オールカマーを振り返る~名手の誤算とホープに訪れた幸運~
失敗は成功の基とはよく言ったものだ。
成功しかない人間はいないのだ。人間すべからく失敗を繰り返し、その失敗に学び、成功体験を得る。
ジョッキーなんて大変な職業だと思うよ。時速60kmで走る馬上で、先を読みながら判断し、捌いていかなければならない。
1つのミスが着順に影響する競技さ。少しでも人気を背負って負けてしまえば叩かれる。これがよく見た上で言われることならまだしも、明らかに仕方ない負け方をしているのに叩かれている姿を見ると、ジョッキーは辛い仕事だと思う。実際のところ俺もミス騎乗だと思った時は普通に言うんだけどね(笑)
今週月曜のセントライト記念で、1番人気を背負ったタイトルホルダーが思い切り詰まってしまって負けた。騎乗した若武者、横山武史は方々で叩かれていた。
回顧にも書いたように、正直あれは仕方ないと思う騎乗だったのだが、見栄えが悪い騎乗だったことに変わりはないからね。実際武史も相当悔しがっていた。
そんな武史が今週、同じ中山2200m重賞のオールカマーで騎乗したのがウインマリリンさ。当たった枠は最内。
先週悔しい思いをした武史が、GI馬相手に2200mでどう運んでくるのか、マスクがレース前に楽しみにしていた点の1つなんだよ。
●オールカマー 出走馬
白 ①ウインマリリン 横山武
黒 ②ウインキートス 丹内
赤 ⑥ランブリングアレー 戸崎
水 ⑪グローリーヴェイズ デムーロ
緑 ⑫レイパパレ 川田
橙 ⑭アールスター 長岡
桃 ⑮ロザムール 三浦
黄 ⑯ステイフーリッシュ 横山和
スタート後。白ウインマリリンが押して先行しにいった。ここにまず、武史の心情を読み取ったよ。
先週のセントライト記念で人気の先行馬、タイトルホルダーに騎乗した武史。最初のうちは外の2番手を確保していい形だったものの、緩むところで外から次々に馬が来たことで、どんどん位置取りを悪くしてしまった。
これが先週のセントライト記念。スタート後外の2番手にいた黄タイトルホルダーが、向正面では橙ルペルカーリア、桃グラティアスに囲まれてしまっている。
これはもう先週のセントライト記念回顧に書いたから省くが、やはり武史としては今週、同じ轍を踏みたくない。
『いかに包まれないか』『いかに自分の進路を残すか』がオールカマーにおいて、武史の騎乗テーマだったのは間違いない。
しかも引いた枠は最内さ。一番包まれる可能性の高い枠順だ。だからこそ武史はスタートから押していって、自分でポジションを取りに行ったわけ。
これがジワっと先行させる形だと、位置取りが1つ後ろになった可能性がある。1頭分後ろの位置取りになれば、包まれる可能性もその分上がってしまう。
押して出していった白ウインマリリンの武史は、その最中に外を見ている。これは緑レイパパレと桃ロザムールの位置確認だろう。
わざわざ確認したのは『前に壁を作りたかったから』に他ならない。ウインマリリンは器用に立ち回れる馬なんだが、道中前に何もないと引っかかるところがある馬。
押して先行したはいいものの、仮にロザムールが行かなければ、自分がハナとなってしまって前に壁を作れず掛かってしまう恐れがある。
これはウインマリリンが勝った今年の日経賞の道中。逃げたジャコマルの真後ろ、インの3番手に水ウインマリリンがいる。武史はレース後のインタビューで「日経賞のような競馬をイメージしていた」と話しているが、理想はこの形。
逃げ馬を行かせて、その真後ろで脚を溜める競馬。これがウインマリリンのベストな戦法。この作戦は今回、ロザムールが行かないと成立しない。
くしくもこの日経賞でも水ウインマリリンの後ろに青ウインキートスがいる。この『京成電鉄ウインウインライン中山線』は、今回もキートスに騎乗した丹内のやりたかったことだと思うよ。
オールカマーに戻ろう。これは1周目の直線。
白ウインマリリンはウマいこと桃ロザムールを行かせて、その真後ろのインの3番手を確保した。これはもう武史のイメージ通りだったはず。理想的な形だよね。
その後ろには黒ウインキートス。丹内も『先行したウインマリリンの後ろ』というポジションを狙っていただろうから、1周目の直線でウイン2頭はやりたいことがやれていたんだ。
問題は緑レイパパレの川田だ。
川田の内側、緑の○で囲んだ部分を見てほしい。川田が少し内を開けて回っているのだ。
それこそ昨年のチャレンジカップなどを見れば分かるが、レイパパレは道中の折り合いが怪しい部分がある。スムーズに運べればまた話は変わるが、外から削られたりすると引っかかってしまう可能性がある。
しかも今回は宝塚記念に続いて2200m。若干距離が長い面は宝塚でも見せていたから、川田としては慎重に運びたい。ロザムールが逃げることは川田も想定していただろうから、ロザムールを行かせて、その2番手を折り合いながら追走するプランだったのは、挙動から見て間違いない。
だからこそあえて内を開けていた。開けることで外から押し込まれて掛かるリスクを減らそうとしている。
ところがここで川田にとって『誤算』が生まれた。橙アールスター長岡が外から2番手を取りに行ったんだよ。
アールスターがこんな競馬に出るなんて、俺たちも想像できないし、もちろん川田も想像していなかったはず。長岡がハナまで行きたかったのか、外の2番手を取りに行ったのかは分からないが、外の2番手でリズムを刻みたい川田にとっては誤算だよ。
橙アールスターが行こうとするところを、緑レイパパレ川田がブロックしている。ここで脚を使うことで、レイパパレが行きたがってしまう状況が生まれた。
●21年オールカマー
12.6-11.1-12.4-12.2-12.4-12.1-12.0-11.8-11.5-11.7-12.1
この太字の部分が1コーナー付近にあたるが、24.6はここ5年のオールカマーの同区間で2番目のタイム。もう少しゆっくりと入りたかったというのが川田の感覚だと思う。
と、ここまで誤算があったレイパパレに対して、内の『京成電鉄ウインウインライン中山線』は順調に運転していた。
ここまで不利なし、白ウインマリリンも黒ウインキートスも、コース変わりで状態のいいラチ沿いを楽に追走できている。
ただちょっとペースが遅かったんだよな。
●21年セントライト記念
12.3-11.8-12.2-12.2-12.0-12.2-12.2-12.0-11.5-11.7-12.2
●21年オールカマー
12.6-11.1-12.4-12.2-12.4-12.1-12.0-11.8-11.5-11.7-12.1
太字は1コーナーから向正面。セントライト記念は36.4に対して、オールカマーは36.7だった。通常古馬のレースのほうがペースは速いもの。古馬の2200mで36.7はややスローと言っていい。
その影響もあってウインキートスが若干掛かってたんだよな。仮にここで折り合いがスムーズだったとして、キートスがマリリンに先着したとは思わないが、前目の馬の息が入ったことで後ろは苦しくなったのは間違いない。
向正面でも白ウインマリリンと黒ウインキートスの京成電鉄ウインウインライン中山線は絶賛運転中だ。
しかも中盤が緩んだから、後半はその分上がりが速くなる。内目のいい馬場で上がりが速くなると外を回す馬は余計に辛くなる。
この時点で租界のタイムラインに「内内な隊列」と書いたのだが、それはここでペースがちょっと遅いと見たから。実際内にいた2頭がワンツーすることになる。この向正面の時点で勝負は7割方決まったようなものだったんだよ。
その7割方決まったレースを潰しに行った男がいる。そう、M.デムーロだ。
デムーロは中山の中長距離でスローになると、ヴィクトワールピサで勝った有馬記念のように早めに動いていくことが多い。
まー、内有利馬場で、ややスロー。内前決着が濃厚の中、動かずに外目の後方を回っていては勝負にならない。水グローリーヴェイズが動いたのは、勝ちにいく手としては非常に妥当なところだったと思うね。動かないより全然いい。
ただここで早めにグローリーが動いたことで、緑レイパパレは抵抗しないといけなくなったんだ。グローリーにまくり切られてしまうと展開的にかなり厳しい。ここで川田は1コーナーに続いてまたも、予定より早く動かされてしまう形になったんだよ。
レース後川田が「道中もよく我慢してくれました。早目に動かされた分、ゴール前は苦しくなってしまいました」と話している。それがこのポイントだ。
距離がちょっと長いレイパパレにとって、いかに脚を溜めながら直線に迎えるか、川田は相当考えたはず。前に入られると先週のタイトルホルダーのような形になるリスクがある。包まれないためには動くしかない。
結果的に早仕掛けになってしまったんだよな。いくらややスローだったとはいえ、2200mがちょっと長いレイパパレを4コーナー前からアクセル踏んでいくとさすがに止まってしまう。ここでレイパパレは厳しくなった。
一方、この水グローリーヴェイズの特攻により、更に展開が向いたのが白ウインマリリン、黒ウインキートスの京成電鉄ウインウインライン中山線だ。もはや風速7mの時の武蔵野線よりスムーズに運転されている。
水グローリーヴェイズがまくるだろ。緑レイパパレが抵抗して動くだろ。そうなると、レイパパレの真後ろのポジションが開くんだよ。
ややスローの流れだけに馬群も密集している。武史は内で十分脚を溜められたが、やはり前にスペースがない限りは動けない。レイパパレが動き出してくれたおかげで、目の前にスペースが生まれた。これはラッキーだった。
ただスタートから積極的に出して、レイパパレの後ろにいなければそもそもこのスペースの恩恵を受けられないわけだから、武史自身が掴んだ幸運とも言える。
4コーナーから直線出口にかけて。緑レイパパレが早めに動いたおかげで、白丸で囲んだ部分のスペースが開く。
この結果、直線で1頭分、白ウインマリリンの前のスペースが開いたんだよ。あとはここを通ればウインマリリンの勝ちだ。
ところがここで武史にとって『誤算』が訪れる。
緑レイパパレが内側に入ってきたんだよな。一見すごく内に斜行しているように見えるが、パトロールを見る限り、裁決でイエローカードが出される斜行ではない。
実際この動きは裁決が戒告などにカウントしていない。レイパパレが内に行き始めた時点で、ウインマリリンが進路に入り切っていないからだろう。レースの中でまま起こる動き。レイパパレはこの時点ですでに苦しくなっているんだろう。
一方でウインマリリンの進路は完全になくなっている。進路の正解は緑レイパパレと水グローリーヴェイズの間なんだが、レイパパレの内を選んでしまったのは結果論かな。こんなにきれいにレイパパレとグローリーの間が開くなんて思わないしね。
先週のセントライト記念も斜行の影響を受けていた武史だったが、今回は違ったようだよ。最後の最後でまだ運が残っていた。
完全に進路がなくなった後に、白ウインマリリンが体勢を立て直して進路を切り換えている。水グローリーヴェイズの内側、開いている1頭ちょっとのスペースを突くしかない。
ただここでグローリーヴェイズのデムーロが左ムチを叩いているんだよ。本来だったら叩かれた逆の方に馬は行くから、矢印通り内側に行くはずなんだ。
ところが左ムチが入っても、グローリーが割とまっすぐ走った。おかげでこの進路が開いたままになって、ウインマリリンが入ることができたんだ。
進路さえあればもうこっちのもんさ。道中京成電鉄ウインウインライン中山線(京成電鉄入れるのが面倒になってきた)でノーミスで脚を溜めたことで、末脚は溜まりに溜まっていた。あとは突き抜けるだけだった。
この中間、ウインマリリンは過去一番と思えるレベルで調教で動いていたんだよ。2週間前に租界の雑談板にも書いたが、その時点で過去イチくらい動いていた。
春の天皇賞が終わった後に右肘の手術をした結果、よりフットワークが洗練されて動きが良くなったのが大きい。調教もバツグンに動いて、今日の気配も素晴らしかった。
誰が見てもいいデキだったのではないかな。今日のオールカマーのパドック一番手。歩様に硬いところもなく、いかにも良かった。あとは武史がミスらなければという状況だったんだよ。
武史は先週タイトルホルダーで囲まれて負けてしまい、本人の中で相当悔しかったはずなんだ。だって力を出し切れずに回ってくるだけだったんだからね。それだけに今回は期するところがあったはず。序盤の先手主張に気持ちが現れていた。
「狭くて入り切れず、引っ張るようなところもありましたが、勝てたのはこの馬に救われたところがあります」とレース後語っていたが、本当にその通りで、普通これだけ完全に詰まってしまっては、切り返しても間に合わない場合のほうが多い。ウインマリリンの脚が完全に溜まり切っていたことが大きかった。
「今日は馬に救われただけなので、自分の技術も馬の力も発揮できるようにレースに臨みたいです」と話していたように、本人の顔に一切の納得感はなかった。セントライト記念ほどではないにしろ、不完全燃焼な部分があるだろう。
正直昨日のカンナSフリートオブフットの騎乗しかり、武史の詰まりはここ数週目立つ。ただこれは武史の進化の過程でもあると見ているんだ。
今まで武史は外目から早まくりで勝負を決める競馬が多かった。札幌なんてこれがめちゃくちゃ嵌まるから北海道で勝ちまくっていたけど、この騎乗は東京だと通用しない。
最近の武史は慎重な競馬が増えたと思う。溜めを利かせた競馬で脚を引き出す乗り方だ。武史のイケイケドンドンな攻めの騎乗、良さがなくなるのは事実だが、その乗り方だけで天下は取れない。天下を取るには引き出しを増やさなければいけない。
幸いにも、多少ミスしても取り返してくれるくらい、騎乗馬の馬質は高い。まだ22歳。先週も書いたんだけど、幸せな環境だと思うよ。エリザベス女王杯ではむしろウインマリリンを導くような騎乗を見せてほしい。
2着ウインキートスは何より枠順が良かった。同じくウインマリリンの後ろにつけた日経賞は不利があってラチ沿いに接触して終わっていたが、今日はその不利もなかった。
もう一つラッキーだったのは、直線で外にいたのが黄ステイフーリッシュだったこと。
4コーナー出口でも黄ステイフーリッシュが外から締めて、黒ウインキートスを外に出さないようにしている。ところがステイフーリッシュは大外枠だったこと、心房細動明けも影響したか、完全に締め切るまでには至っていないんだよね。
その分、直線で内からウインキートスがステイフーリッシュを外に弾き飛ばしている。これ、脚があった時のグローリーヴェイズあたりが外にいたらたぶんもっと締められてるからね。
目黒記念もスローの恩恵があったことを考えると、今後も重賞では枠、展開に左右されそう。絞れて動けるようになってはいるから、エリザベスに行こうが福島記念に行こうが、内目の枠でロスなく立ち回りたい。
グローリーヴェイズはラップ、展開を考えると内容は悪くない。馬群が詰まってまくりやすい展開だったとも言えるが、レイパパレに抵抗されまくり切れなかった後も、最後までしぶとく伸びている。さすがに地力があるね。
本来急坂のあるコースは微妙であることを考えれば、この秋シーズンに向けてまずまずの内容だったと言えるのではないかな。ジャパンカップなら展開一つ、香港でも楽しみの持てるレースだった。
レイパパレに関してはすでに書いたように距離が長い。絶対能力の高さで2200mをこなしているが、若干ごまかしながら乗らないと2200mは持たないし、アールスターやグローリーヴェイズに動かれた時に対応に苦慮するなど、本質は2000m以下にあるのだろう。
次はエリザベス女王杯と聞いているが、これはあくまでオールカマー前のプラン。個人的にはマイルCSや香港カップで見たいのだがね。体が増えたのは好材料。踏み込みも良くなっていたから、この一戦だけで評価は落ちない。
ステイフーリッシュは臨戦過程を考えればよく頑張っている。今回はこの内有利馬場で大外枠を引いた時点でどうかと思ったが、和生もロスを最小限に乗ってくる好騎乗。正直今回これ以上の結果は望みづらかった。
7着ランブリングアレーは物足りなかったね。数字面も、内容面も。その原因は戸崎の「スタートは良く、道中、もう一列前で競馬をすれば良かったかなと思います」というコメントに出ている。
戸崎の言う通り、スタートは良かったんだよ。
これは1周目の直線だが、赤ランブリングアレーは好スタートを決めて、この時点では先行するのでは?と思えるポジションにいるんだ。
ところがそこから控えてしまって、黄ステイフーリッシュを自身の前に入れてしまったんだ。
戸崎の言う「道中、もう一列前で競馬をすれば良かった」というのがここ。ステイフーリッシュの後ろに赤ランブリングアレーが入ってしまっている。
黄ステイフーリッシュの後ろで何が問題かって、ややスローの流れで一団になったことで緑レイパパレが動かず、その真後ろにいたステイフーリッシュが動けなくなった。
その後ろにいた赤ランブリングアレーは外に行くしかない。そうすると、その前にいるのは橙アールスターだ。
アールスターが強ければいいんだけどね。さすがにオールカマーで外を回って動けるほどの力はない。つまりアールスターは動かない。その後ろにいるランブリングアレーの進路はない。
しかも運悪く?水グローリーヴェイズが外からまくってきた。これで橙アールスターのポジションが下がる。
そうなるとその後ろにいた赤ランブリングアレーが、1頭分ポジションを下げてしまい、また黄ステイフーリッシュの真後ろのポジションに戻ってしまうんだ。酷いレースになってしまっている。
結果的に後手に回ったことで、4コーナー出口はこんな感じに。1着白ウインマリリン、2着黒ウインキートスが内目を立ち回れたのに対し、レースにロスがあり過ぎる。スタート後ステイフーリッシュにポジションを取られたのが、最後まで響いてしまった。
ではこれは戸崎のミスかというと、何とも言えない。確かにポジションを取りに行かなかったのはミスなんだが、ランブリングアレーは今回初めての2200mだ。
初2200で攻めのポジション取りをすると掛かって最後脚をなくす可能性もある。好スタートを決めても慎重になる気持ちも分かるのだ。仮にステイフーリッシュのポジションを取ったら、レイパパレの真後ろ。
ある意味絶好位だ。ウインマリリンがもっといいポジにいる以上勝ったとは言わないが、グローリーヴェイズに先着して3着はあったかもしれない。ただそれはあくまで結果論。臨戦過程や様々な状況が絡む競馬の難しさを改めて感じさせる展開だったね。
ランブリングアレーにとって、2200mはこなせる程度であることは分かった。今回こそ結果は出なかったが、この先に向けてのヒントは生まれている。
ヒントを繋げて線にしていく。それが競馬という競技なのだと俺は思うよ。
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