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宝塚記念を振り返る~前残りを生み出した騎手心理と枠の並び~

たぶん競馬を始めて割と早いうちに覚える常識に、『スローペースだと前有利』『ハイペースだと後ろ有利』というものがあるんじゃないかな。

この2つを知らないで競馬している人間は、よほどの初心者だろう。マスクも競馬を始めて何十年、たぶんこの要素は相当初期に覚えたと思う。

厳密に言えばスローペースだからといって前有利とは限らないのだが、スローペースのほうが前が有利になるレースが多いのは事実だ。

スローペースというのは奥が深い。ペースを緩めたら前が有利になりやすいなんて、ファンだけでなくジョッキーだって知っている。それでもスローになってしまうのは、競馬に『人間心理』という要素が強く働いているからに他ならない。

ジョッキーたちは『どうやったら勝てるか』を考えて乗る。複数人の思考が絡み合うことでペース、展開が醸成されていく。


宝塚記念というレースは基本的に『ペースが緩みにくい』。

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これは阪神の内回りの高低図だ。直線残り200mから急な上り坂があるものの、それ以外は平坦、そして下り坂で構成されている

人間の陸上もそうだろう。上り坂だったらペースが落ちるし、下り坂だったらペースが速くなる。宝塚記念は2度の直線の上り坂以外は、平坦、そして下り坂部分しかない。自然とペースが流れやすいのだ。

●過去3年の宝塚記念 ラップ
・18年
12.2-10.8-11.4-12.7-12.3-12.0-11.8-12.1-12.2-11.7-12.4
・19年
12.6-11.4-11.5-12.4-12.1-11.9-12.0-11.6-11.5-11.4-12.4
・20年
12.3-10.9-11.4-12.7-12.7-12.4-12.4-12.4-11.9-12.1-12.3

道悪になりやすいレースだから年によって中盤ラップのタイムが違うんだけど、見てほしいのは太字にした部分。

どの年もほぼ一定のペースが刻まれているのが分かる。昨年は道悪もあってちょっと遅いんだけど、それでも一定のペースだよね。

太字の部分は宝塚の1000m→1600m地点にあたるんだが、阪神の芝2200mは1000m通過地点通過地点、つまり向正面から緩やかな下り坂が始まる

内回りの向正面から、直線残り200mまでずっと下り坂。前述したように上り坂ならペースは緩むが、下り坂はそうそうペースが緩まない。

本来緩みにくいコースであることを頭に入れた上で、今年の宝塚記念のペースを見てみよう。

・21年宝塚記念
12.3-11.2-11.6-12.4-12.5-12.4-12.3-11.5-11.5-11.5-11.7

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今年の宝塚記念の特注ポイントは、スタート後600m地点からの800m、つまり太字にした部分が全部12.5近辺だったことだ。

この区間は高低図でいえば、右の1600mという地点から、真ん中、3コーナーの800m地点まで。上り坂でこのラップならまだ分かるが、ちょっと雨が降ったとはいえまだ時計も出ていた今の阪神芝で、平坦、下り坂部分で12.5連発はいくらなんでも遅過ぎる

こんなラップだったら、馬群が固まって上がり勝負にでもならない限り前残りさ。逃げたユニコーンライオンを楽にさせ過ぎだ。後ろの馬が差すには上がり3F33秒台か、34秒前半を使わないといけない。阪神2200でこの数字は速過ぎる。簡単に使える数字ではない。

今回の宝塚記念のポイントはここ。なぜユニコーンライオンは楽に行けたのか。そこには川田の心理や、いくつかの要素が含まれているんだよ。

●宝塚記念 出走馬
白 ①ユニコーンライオン 坂井
黒 ②レイパパレ 川田
青 ④ワイプティアーズ 和田竜
黄 ⑦クロノジェネシス ルメール
緑 ⑨アリストテレス 武豊
橙 ⑩カレンブーケドール 戸崎
茶 ⑪モズベッロ 池添
桃 ⑬キセキ 福永

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スタート。わずかだが、白ユニコーンライオンと黒レイパパレが接触し、桃キセキがゲートを出た後に外に飛んでいるのが分かる。

この接触で勝負が決まったとは言わないが、落馬寸前の不利を与えるものではなかったものの、川田のレースプランが若干変化した出来事だと思う。

今回のメンバーで前走逃げていたのはユニコーンライオンとレイパパレだ。たぶんどちらかが逃げるというのがファン、関係者共通の考えだったんじゃないかな。

●レイパパレが逃げた大阪杯(重馬場)
12.4-11.1-12.1-12.1-12.1-12.8-12.2-12.1-11.6-13.1

●ユニコーンライオンが逃げた鳴尾記念(良馬場)
13.1-11.9-13.0-12.6-12.3-12.2-11.5-11.1-11.1-11.9

コース形態が違うにしても、重馬場の大阪杯のほうが圧倒的にペースが速いのが分かるだろうか。

これがあったから、俺はレイパパレが逃げると思っていた

しかも大阪杯で序盤から中盤までまったくペースが落ちていない大阪杯の逃げ、前述の理由から元々ペースが緩みにくい阪神2200mというコースレイアウトから、締まったレースになると読んでいたんだ。結構こういうペース読みだった人は多いんじゃないかな。

ただ実際レースをやってみたら、ハナは前走のペースが圧倒的に遅かったユニコーンライオンのほうだった。

これは川田の心理面の影響だと思う。なにせレイパパレはここまで2200m以上の距離を走ったことがない

それこそ母が3000m以上でも好走してたとか、馬がおとなしいから折り合いがつくとかならまだスタミナ面に自信を持って攻めていけるが、レイパパレの母シェルズレイは現役時代マイラーだったし、折り合いが非常に難しい馬だった

川田は現役時代のシェルズレイに騎乗して、その難しさをよく知っている。娘が初めての2200mを走るにあたり、最も気にしたのは折り合い面だろう。

折り合いを考えた時、スタート後接触した後に押してハナを切りに行ったら、当然折り合いを欠いて掛かるリスクが増す

これがレイパパレが絶対ハナに行かないといけないタイプだったら話は変わるが、チャレンジC以前にもレイパパレは2番手以下で競馬ができている。絶対にハナに行くタイプでもない。

当初からスタートを出たナリで、いいスタートだったら自然と馬の気持ちを損ねないようハナへ、普通のスタートだったら、ユニコーンライオン次第で番手というのが川田のプランだったはずだ。

ゲートを出て接触してからほとんど追ってないからね。元々スタート次第で番手プランが頭にあって、なおかつ接触もしたとなれば、もう2番手で折り合いをつける道を選ぶのが、確かに現実的だ。

これによりユニコーンライオン単騎の形が登場した。ユニコーンライオンが逃げた前走鳴尾記念のラップを思い出してほしい。

そう、超スロー。これで今年の宝塚記念は、例年とは一味違う宝塚記念になる方向性が形作られた

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大外の桃キセキが更に外に飛んでいったのも大きかったね。キセキは昔からスタートに難がある。ただ福永のゲートの上手さは超一流。中間ゲート練習もやって、実際にゲートは出た。

ただ以前から何度か触れているように、大外枠の馬は、スタートを切った後に誰もいない外側のほうに逃げて行きやすい。これはもうジョッキーが気を付けてもどうにもならない。

ジョッキーだったら誰しもが知っていることだからね、これ。みんな大外枠の時は外に飛ばないように気を使っている。それでもこうして外に飛ぶことがある。避けられないから大外のデメリットの1つとして割り切るしかない

これがもし、大外でなければ福永の技術でしっかり出たキセキが、外に飛ばずに前を追走しているはずなんだ。

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ところが大外で外に飛んでしまったキセキは、その分のロスがあって内枠に置いていかれている。この時点でハナ、外の2番手を確保しにいくには脚を使うことになる。

この画像は最初の直線。福永が思い切り内を開けているだろう。それまでのレースで内も使えていたし、実際内枠の馬も来ているんだけど、見た目に荒れているように内はボコボコしていた

もちろんコーナーでこんなに外を回していたら距離ロスがあるが、最初の直線で内を開ける分にはロスにならない。キセキが大外に飛んでしまった影響もあるか、福永は荒れた芝をあえて回避するため、内の馬から距離を取って追走した

ハナか外の2番手を取りに行くには、荒れた真ん中から内で加速しないといけない。荒れた馬場でそんなことができるか?できないな。この時点でキセキがつっかけていく可能性は大幅に下がった。

よりユニコーンライオンがマイペースで運べてしまう。

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少々時を戻すが、これは最初の直線、内回りとの合流地点を過ぎたあたり。黒レイパパレが番手で控えることを選んだ後のシーン。

黄クロノジェネシスのルメールが、自然な感じでレイパパりの後ろを取りに行っている。これもまたよく回顧に書くことで、『強い馬の後ろは競馬がしやすい』。早速ルメールはレイパパレの後ろを取りに行っている。

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ここが今回の宝塚の枠の並びの妙。緑アリストテレス、橙カレンブーケドールより黄クロノジェネシスが内だったからこそ、楽にレイパパレの後ろを取りに行けたのだ。

この時点で有利なのはクロノジェネシス。ちょっと劣る馬たちにとってはすでに苦しい隊列と言っていい。緑アリストテレス、橙カレンブーケドールからしてみたら、青ワイプティアーズ、黄クロノジェネシスのポジションはうらやましかっただろうな。

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しかもルメールの上手いところは、先を考えるところ。

これは1コーナー手前なんだが、黄クロノジェネシスがちょっと外目に張り出すんだよ。こうすることで、橙カレンブーケドールとの間に緑アリストテレスが挟まれる形になって、ポジションが1列後ろになる。

要はクロノジェネシスを包まれないようにしたわけ。人気馬の一角、まして昨年の覇者ともなればマークは厳しい。スローペースで内に押し込まれてみな。詰むぞ

だからルメールはわざわざ外に1頭分張って、内に1頭分の遊びを作って回っている。これをやられると、その外の馬たちは更に1頭分外を回される。自分を生かし、他を下げる、細かい部分が上手い。

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1コーナーに入るころには、黄クロノジェネシスの左右のポジションが若干空いている。ちょっと張った効果で、自分の進路を作っていったわけだ。

ルメールって詰まったまま負けることが滅多にないジョッキーなんだが、それはつまり、このような細かいリスクマネジメントがしっかりしているからなんだよ。ただ内に入ればチャンスが回ってくるとか、そんなことは考えない。

ヨーロッパは馬群が締まる。凝縮して、日本みたいに緩い馬群にならない。詰まりやすくなる。そんな土壌でデビューしているから、こうした『未来の進路』の作り方が上手いわけだ。

その割にはミルコ・デムーロさんはよく詰まるんですよね。

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1、2コーナー。桃キセキが内を開けているのが分かるだろうか。

元々キセキという馬は跳びが非常にデカい。それはなんとなくイメージできると思う。どうしても膨らんだ回り方をしてしまうのは仕方ないとして、どうも今回のキセキは膨れ気味だった。

こんな外に膨らんでるキセキを、その後ろの橙カレンブーケドールが交わすにはどうすればいいか。キセキの更に外は回せないし、キセキの内に入るくらいしか手がない。

ところが黄クロノジェネシスのほうが前にいるものだから、キセキの内はクロノに優先権がある。つくづくカレンブーケドールは外枠がマイナスだったと思う。枠順発表段階から外過ぎるとは書いてきたが、不安は現実となってしまった。

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向正面。桃キセキが黄クロノジェネシスを締めるように回っているのが分かる。

キセキとしては、ここでスローの中、内からクロノジェネシスが出てきたら更に外を回されてしまう。絶対に内に閉じ込めておきたいシーンだ。

そして橙カレンブーケドールも黄クロノジェネシスが簡単に外に出せないよう、キセキの後ろにピッタリとついていっている。

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緑アリストテレスの武さんは「狙ったポジションは取れました」と話していたのはこれだろうな。黄クロノジェネシスの真後ろ。さっき書いた、強い馬の後ろというゴールデンポジションだ。

ただスローで、前を走るクロノジェネシスが動かないと自分も動けないし、桃キセキが動かないとクロノジェネシスも動けない。

先ほど言ったようにキセキは跳びが大きい。跳びが大きい馬をコーナーで加速させたらより力が外に掛かってしまう。3コーナーまでの距離が短い内回りで、キセキとしてはなかなか攻めていきにくい。

そもそもレイパパレは前半書いたように、初めての2200mで番手で折り合いに専念してるから動いてくれない。レイパパレ川田にとって最強の相手はクロノジェネシスだったのは間違いないし、そのクロノが自分より後ろにいる時点で、スローペースを自分から目標になりにいく動きは避けたいよね。

●21年宝塚記念
12.3-11.2-11.6-12.4-12.5-12.4-12.3-11.5-11.5-11.5-11.7

その結果がこれさ。だいぶ前に説明したように、太字の2コーナーから向正面にかけての部分のペースが緩みに緩んでいる。

ユニコーンライオンとしては楽だよね。確かにレイパパレのプレッシャーは掛かっているが、番手の馬は折り合いに専念して動かず、3番手の馬は跳びが大きいからコーナー前で動いてこず、一番強い馬は締められて動けない。

様々な要因が重なってペースがまるで上がらない中、危機感をつのらせて勝負にいったジョッキーがいる。モズベッロの池添謙一だ。

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3コーナーの画像を見ると分かる。茶モズベッロが動き出して、橙カレンブーケドールを交わしにかかったんだ。

●21年宝塚記念
12.3-11.2-11.6-12.4-12.5-12.4-12.3-11.5-11.5-11.5-11.7

太字にした部分、この急に速くなっている部分が3コーナー。ちょうど下り坂が始まるタイミングで、全体的にペースが動く中、モズベッロが一気に動いていこうとしたんだよな。

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苦しくなるのはその内にいた橙カレンブーケドールだ。本来桃キセキが動いてくれれば、その後ろをついていける。

ところがキセキの跳びが大きいこと、若干外に張り気味だったことから、なかなか加速してくれない。外からは茶モズベッロがやってきた。

何もしなければモズベッロに締められてしまい、完全に後手に回ってしまう。試合終了だ。だからカレンブーケドールの戸崎は張って、モズベッロを止めないといけない

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ゴッリゴリよ。カレンブーケドールVSモズベッロの激しい競り合いは、今年の宝塚記念のハイライトだったかもしれない

牡馬の一線級が外からフタをしに来て、内から必死に抵抗するカレンブーケドールの姿には涙が出てくるね。偉い牝馬だ。

●21年宝塚記念
12.3-11.2-11.6-12.4-12.5-12.4-12.3-11.5-11.5-11.5-11.7

しかもカレンブーケドールにとって運が悪かったのは、例年と違って後半800m全部、1F11秒台だったこと。

宝塚記念でラスト800m、全て1F11秒台だったのは96年、マヤノトップガンが勝った年以来なんだ。25年ぶりと考えたら相当レアなことが分かってもらえると思う。

3コーナーから11秒台の速いラップが刻まれたら、物理的に内を回ったほうが有利だ。緩んだラップならまだしも、速いラップで内、外どちらを回ったほうがいいかは、ちょっと考えれば分かるはず。

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上位3頭が白線で囲んだ部分にいたのは偶然ではない。

確かにクロノジェネシスとレイパパレは力上位ではあるが、黒線で囲んだ部分を走っていた馬たちは、11秒台の速いラップが続くぺースを外で走っているわけだから、見た目以上に負荷が掛かっていると言っていい。

この状況でカレンブーケドール4着、キセキ5着と、勝ち馬から離されても大負けしてないのだからこの2頭はさすがに強い。

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外からまくりに行く馬がいる中で、非常に冷静だったが黄クロノジェネシスのルメールだ。外を回す馬たちがいてもルメールは動かず、まだ内目で我慢している。

4コーナーの時点で黒レイパパレの真後ろにクロノジェネシスがいるわけだが、ルメールは桃キセキの内が開くことをほぼ確信していたと思う。

思い出してくれ、今日のキセキの進路取りを。1、2コーナーでも若干外に張って内を開けていた馬だ。跳びも大きい。4コーナーから内を締め続けられるとは思えない。

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この黒レイパパレ、桃キセキの真ん中、桃丸で囲んだ部分だ。この時点ですでにキセキが外に張り気味。

キセキ福永の両腕を見て。右腕が伸び気味なのが分かるだろう。つまり右手で手綱を引っ張っている。キセキが外に張っているから、逆の方に引っ張って矯正しているわけだ。

後ろの黄クロノジェネシスはそれを冷静に見ている。怖いよ。絶対に桃丸のスペースが開くと確信して、待っているんだ

ここがルメールの強み。焦って強引に動いていいことはない。先が見えているから焦らない。手綱を通してクロノジェネシスにルメールの落ち着きが伝わっている。初コンビとは思えない。

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4コーナー出口。この時点で桃キセキの福永は右腕を引いている。つまりキセキが外に流れ気味。

黄クロノジェネシスのルメールは桃丸の、レイパパレとキセキの間のスペースに体をねじ込んでスペースを確保。

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そうするとこのように、進路が1頭半ほどしっかり開く。あとはもう伸びるだけ。この先どうなったかは今更書かなくてもいいだろうから省略させてもらうぞ。

クロノジェネシスはこの先凱旋門賞挑戦が予定されている。先ほど書いたようにヨーロッパは馬群が凝縮しやすい。

元々ヨーロッパは草原に柵を立てて競馬していた歴史がある。草原に競馬場を作れば当然風が強い。強風を直接受けないように、前に壁を作るのがセオリーとされる。馬群が固まるのはこのためで、外を回すことを嫌う調教師も多い。

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これは昨年の宝塚記念の向正面。桃クロノジェネシスは外を回っているんだ。有馬記念も外をまくり上げる形だった。

秋華賞を勝った時は周りを囲まれる競馬だったとはいえ、古馬一線級相手のレースは基本外を回す形。

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対して今年の宝塚記念の向正面。黄クロノジェネシスは囲まれる競馬になっている。

もちろん欧州競馬のほうがもっと馬群のプレッシャーが厳しいとはいえ、狭い隙間からこじ開ける、『欧州スタイル』の競馬で完勝したのは、秋の凱旋門賞に繋がると思う。

パリロンシャンはもっと起伏が激しいこと、急加速ラップが待っていることから超えるべき課題は多い。ドバイで体重が減ってしまったように、海外遠征をした際の馬体の維持も課題になる

それでもバゴを持っていくというのは期待感はあるよね。速いラップについていく脚もある。ぶっつけで臨むかはまだ未定だが、どこまでやれるのか楽しみ。

そんなに乗りやすい馬には見えないが、テン乗りでここまで乗りこなせるのはさすがルメール。


2着ユニコーンライオンは正直恵まれている。中盤12.5近いラップを連続で刻めて、なおかつプレッシャーもやや甘かったことは事実。ただ実力が足りないとは言わない。終盤11秒台4連発ラップでレイパパレを差し返しているからね。

力自体はある馬だったが、一時期集中力の問題でスランプ気味に。馬具変更、そして気性の成長でここまで伸びてきた。さすが矢作厩舎とも言うべき上昇だろう。鳴尾記念、宝塚記念共に中盤緩んでの好走だけに、今後、中盤が締まる秋の古馬GIへの対応が課題になる

3着レイパパレは、結論から言えば距離の問題だと思う。「チャレンジカップに比べたら、遥かに我慢しながら道中進んでくれていたので、良い雰囲気でレースを進めることができました」とレース後川田が話しているように、確かにチャレンジカップに比べたら落ち着きは段違いだった。

ただそのチャレンジカップで暴走気味になったことから、川田が初距離でより慎重に運んだとも言える。その慎重さがユニコーンライオンを残したとも言える。

大阪杯で消耗戦の流れを作って圧勝した馬が、宝塚でスローの番手を追走したら最後ユニコーンライオンに差し返されてしまうのだから、パフォーマンスは大幅に落ちたと言っていい。

これが2200ではなく、2000mだったら前走のような消耗戦逃げを打てた可能性が高いだけに、2200はこなせる程度、本質は2000以下にあるのだと思う。以前からマイラーっぽいところを見せているから、秋は凱旋門ではなく、もう少し短いところを使っていったほうが数字も内容も良くなるのではないかな。

ただ、今回2200でスロー逃げに付き合って折り合いに専念したのは先々に向けて繋がっていくと思う。道中我慢を覚えてより操縦性が良くなれば、より戦術に幅が広がっていくわけだからね。言い方はあれだが、いい勉強になったレースだと思うよ。


さて、問題はカレンブーケドールだ。ここまで書いた内容から分かるように、かなり厳しいレースになってしまった。

レース後、「位置取りはもう一列前でも良かったかなと思います。4コーナーは少し我慢したかったところですが、外から他馬が来ていたので、動かしていきました。あのペースですから、来られるのは仕方ありません。もう少し内枠が欲しかったですね」と戸崎は話している。

ネットを見る限り、騎乗ミスではないかという声が相次いでいた。結論から言うと、マスクはこれで騎乗ミスとするのは厳しいという意見だ。

●カレンブーケドールの今回の難点
天皇賞春から1000m短縮
一生懸命走る馬
クロノジェネシスより外枠

「スローなんだからもっと前に行け」という声もあった。そもそも今回1000mの距離短縮。大幅な距離短縮で行き脚がそこまでつかないのは仕方ない話だ。

だったら距離延長のほうが良かったかというとそうでもなくて、一生懸命走るタイプ、つまり道中ハミを噛んで力みやすい。距離短縮自体は合う。延長だともっとハミを噛んでしまっていたかもしれない。

当然過去に騎乗経験のある戸崎もカレンブーケドールのこの癖は分かっている。ゲートを出てから押してポジションを確保しにいけば、キセキより前に入れただろうが、スタートから押した分ハミを噛んで力をロスしていた可能性がある

スタート後軽く促す程度だったのは道中力むからだろうし、軽く促してもそんなに進んで行かなかったのは前走長距離を使ったからだろう。

結局「もう少し内枠が欲しかった」という戸崎のコメントが真理なんだ。外枠だからこそ外を回ることになり、モズベッロのまくりを止める係になってしまった。

内枠からワイプティアーズあたりのポジションで、レイパパレやクロノジェネシスを見ながら運べていたら、もう1つ、2つ上の着順になっていたと思う。

逆に言えば。器用に立ち回れて乗りやすそうに見えて、意外と乗り難しいのだ。2、3着が増えるのも分かる。今回のカレンブーケドールのデキはほぼ間違いなく過去イチ。俺も重視していたが、それでも、戸崎の騎乗は状況的に仕方ないと思えるものだ。

秋のGIロードのローテが難しい。アルゼンチン共和国杯あたりを使わない限り、ジャパンカップと有馬記念は距離延長になる。道中力んだ有馬を考えると、やはり本質は2200までの馬だと思う。エリザベス女王杯しか勝てるGIはないのではないかな。そして、枠の並び次第だと思う。

少なくとも今回の宝塚記念に関しては、苦しい展開でよく頑張った。モズベッロのまくりを止めて、そのまま沈めたあたりはさすがとも言える走り。敢闘賞が与えられる走りだった。


5着キセキも難しい。スタッフさんたちにはお世話になっているし、どこかでGIをもう一つ勝ってほしいのだが、宝塚はその願いを叶えられる可能性が高かったレースだった。

例年のようにペースが流れていれば、ここまで苦しいレースになっていなかっただろう。かといってもう外回りの東京のスピード勝負だと脚の使いどころが難しく、3着はあっても勝つには展開の助けが欲しい。

普通馬は加齢により筋肉が硬くなるものだが、7歳でこのレベルの柔らかさをキープしているのは正直驚異的。新たな奇跡を俺も見たいのだけどね。現状、年内のGIでこの馬を勝たせられるレースはないかな…

自分から動いて結果的に脚をなくし8着だったのがモズベッロ。ただあのペースで動かなかったら、結果切れ負けていた。池添の攻めの姿勢は、カレンブーケドールを重視していたマスクにとっては困るものでも、レースを面白くするという意味では評価されるべきだと思う。

この中間調教過程に狂いが生じるなど、うまくいかないところがあったのも事実。年末の有馬記念でまた頑張ってもらいたいね。4戦も使わなくていい、有馬が秋2、3戦目になるくらいでちょうどいいと思う。


カレンブーケドールにしても、キセキにしてもGIを勝つ力はある。そもそもキセキはもうGI馬。

ただ今回の回顧を読んで感じてもらえるかもしれないだろうが、GIはクロノジェネシスくらいの力がない限り、枠の並び、展開1つで結果が大きく変わってしまう

今回のカレンブーケドールがもっと内枠なら状況は違ったと思うが、隊列が一つ違えば外有利になっていた可能性もあるわけで、それは結果論。GIを獲るにはある程度の『』が必要なのだと思う。めぐり合わせは大事だ。

GI馬になることが、いかに難しいか。再認識させられるサマーグランプリだったと思う。


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