見出し画像

燃えないのに可燃ごみ、燃えるのに不燃ごみとは、これいかに? 20211021解説

不思議に思ったことはないですか?生ごみは、火をつけても燃えないのに可燃ごみ、プラスチックごみは火をつければ燃えるのに不燃ごみ。

地域ごとに扱いが違うのはなぜ?

そもそも、自治体によって、プラスチックごみの扱いは様々です。可燃のところもあれば不燃のところもありますね。

だけど、何かの理由によって、プラスチックごみが燃える地域と、燃えない地域がある、というわけではありません。

東京都(特別区)のごみ収集では、昔は不燃、今は可燃でした。

だけど、昔の東京では、プラスチックごみは燃えなかったのが、今は燃えるようになったから、ではありません。

ついでに言うと、生ごみは、そのままでは燃えませんが、水分を飛ばせば燃えます。ただ、水分を飛ばすために、加熱する必要があります。

そこで、「助燃剤」と称して、ごみ焼却炉に化石燃料が投入されている場合があります。東京23区の場合は、都市ガスです。

可燃ごみという呼び名の由来は?

私が1990年にごみの勉強を始めてすぐに直面したのが、この疑問です。

ちなみに当時、私が住んでいた川崎市は、「全量焼却主義」(要するに、何でもかんでも燃やします)でしたので、可燃ごみ・不燃ごみというのは生活体験がありませんでした。

ただ、生ごみでも紙ごみでもプラごみでもびんでも缶でも、同じパッカー車に積み込んで、清掃工場に直行していたわけですから、燃えないとわかっているものを燃やすのは何でかねぇ?とは思いました。

史料的に、「これが可燃ごみと言い始めた最初の使用例だ」というのは探し当てられませんでしたが、たぶんこういうことだろう、と推測する手掛かりは見つけることができました。

廃棄物処理に関する法制度のおさらい

そこに行く前に、前提として、ざっと見ておく必要があるのが廃棄物処理に関する法制史。

現在、廃棄物の処理は「廃棄物の処理及び清掃に関する法律」という法律にもとづいておこなわれています(廃棄物処理法や、廃掃法と略されます)。

この法律の後半に「清掃」の2文字が入っていますが、これは前身の「清掃法」の名残です。

現行の廃棄物処理法は、1970年公害国会で、清掃法の全部改正によりできた法律で、廃棄物という名称も、実はこのときに生まれたものです。

で、前身の清掃法は1954年にできたので、わずか16年の命でしたが、、、実は、その前の法律、「汚物掃除法」の全部改正によりできたものです。

この汚物掃除法は1900年につくられたもので、これは19世紀最後の年です。

したがって、19世紀にできた法律の全部改正の、そのまた全部改正で、21世紀現行の廃棄物処理法ができているというわけで、条文の構成や用語に、いまだ19世紀の「香り」がそこはかとなく漂っているのです。

2020年は廃棄物処理法50周年なので、大きな改正があるかな、と思っていましたが、ありませんでしたね。

ところで、汚物掃除法で、ごみ処理の責任は「市」にあるとされ、次の清掃法で「市と町村の一部地域」、現行の廃棄物処理法で「市町村」と、順次拡大されてきました。

今ではごみ処理は行政の仕事だよね、というのが全国津々浦々当たり前ですが、実はそれはこの半世紀のことで、それ以前は、法律的にも実態的にも、「自家処理」がけっこうな割合を占めていたのです。

塵芥ハ 之ヲ 焼却スヘシ

さて、可燃ごみという名前の手がかりは、汚物掃除法にありました。

法律を具体的に運用するために、施行令や施行規則などで細目を定めますが、汚物掃除法施行規則第5条が次のようになっていました(読みやすくするためにスペースを入れてあります)。

塵芥ハ ナルベク 之ヲ 焼却スヘシ

塵芥は、ジンカイと読みますが、訓読みにすると、ちり・あくたで、要するに、ごみのことです。「ごみはなるべく焼却すべし」、という意味ですね。

これが1930年(昭和5年)に、

塵芥ハ 之ヲ 焼却スヘシ

となりました。「ナルベク」の4文字が削除されたわけです。

この4文字、ある場合は、できなくても仕方がないね、の余地があると解することができますが、ないと、例外なくやれ、という意味になります。

かつての川崎市が「全量焼却主義」だったと述べましたが、実は、そのルーツはここにあり、また、川崎市だけでなく、国を挙げてその方向を目指していたのがかつての廃棄物政策でした。

※このあたり、30年前の卒業論文でお勉強した話です。

可燃の「可」の意味

さて、いよいよ「可燃ごみという呼び名の由来は?」のナゾトキです。

可燃ごみを、「燃えるごみ」というのは、「可」の字の意味を、「できる」と解しての言い換えと考えられます。可能・不可能の「可」ですね。

ところが、「可」の字には、別の意味があります。それが、、、

塵芥ハ 之ヲ 焼却スヘシ

の、「スヘシ」のところです。

スヘシ=すべし=可燃

漢文を勉強したことがある皆さんは「レ点」という返り字のことを覚えておいででしょう。下を先に読んでから、上に戻れの指示ですね。

横書きだとわかりずらいですが、縦書きで、「可」の字の左下に、小さく「レ」の字が入り、「燃」の字が続くと、「燃やすべし」と読みます。

つまり、可燃ごみの「可」は「べし」だったのではないかと考えられるわけです。ここを取り違えて「燃やすべきごみ」を「燃えるごみ」としてしまったところに、混乱の元があるのではないかとにらんでいます。

不燃ごみも同様に、漢文でレ点をつけてよめば「燃やさないごみ」の意味となります。「燃えないごみ」ではありません。

可燃不燃

が、可燃ごみを「燃える」としたら、不燃ごみの方も、「燃えない」にしないと対にならないわけで、「燃えるごみ」の表現に引きずられてしまったのでしょう。

こうして、どこかの誰かが考えた

可燃ごみ→燃えるごみ

の言い換えが、今日の「燃えないのに可燃ごみ、燃えるのに不燃ごみとは、これいかに?」につながっているのです。

・・・というのが、私の考えです。いかがでしょう。

本来であれば、燃やすごみ、燃やさないごみ、で広まった方が、住民説明的にも、環境教育的にもよかったのに、と思うところです。

ごみの名前は政策意図を示すもの

可燃ごみ、不燃ごみ、さらには資源ごみなど、ごみの名称は、それらの物理化学的な性質を直接表現するものではなく、それらを「どう扱うか」という行政の政策意図を表現しているのです。

したがって、「所変われば品変わる」、プラスチックが可燃になったり不燃になったり資源になったりするわけです。

また、政策意図は、時とともに変わります。

日本において、20世紀のほとんどを通じて、自治体のごみ処理は「全量焼却」を目指してきましたが、1990年代に「リサイクル」の方向がとりいれられました。

1991年の資源有効利用促進法、1995年の容器包装リサイクル法を皮切りに、家電、食品、建設、自動車のリサイクル法。

2000年の循環型社会形成推進基本法で、「循環利用」の方向に大きく切り替わり、「3R政策」が全面に打ち出されるようになったわけです。

個々の自治体においては、こうした国の政策の方向性だけでなく、財政能力や、焼却施設、埋立地の確保の状況により、政策意図が決められます。

燃やしたいけど燃やせない、埋めたいけど埋められない、という消去法的選択の結果、今となっては3Rのトップランナーになっている自治体もあるわけです。

というわけで、10月は3R月間にちなんだ小話(にしては、ちょっと長い?)でした。

※こちらも合わせて読んでみてください!


















この記事が参加している募集

SDGsへの向き合い方