディングでゴールにねじ込んだ。このカウンターの起点となるボール奪取を見せたのは、足を痛めながらも最終ラインまでスプリントして戻っていたロナウドだった。

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完全に糸が切れてしまったアトレティコ・マドリーを相手に、マルセロが中央をドリブルで突き進みミドルシュートから3点目、そして試合終了間際にロナウドがPKから4点目を奪い、4-1というスコアでレアル・マドリー勝利に終わった。これによりレアル・マドリーはジダンが左足でダイレクトボレーを沈めた2001/02シーズン以来、12年ぶり10度目のチャンピオンズリーグ制覇となった。

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試合結果

レアル・マドリー4-1アトレティコ・マドリー
セルヒオ・ラモス(90+3分)、ガレス・ベイル(110分)、マルセロ(118分)、ロナウド(120分)
ディエゴ・ゴディン(36分)


出場選手

カシージャス:クラブ史上最高のGKは、大舞台で自身のミスにより先制を許すという苦しい試合。しかしその後は持ち直し、ラモスとともにカピタンとしてビッグイヤーを掲げた。
カルバハル:レンタルバック1年目の若き右SBは、アドリアンの対応に苦戦するも献身的な上下動で攻守に奮闘した。
ヴァラン:ペペの負傷により出場機会を得るも、クオリティを全く落とすことなく相手の攻撃をシャットアウトし続けた。
ラモス:相手のカウンターの起点を尽く潰すだけでなく、チームを鼓舞し、劇的な同点弾をゲット。文句なしのMOM(マン・オブ・ザ・マッチ)と言いたいところだが。
コエントラン:マルセロに勝る守備面で信頼され大一番でスタメン起用。ディ・マリアとのユニットで存在感を発揮。
ケディラ:アロンソの代役は務まりきらず。ボールロストが目立ち、攻撃を停滞させてしまった。
ディ・マリア:ラモスを上回る活躍を見せたこの選手こそMOMにふさわしいだろう。とてつもない走力とドリブル突破で常に相手の脅威になり続けた。
ベイル:このシーズンに移籍してきた1億ユーロの男は、コパ・デル・レイ決勝の独走ゴールに続いて大一番の強さを見せつける。決勝弾をゲット。
ベンゼマ:この試合はあまり目立つことはできなかったが、ベイルとロナウドを活かすためのスペースメイクに勤しむ。
ロナウド:怪我明けで決定的な仕事ができず、消えていた時間帯も長かったが、最後の最後に見せ場を作った。
マルセロ:幅を取るディ・マリアと被らないよう後方や内側レーンでボールの循環を活性化。ダメ押しの3点目をゲット。
イスコ:途中出場で流れを変えるゲームメイク。相手はボールを奪えず次第にラインが下がる。守備にも献身的であった。
モラタ:結果は残せずも、前線から激しいタックルを見舞うなど、気持ちを見せた。
アンチェロッティ:イスコとマルセロの投入は初めから用意していたプランだと推察する。しかしそのタイミングが完璧だった。スタメンが違っていたら、おそらく守備がもたなかっただろう。そして現在、14度目のチャンピオンズリーグ制覇へ向けて、ラモスとディ・マリアを擁するPSGと激突する。


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