見出し画像

23年大阪杯を振り返る~光るレジェンドの経験と技術~

再来週から京都競馬が始まる

2020年11月から本格的に改修が始まって、もう2年半近く経つか。早いね。つい最近改修が始まった気がするよ。

おかげで関西圏のレースは大幅な条件変更がなされた。年間で5カ月近く開催していた京都を、中京、阪神で分担しなければいけないわけだから、これはもう相当な変更さ。

大阪杯も細かい条件変更が行われた。いやいや、前から阪神2000mだろと思われるかもしれないが、京都がない影響で、阪神開催は2月半ばの京都記念週から、5月頭の天皇賞週まで、3カ月近く競馬開催をやることになる

阪神というコースはA~Dコースまである東京、京都と違って、Aコース、そしてBコースの2パターンしかない。この2コースだけで3カ月開催を持たせるため、施行日程が変更されたんだ。

4月頭の阪神芝の設定
~2020年
毎日杯週 Aコース
大阪杯週 Bコース
桜花賞週 Bコース

2021年~
毎日杯週 Aコース
大阪杯週 Aコース
桜花賞週 Bコース

天皇賞まで芝を持たせるため、Aコースの施行がそれまでより1週間だけ延びてしまった。それまでは大阪杯週から切り換わることで、大阪杯は内有利になりやすかったんだけどね。

おかげで変更初年度の2021年、Bコース開幕週の桜花賞週は高速馬場になって、ソダシが1:31.1なんていうよく分からないタイムを出すことになる。京都の変更は既存の阪神の芝重賞、GIにも大きな影響を与えたんだ。

では、Aコースが1週延びて大阪杯週がA最終週になることにより、外差し馬場になるかというと、これがそう単純な話でもない。

4月1日 阪神芝のタイム
1:46.9 4R未勝利 1800
1:59.0 6R4歳上1勝 2000
1:07.9 10R2勝仲春 1200

9Rの2400mのアザレア賞は省いた。超スローだったからあまり参考にはならない。6Rのタイムがかなり速いのだ。1:59.0、サンライズエースの実力も確かなんだけど、1:59.0は速い。しかもラチ沿いを通った逃げ切り

●昨年の大阪杯週 阪神芝のタイム
・22年4月2日
1:47.3 4R未勝利 1800
1:08.4 10R2勝仲春 1200

・22年4月3日
1:59.2 9R2勝明石 2000
1:58.4 11R大阪杯 2000

昨年の大阪杯週日曜の2勝クラス明石特別で1:59.2だから、サンライズエースの1勝クラス1:59.0が速いことが分かるよね。このタイムを、『内ラチ沿いを通って』出したのだ。

仲春特別も昨年より0.5秒タイムが速く、メイショウソラフネの逃げ切り勝ちだった。サンライズだけが強かったわけではなく、全体的に昨年の同週より0.5秒ほど馬場が速いのだ。

そして、内ラチ沿いはそれだけいい。京都記念週から数えて開催8週目、コース変わりもしていないのにこれだけ内が走れる高速馬場を生み出せる馬場造園課が凄い。

しかも今年はジャックドールの鞍上が武さん。詳細は予想に書いたから省くが、仮にジャックドールがハナを切れば武さんは簡単に緩めない

ペースが緩まなければ当然追走力が求められるし、全体時計が速くなる分物理的にインと前が有利になりやすい

今年の大阪杯のポイントの一つに、そんな状況下で、外に入った人気の差し馬がどうやって上位に食い込むか、というものがあったのは間違いないだろう。

これらのことを頭に入れながら、大阪杯を見ていきたい。


今年の大阪杯を振り返る上で、まず最初に見なければいけないのは、やはりペースだろう。

前述したように『仮にジャックドールがハナを切れば武さんは簡単に緩めない』とは書いたが、予想以上のラップを作り出してきた。

●23年大阪杯
12.4-10.9-12.2-12.0-11.4-11.7-11.5-11.4-11.4-12.5

注目したいのは序盤12.2-12.0と少しだけ息を入れた後、残り1200mからの5F。この内4Fは11.4~11.5。精密機械のごとく同じラップを刻み続けている

想像してみてほしい。勝負どころで1F11.5前後のラップを刻まれた場合、この馬を交わしに行くには1F11秒前半の脚を使い続けなければいけない。

馬は全速力で走れる区間がそこまで長くない。残り1000m全部11秒前半で走るのは難しい話で、中盤からこのラップを刻まれると後続はどうやっても動けない。

もちろんジャックドールが武さんのこの逃げ方に対応できるという側面はある

ジャックドールの逃げ

・6走前 白富士S(藤岡佑 1着)
12.8-11.3-11.8-11.8-11.7-11.8-11.5-10.9-11.4-12.4

・5走前 金鯱賞(藤岡佑 1着)
12.5-11.0-12.2-11.9-11.7-11.7-11.6-11.0-11.3-12.3

予想にも載せたものだが、ジャックドールは序盤3F目あたりで少し息を入れて、そこから11秒台を連発する逃げを打ってくる。道中締めて後ろを削っている分、ラスト1Fで1秒失速しても、後ろは交わす脚が残っていない、もしくは交わせるところにいない。

藤岡が乗っている頃もこのように中盤削るような逃げを打っているんだが、よく見ると中盤の1Fは11.7~11.8

コースが違うだけに一概に比較できない部分はあるが、前述した大阪杯ラップは1F11.4~11.5。少し武さんのほうが攻めたラップなのが分かる。


一番比較できるのは大阪杯だろう。

ここ2年の大阪杯 (共に逃げジャックドール)
・22年 藤岡佑介騎乗
12.3-10.3-12.0-12.2-12.0-12.1-11.7-11.5-11.8-12.5
前半600m 34.6
前半1000m 58.8

・23年 武豊騎乗
12.4-10.9-12.2-12.0-11.4-11.7-11.5-11.4-11.4-12.5
前半600m 35.5
前半1000m 58.9

前半600mで比較すると昨年のほうが0.9秒速い。しかし1000m通過はほぼ一緒。道中12秒前後が続いた昨年に比べて、今年は道中11.4~11.5とペースが締まっているのが分かる。

もちろんテンに関しては他馬の動向などもあるが、今年の中盤の締めは武さんの意図的な作戦。

1着ジャックドール 武豊騎手「今日の馬場状態なら(1000m)59秒くらいで入りたかった」と言って、1000m通過タイムが58.9

エグい。この一言に尽きる。

正直今回の大阪杯の回顧は、「武さんエグ過ぎ」の7文字だけでいいのではないかと、マスクはこの文章を書きながら真剣に思っている。

このペースを頭に入れた上で、ここからはパトロールを見ていこう。

大阪杯出走馬
白 ①ジェラルディーナ 岩田望
水 ②マリアエレーナ 浜中
黒 ④ノースブリッジ 岩田康
赤 ⑥ヴェルトライゼンデ 川田
青 ⑦マテンロウレオ 横山典
黄 ⑨ジャックドール 武豊
紫 ⑩ポタジェ 坂井
緑 ⑪スターズオンアース ルメール
灰 ⑫キラーアビリティ 団野
桃 ⑬ダノンザキッド 北村友
橙 ⑭ヒシイグアス 松山

まず取り上げたいのはスタートだ。黄ジャックドールが好スタートを決めている。ロケットスタートというほどではないが、五分以上の出。これが大きい。

前走の香港カップで武さんが初めて乗った際、内枠から少しアオリ気味に出てしまって勢いがつかず、他馬に前に入られ差す形になってしまった。

レース後武さんが「良いスタートが切れれば先手を取りたいと思っていました」と話しているように、武さんのレース前のポイントはこのゲートだっただろう。スタートに全集中だったと思う。

これは昨年の大阪杯。黒ジャックドールはゲート自体は出たんだけれど、その後脚が揃うような走りになってしまって、行き脚が微妙につかなかったんだ。

これは文章や画像で見るより、映像で見てくれると分かる。そのため青ウインマリリンに少し被され気味になってしまうところがあった。

今年はスタートを五分以上に出ると、そこから脚が揃うようなこともなく加速が実にスムーズ。

昨年の大阪杯とのラップ比較ツイートを出した際に、昨年は序盤から絡まれたからというお便りをいただいたのだが、そもそもこのスタートからテン1Fのスピードの乗せ方が上手いのだ。

画像は10秒地点だから200m手前のところ。外から被されていない。武さんは2度目の騎乗で完璧に修正して、ポジション面でアドバンテージを得ている

他馬のスタートも見てみよう。ちょっと誤算があったのは緑スターズオンアース。元々すごく出がいいというタイプでもないが、少し出負け気味のスタートになってしまった。

そこに内から紫ポタジェが突撃してきて、灰キラーアビリティも内に行くような形になり、若干挟まれてしまったんだよな。もちろんこれが最大の敗因とは言わんが、道中の列を1つ、2つ下げてしまう要因になった。

1コーナー前。ここでの見どころは青マテンロウレオのポジショニングだ。

レース前のノリさんの思考としては、『ジャックドールがハナ、狙いはその後ろ』だったと思う。何度も回顧に書いているように、武さんの後ろはべスポジ。

しかも今の阪神は内ラチ沿いを立ち回れる。ノリさんはよくインの好位を取りに行くが、この馬場、予想隊列で狙いに行かない理由がない。

で、青マテンロウレオのノリさんは少し出しながらインの好位に入るんだけど、早めにイン前に入ったのはノリさんの、武さんに対する信頼もある

若手やそこまで経験のないジョッキーだと、逃げ馬を早めにラチ沿いにつけることが多い。でも武さんはコースによるが、1コーナーに入るまで、内ラチ沿いを1頭ちょっと分開けて逃げる

セーフティゾーンを作る意味合いもあるが、このやり方のほうがよりスピードをキープしながら1コーナーに入れる側面がある。

豊ならそうすると見たか、ノリさんが早めにラチ沿いに入った。「豊なら過度に内ラチ沿いを締めることはない」という長年積み重ねた信頼だよね。真後ろに入るプランといい、この50代2人はお互いのことを好き過ぎる

もう1点見ておきたいのは赤ヴェルトライゼンデの動きだ。今週末の阪神は前述したようにインが使える馬場だった。実際大阪杯もジャックドールが速い時計で逃げ切っている。

こんな内伸び馬場なら川田はもっとインを使ってきそうなものだが、ラチ沿いに入れず、外目が進出するのを待っているんだよね。

この馬、父ドリームジャーニーがピッチ走法だったのに対して、そこまでピッチでもない。内で溜める競馬もできるが、内回りの内で脚を溜める形は合わないという判断だったんだろうね。

この判断は間違いではなかったと思うんだよね。

青マテンロウレオが内の3番手を取ったことで、黒ノースブリッジが1列ポジションを下げる。するとその後ろにいた水マリアエレーナ、白ジェラルディーナもそれぞれ1列ずつポジションを落としていく。

仮に最初からラチ沿いを狙っていたら、この動きに巻き込まれてよりポジションを悪くしていたかもしれない。まー、内が有利なのはみんな知っていた分、こだわる馬も多かった。

水マリアエレーナなんかはスタートも結構良かったし、テンでそこまで遅れたわけではない。

本来であれば黒ノースブリッジより前で運べて良かったと思うが、浜中がレース後「内枠だったのでポジションを取ろうと思いましたが、馬場は良いのですが少しボコボコするところがあり、小柄なこの馬としてはスタートして2,3完歩でスピードに乗り切れませんでした」と言うように、テンの行き脚がイマイチだった。

今日428kg。愛知杯でも行き脚が鈍ってしまっていたあたり、この馬の弱点が出てしまった。条件戦なら問題にならないが、舞台はGI。ほんの一つのミスも許されない舞台では些細な弱点が後々響いてしまう

ジェラルディーナは厳しくなった。マリアが行けなくなったことでノースブリッジに前に入られ、自然とジェラルディーナのポジションも1列後ろになってしまったわけで。

実際レース後、望来が「もう一つ二つ前のポジションが欲しかったです」と話している。でしょうね。

正直なところ、1コーナーまでで勝負の半分ほどは決まっていたと思われる。ここまで約5000字を費やしたように、1コーナーまでの動き、ポジショニングの差が勝負を分けた。

ジャックドールはもちろん昨年は落鉄などの影響もあったが、今年は課題のスタート、そしてその後のダッシュも完璧で、1コーナーへの入り方の過程が違い過ぎた

しかも外からやってきたのはソラ使うからなるべく逃げずに前に目標を置きたいノースザワールド。隊列としてはかなりいい。

この時点で勝ったとは言わないまでも、勝率は前年の遥かに上だったと考えられる。それくらい掛かっている負荷が違う

そして、ここから前世は時計・武豊先生の魔術みたいなラップ刻みが始まるのだ。

●23年大阪杯
12.4-10.9-12.2-12.0-11.4-11.7-11.5-11.4-11.4-12.5

高低差と共にラップを見たい。一番速い区間になったのは残り1800m→残り1600mの10.9。ゴール板の少し前から1コーナー半ばまでだね。

阪神の内回りは何度か予想に書いているように、直線の急坂以外は平坦と下り坂。道中上り坂がない分、淡々としたコースが刻まれやすいコースとも言える。

武さんが12.2-12.0と一瞬だけ息を入れたのは残り1600m→残り1200m地点。つまり1コーナーから向正面入ってちょっとのところ。

お気づきだろうか、残り1200m地点を過ぎると下り坂が始まるコースで、残り1200mから11秒台が5連発になっていることに。

上り坂で11秒台連発することはないだろうが、ペースアップは走りやすい下り坂に入ってからなんだよね。ペースを上げるタイミングよ…

一応この向正面でのポジショニングを確認しておこう。

黄ジャックドールの真後ろに青マテンロウレオ。この時点でマテンロウがべスポジ。

外に目を移すと、橙ヒシイグアスの真後ろに赤ヴェルトライゼンデ川田。その後ろに緑スターズオンアース。

上位人気馬や上手い人が、それぞれ、同じく上位人気馬や上手い人の真後ろに入るという状況が出来上がっている

中団外の馬たちは難しい。前を捕まえに行こうにも、この時点でもう1F11秒半ばのラップが始まっている。

12.4-10.9-12.2-12.0-11.4-11.7-11.5-11.4-11.4-12.5

ラップ的には、太字にしたこのあたり。向正面で前を捕まえるには1F11秒前半のラップが求められるし、残り1000mもあるのに、いくらなんでも動くのが早すぎる。

完全に後ろの動きを武さんがコントロールしていると言っていいだろう。武豊、なんて恐ろしいコ。

橙ヒシイグアスとしては桃ダノンザキッドのポジションが理想だったかもしれないね。内が持っている中、道中11秒台が刻まれるペースを外で回り続けるのはしんどい

せめてもう1列内、ダノンか、その後ろの紫ポタジェのポジションのあたりで競馬したかったのではないかな。

ところがダノンのテンが思ったより速かった。これ、原因は中山記念にある気がするんだよな。

というのもダノンザキッドは中山記念で最内枠から暴れてしまい、枠内駐立不良ということで出走停止、ゲート再審査を申し渡されてしまった

おかげでドバイも出走不可になってしまって大阪杯に参戦することになったんだけど、今考えればこれはプラスだったかもしれないな。

出走停止→ゲート再審査となれば、相当数のゲート練習が必要になる。受からないとレースに出走できないから、念入りにね。

その効果でむしろ今回ゲートを上手く出て、前に行けたのではという気がしてならないんだ。

基本再審査を食らった場合、再審査は『次走に騎乗予定の騎手』を乗せてやることになっている。つまりこの場合は和生だ。

レース後和生が「ゲートはコンタクトを取らせてもらって、練習よりも良かったです」と話しているように、ゲート練習を一緒に受けた効果がかなり大きかったのではないかな。

もし中山記念で暴れず普通にゲートを出ていたとすると、今回ここまでしっかりゲートを切れていたかは分からない。ケガの功名というかなんというか…

もう一つ、ダノンザキッドの好走要因に、『馬群が思ったより固まっていた』ことも挙げられるのではないかな。

これは大阪杯の3コーナーなんだけど、馬群がだいぶ詰まっているのが分かる。思い出してみてくれ、このレース、道中のラップは向正面からずっと11秒台だったよね。

そんな速いラップなのに、後ろがみんなくっついてきているんだよ。序盤がそこまで速くなかったことなど理由は様々あるだろうが、みんなついてきたことで、後ろの馬たちも脚を削られる状況が生まれる

すると相対的に前が残りやすい状況が生まれる。もちろん道中11秒台連発ラップをついていって残すのは実力がないとできない芸当だが、ダノンザキッドを残したのも武さんのこのラップメイクが大きな要因だった可能性はある。

4コーナー。だいぶ端折ったなコイツと思われるかもしれないが、基本的に今回の大阪杯の見どころは1コーナーに多い。ラップ中心になる以上仕方ないところだ。実はここまでもう7000字書いているから、決して量が少ないわけでもない。

パトロールの振り返りが足りないのもどうかと思うから、4コーナーで差し馬たちの思考も少しだけ見ていこう。

赤ヴェルトライゼンデの進路だ。川田は道中、橙ヒシイグアスの後ろにつけていた。ヒシは宝塚記念2着などがある強豪で、この馬の後ろに入るというやり方は間違いではなかったと思う。

ただ、川田としては、ヒシにもっと早く動いてほしかったのではないかな。それこそ例に出していいか分からないし、そういう状況、ラップではなかったが、外から早めにヒシが上がれば、その真後ろからついていくことができる。

ところがヒシイグアスは、レースを見ると分かるんだけど、手ごたえが悪くなるのがちょっと早い。11秒台続きのロンスパで外回ればそりゃ不利ではあるんだけど。

橙ヒシイグアスの手ごたえが悪い以上、赤ヴェルトライゼンデ川田はその外から交わしていくしかない。ヒシの松山もちゃんと内を締めていたからね。川田の選択肢はこれしかない。

その動きを真後ろでじっと見ているのが緑スターズオンアースのルメールだ。

ゲートこそアクシデントがあって1、2列ほど後ろになってしまったが、その後のルメールが実に冷静。焦りがない。

●23年大阪杯
12.4-10.9-12.2-12.0-11.4-11.7-11.5-11.4-11.4-12.5

3、4コーナーはこの太字にした部分、残り800m→残り400m付近にあたるが、この部分で早めに動いて前を捕まえにいくと、11秒台前半どころか1F10秒台に入るような脚を使っていかないといけない

すると最後止まる。差し馬にとって3、4コーナーは『我慢するところ』なんだけど、当然前とは差があるわけで、心理的には差を詰めておきたい。我慢するってこちらの想像以上に難しい。

本当にどうなってるんだろうねこの人。とても相席食堂でトラクターに左ムチ叩いてた人と同一人物とは思えない

直線入口に入っても、緑スターズオンアースは外に出さず、馬群の中で前が空くのを待っている。

赤ヴェルトライゼンデ川田、橙ヒシイグアス松山共に腕のあるジョッキーだからちゃんと内を締めているから簡単には開かないのだが、逆に言えば『腕のあるジョッキーだからこそフラフラしない』。

ルメールは少しずつギアを入れながら、開いたらいつでもスピードを上げられるように待っているんだよな。

これが難しい。車と違ってアクセル踏んだらいきなりスピード全開なんてことはないから、前との差を詰めつつ、少しずつスピードを調整している。

ちょっと怖くなる冷静さだよ、これ。

待っていればどこかで前が空くもので、赤ヴェルトライゼンデ川田が右ムチ叩いて少し外に、橙ヒシイグアスが少し内に行ったことで開いた1頭少しのスペースを逃さず突いてきた。

武さんの冷静なペースメイクに目が行くが、ルメールの冷静な捌きも今年の大阪杯の見どころの1つと言っていいだろう。

逆に内はもったいなかった。黒ノースブリッジの手ごたえが良くなかったことで、その後ろの水マリアエレーナも進路に困っている状況。

更に後ろにいた白ジェラルディーナもマリアと共に4コーナー前から後手に回っていた。内がいい状況だったにも拘わらず、内目の馬たちはみんな仲良く一緒に後手に回る…隊列って難しい。


5着マリアエレーナに関しては浜中の言うように、行き脚が少し鈍くなって前に入られたのが敗因の一つだと思うが、こういう時に小柄という点がネックになってくるね。

しかも昨年の大阪杯はレイパパレが55kgで出られているように、大阪杯の斤量設定は牡馬57kg、牝馬55kgだった。対して今年は牝馬でも56を背負わないといけない。小柄な牝馬により厳しい設定になったことも多少影響はしていそう。

完全な良馬場の高速馬場なら斤量次第でもっとやれるんだろうが、今後使いそうなGIで綺麗な馬場のGIとなると国内には見当たらない状況。GIとなると狙える舞台は少ないか。

6着ジェラルディーナは条件戦を使っていた頃より出脚が鈍くなっていることを考えると、GIの高速決着で2000m以下は少々家賃が高くなっているかな。2200m以上でまた狙いたい

それこそ道悪ができるだけに、梅雨時の宝塚は見直し。京都の2200はまたちょっと適性が変わること、内伸びになることからエリザベス女王杯は条件次第。

今回は中間皮膚病が長引いたり、調整ペースが遅くなったりでMAXに引き上げられなかったことも多少は影響した感じで、条件一つで見直せそう。

同じく内目を回って8着だったノースブリッジは、ヤスナリがレース後「完璧に折り合いもついていました。GIIとGIの壁なのか....」と話していたが、GIだともう1列前で運ばないと足りないのかもしれないね。

ちょっと今回ギリギリ間に合ったところはある。かといって順調に仕上げられていても、今日の内容だと逆転があったとも思いづらい。ヤスナリの言うようにもう1つ進化しないといけないのかも…

放牧自体しない馬だから、長距離輸送は久々だった。試しに滞在になる札幌記念を使ってみてほしい

これら3頭に内を通って先着したのが4着のマテンロウレオ。武さんを信頼しきった完璧なポジショニング。

レース後、「負けただけだね。最高の競馬だった」と令和の日本競馬に残る名言を残したが、本当にその通りで、最高の競馬だった。これ以上がなかったと思う。

逆に言えばこれ以上ない完璧な騎乗をして4、GIだとまだ家賃が高い。アンドロメダにしろ立ち回りが上手い馬。ローカルの小回り重賞や内回り重賞で内目の枠引いたらまた出番がありそう。函館記念とか、見たいね。


7着ヒシイグアスは難しいね。11秒台が続く流れを外で受けて、展開的にも苦しかった。これでもう少し外伸びだったらいいんだけど、8週間も開催してるのにまだ内がいい今の阪神では…

夏の暑さに弱いから、昨年2着だったとはいえ宝塚で全力買いするのも怖い。慢性的な右トモの不安で状態MAXに上げることもできないのもネック。今回かなり上手いこと仕上がったけど、毎回このレベルに上がってくるとは限らない。

暮れの香港という手もあるが、香港の獣医審査が厳しくなってからまだ香港遠征をやっていない。止められないことを祈ろう。

9着ヴェルトライゼンデはデキ自体は良かった。今日に関しては外に行くしかなかった感じもあるし仕方ないかな。

ただ今日のレースを見ていても、左回りのほうがより安心して買える感じはある。当分左回りでハンデ以外の重賞がないのがなあ…天皇賞秋は馬場次第だろうし、またジャパンCの内枠でも待ちましょうか。

中間アクシデントがあって追い切り飛ばした11着ラーグルフ、外外回された13着キラーアビリティは仕切り直しだね。仕上がればもっと走れる能力がある馬たち。


ペースを考えれば、3着ダノンザキッドは相当頑張っている。ゲート試験がむしろプラスになったとはいえね。前走とはまるで別馬。中山が本当に駄目なんだろうな。

俺もダノンザキッドみたいにトラウマあるから中山勤務全部パスしたい。東京にもトラウマあるって言って、東京勤務も全部パスしたい。

真面目な話をすれば、一時期よりいい意味でズブくなってきて距離が持つようになった。若い頃2000mホープフルSを勝っているとはいえ。2200は長いとして、今なら1800以上のほうが買いやすいかもしれない。

逆に言えば1分31秒台の高速決着になった安田記念は、今のダノンだと逆に不安がある。条件次第になってきそう。京都のマイルは合いそうなんだけどね。楽しみにしているのは11月半ばの京都。


2着スターズオンアースは調教中から少し太いかと見ていたが、輸送しても4kgほど余裕が残っていた。それでもこれだけ走れてしまうようにポテンシャルが高い。東京2400でも勝てて、阪神2000の1分57秒台前半の勝負にも対応できる、単純に能力が高い

ちょっと太い以外は不安のない状態だったんだけど、この中間の追い切りでも実に綺麗に加速する馬。成長して馬が更に良くなっている。ヴィクトリアマイルはたまに短距離質なレースになるから何とも言い難いが、ぜひ、今年はジャパンCに出てきてほしい。楽しみなんだよね。


最後に1着ジャックドールの話をしよう。この馬、昨年大阪杯で負けた後に札幌記念に直行して、3番手に控えて勝っただろう。

札幌記念を使う前から「今回は控えて競馬する」と陣営も言っていたのだが、これは昨年の大阪杯の競馬も理由の一つ。

昨年の大阪杯でスタート後のダッシュが甘く、ハナを切るのに少し手間取り、最後捕まってしまった。

落鉄があったにしろ、この路線にはパンサラッサもいた。あのダッシュでパンサラッサのハナを叩けることはなく、天皇賞に向けて控える競馬を試すのはある意味当然の話だったと思う。

実際上手いこと札幌記念は勝ったんだけど、何度か書いているように札幌記念の数字はやや低調。それこそ金鯱賞などで逃げ切った時の数字を考えると明らかに物足りないレベルのもの。念のため書いておくが、これは走破時計とか、そういう数字ではない。

天皇賞は離れた4番手から上がり33.5を使い4着。追い切り飛んだり身体面のトラブルもあったから仕方ない面はあるとはいえ、控え始めてから以前ほどの怖さは正直なかった

天皇賞の回顧にも「控えたジャックドールに怖さがない逃げて後ろを潰すような乗り方をしていた時のジャックドールのほうが怖かった」と書いている。

それが武さんにスイッチするという予想外のやり方に出て、状況がだいぶ変わった。香港こそゲートで出られず行けなかったが、今回は対処法を発見したのか、昨年の大阪杯とは比べられないくらい出、そしてダッシュが良かった

ハナを切って自分の形を作ると違うね。序盤少しだけ息を入れて、早めにペースを締めて後ろを封じる、久々に見るジャックドールの形。昨年の金鯱賞以来の『ジャックドール逃げ』だった。

逆に言ってしまえば、この形を作れない時がどうか、という問題はまだ残る。武さんだったら2、3番手でも早めに隊列動かす競馬をする可能性はあるが、持ち味が生きるのはやはりハナを切って早めに締めていき、残り200mまでに競馬を終わらせる、ロベルトの良さを生かす形

今後はどこでパンサラッサとバッティングするか。パンサは秋まで使わないようだし、そもそも海外も視野に入れているから当たらないかもしれないが、以前回顧に書いたように、ジャックドール逃げは前半3F目付近で軽く息を入れて成立するもの。パンサラッサが目の上のたんこぶになる。

ポジティブに考えると、今回右回りで逃げ切っているのだが、本質的にジャックドールは左回りのほうがいい。右回りで馬場を考慮してもこのラップで逃げ切れた点は評価すべきだろう。先々週まで仕上がりが遅れていた馬とは思えん。

一戦一戦走り切る燃焼型で、今後のローテも難しくなりそうではある。宝塚は右回りで開催4週目、過度な内有利がない状況の中、タイトルホルダーがいるとなると簡単なレースにはならないだろう。

海外の左回りで見たいんだけどね…滞在にもなるし、時計が出るアメリカなんていいと思うんだけど、ブリーダーズカップに芝2000mは存在しないし…

左回り2040mのコックスプレートはムーニーヴァレー開催になる。今日本馬がほぼほぼ使えない条件だから、州の方針が変わらない限り使えない。

仮に天皇賞秋を使うなら、パンサラッサなどがいない条件であってほしいね。序盤にコーナーがあって息を入れやすい東京2000mは、外枠でもない限り合うと思う。秋の天皇賞を楽しみにしようかな。


しかし、改めて武豊というジョッキーの怖さを知るレースでもあった

確かに、状況的に昨年の大阪杯のジャックドールは難しかった部分がある。一戦一戦走り切るタイプの馬が金鯱賞~大阪杯と使ってきたこと、落鉄したこと、枠の並びなどがそう。

ただ今回の場合、ゲートの出し方、そこからのスピードの乗せ方が昨年より断然速い。ここでアドバンテージを得ることで1、2コーナーで少し息を入れて、そこからペースを藤岡時代より1F0.3~0.5秒前後上げて攻める形の競馬に持っていった。

何より凄いのは、これを意図的にやっていること。「今日の馬場状態なら(1000m)59秒くらいで入りたかった」と言って、1000m通過タイム58.9はさすがにエグい。ちなみにこのインタビューの時点でジョッキーはラップを知らない。後付けではない。

知ってるんだよな、あの人は。1000m59秒で通過して、ペースをギリギリまで上げれば後ろを封じられることを。それくらい馬場の状況、時計を正確に把握している。

予想にも書いたように、武さんは逃げる時に一度軽く緩め息を入れた後、ペースを一定にして逃げることが多い。今回でいえば1F11.5前後

これより速いペースで後ろが早めに上がっていったら、1F11秒前半を使うことになり最後止まる。逆に後ろが動かなければ、ジャックドールは一度息を入れている分最後まで持ってしまう。

後ろのジョッキー心理がよく考えられた逃げだよ、本当に。競馬が心理戦であることをラップで証明してしまっている。

もちろんこの武さんの逃げ方は、能力が足りない馬ではペースに対応できないから下がってしまう。あと古馬のほうが嵌まりやすい。

いわゆる肉を切らせて骨を断つタイプのペースだからね。いや、骨を切らせて肉をだったか、まー、どっちでもいいや。体力面、そして能力面が揃っていないと、武さんの思考に馬がついてこられないし、そもそも武さんも試してこない。

これだけ道中正確なラップ刻める人がスタートを出す技術まで超一流となれば、そりゃ37年目でも一線にいるわ。先々月まではゲートの達人福永がいたものの、もう引退してしまって武さん級のゲートの技術がある人がいなくなってしまった。

誰もが武さんの後ろを争うほど安定している技術に、37年間で培った経験が上乗せされたことで生み出されたのが今回の大阪杯のラップだったと思う

ジャックドールの母父はブリーダーズCジュヴェナイルを勝ったアンブライドルズソング。その父でケンタッキーダービーなどを勝っているアンブライドルドには、武さんが20歳の時に調教で騎乗経験がある。

若い頃から世界中で名馬の背中を知り、数多くの修羅場をくぐってきたからこそ、馬の力量を正確に把握し、ビッグレースでその馬の出せるギリギリのラップを刻めるのだと思う。

いい逃げを見せてもらった。できることなら、来年も、再来年も、いつまでもこのような綺麗なラップの逃げが見たい。

そして若手からこのレベルの数字を刻めるジョッキーが現れることを心の底から願っている

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?