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【書評】『超入門カーボンニュートラル』(上)

文献:『超入門カーボンニュートラル』(講談社、2020年)
著者:夫馬賢治
担当:佐藤圭(4回生)

今回、本書籍を取り上げた理由として、原子力を含むエネルギー産業全体が、カーボンニュートラル化に向けた事業の改革を迫られているとの記事を読んだからである。 3回生での文献調査では、行政と原子力の関わりについてのものがほとんどであった。しかし、日本の原発を実際に運用しているのは企業であり、世界的に ESG 投資を意識した経営転換の真っ只中である今、今後のについては知る必要があると感じた。 

カーボンニュートラルという言葉の意味


まず、初めにカーボンニュートラルという言葉の意味と、それを取り巻く状況について簡単にまとめたい。カーボンニュートラルとは、地球の気温上昇を抑えるために、温室効果ガ スの排出量をプラス・マイナスゼロにすることを指す。この言葉自体、最近になって急速に話題になってきたと感じる人もいるかも知れないが、実は 2006 年時点でオックスフォード英語辞典の「今年の言葉」に選ばれるなど、決して新しい言葉ではない。カーボンニュート ラルがトレンドになった理由として、世界的な気温の上昇とそれによる気候変動のリスク が顕著になったことにある。気候変動自体に対する脅威派と懐疑派による論争はあるもの の、環境省が発表する気候変動影響評価は悪化傾向にある。 

カーボンニュートラルと投資


次に、カーボンニュートラルに関連した投資家と銀行の動向について触れたい。2006 年 4 月に、アナン国連事務総長(当時)が、各国の金融業界に向けて ESG を投資プロセスに 組み入れる「責任投資原則」(PRI)を提唱したことがきっかけで、世界的に ESG 投資が加 速することとなった。現在、大規模な投資家であればあるほど、将来を見通して ESG 投資 を行っている。 
なぜ、有力な投資家が ESG 投資に傾斜しているのかということについてだが、それは気候変動が様々な金融リスクを生み出しているからと言える。ここで言う金融リスクとは、①物理的なリスク(災害や自然環境の変化による経済ダメージ)と ②移行リスク(政府による産業転換政策の導入や、企業や金融機関による事業転換による影響)に分けられる。
具体的 な危惧されているパターンとしては、災害や気候変動によってダメージを受けた企業の株 価が下落➔年金基金や保険会社の運用資産の減少➔レバレッジを効かせている投資家への 打撃➔連鎖的な株価下落による景気の低迷などがある。上記は投資家を例とした話であったが、これと同時に銀行もカーボンニュートラルに向けた動きを展開している。例えば、銀 行の融資商品の1つに、グリーンローンがある。これは、融資で調達した資金が特定の環境 目的に限定されるものであり、日本の事例では、日本郵船が船舶からの排ガス処理装置の設置を目的として融資を受けている。 

日本のエネルギーイノベーション案


最後に、今後の電力会社の事業転換について触れたい。日本で最も力のある経済団体であ る経団連は、従来環境政策は積極的でなく、むしろエネルギーの安定供給や経済性の面を重 視してきた傾向にある。しかし、2020 年 10 月に菅総理(当時)が「2050 年カーボンニュ ートラル化」を目標に掲げると宣言し、経団連もそれに追随して同様の提言を発表した。このことから、国内の電力会社にとって2050年でのカーボンニュートラル化を目指すことが急務となり、事業の見つめ直しと転換を迫られている。なお、2050 年にカーボンニュートラルを実現したときの電源構成のシナリオが発表されており、風力と太陽光の2つで全体 の 66%を占めている。この電源構成の大幅な改革を行うにあたって関心が高まっているの が、洋上風力発電である。風力発電は、洋上において風車のサイズを大きくすることで発電効率を上げやすく、近年欧州企業を中心にイノベーションが目覚ましい。現在は着床式(浅瀬に固定する方法)と呼ばれる方式が主流であり、コスト面から導入が進んでいない。しかしながら、浮体式洋上風力の研究が急速に進んでおり、実現すれば、発電力の増加が見込まれている。原子力については、事故があったものの、脱炭素性という観点から今後も継続的な利用が行われると見られている。今後、事故リスクを限りなく抑えられる小型モジュール炉(SMR)や核融合型原発の開発が進めば、その活用性も上がると考えられる。 

私見と研究への応用


私が本文献を読んで感じたこととして、エネルギー産業とそれに関わる企業の事業転換は、今後特に着目すべき部分であると考えた。日本に限らず、世界的に見ても化石燃料事業 を主軸とした企業の多くが事業の見直しや、その売却を行っており、ESG 投資を意識せざるを得ない状況であることが明らかになっている。そのことから、国内の電力会社や重電メーカーをはじめとした原子力関連企業のレポートを参照して詳細を調べたいと考える。

今回の「カーボンニュートラルと投資」に引き続き、次回は「カーボンニュートラルと地政学」というテーマでの書評を行いたい。

2022年10月07日


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