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金木犀 1

初恋は、中学校の入学式から間もない頃だった。

「1年A組」から校舎の2階に行儀よく並んだ一年生の教室を行き来する廊下は、バルコニーと兼用でいつも心地よい風が吹き抜けており、凹の字型の校舎が囲む中庭全部が見渡せた。中庭には凹の字校舎の開口部を横切るように30センチ四方のコンクリート平板の飛び石が置いてある。この「青空廊下」は、毎朝、教室へと急ぐ1年生には都合の良い近道だった。

新一年生の教室では、次の授業までの僅かな時間でも女子たちが互いに「好きなこと」と「共通項」を摺り合わせて、仲間作りに忙しくしていた。だが、本ばかり読んでいた小学生だった私には、彼女達とは共通項を見つけられず、休み時間の教室はすこぶる居心地が悪かった。小学校で唯一仲良しだったリカちゃんが隣のクラスの一年生になっていたことも、居心地の悪さの一因だった。

そんな教室に漂うアウェイ感から逃れるために、授業の合間はいつもバルコニーにいた。そこから青空廊下を行き来する子たちを眺めつつ、次のチャイムが鳴るのを待つのが私の日課だった。

入学式から間もない頃、いつものようにバルコニーの手すりにもたれて時間を持て余していた。すると隣のクラスのリカちゃんが一人の女の子と一緒にバルコニーに出てきて、「この子、マリコちゃん」と新しい友達を私に紹介してくれた。
マリコちゃんは、笑顔が可愛い女の子で、切れ長の目の奥から黒々とした瞳が優しく覗いていた。そして顎のラインをちょっとだけ隠すボブ・ヘアーがとても良く似合っていた。
『マリコちゃんともっと親しくなって、友達になりたい。』
社交的と言う言葉が一番似合わない自分からこんな気持ちが湧いて出たのは不思議なことだった。そして、もう一つ不思議なことがあった。

それは、マリコちゃんが来ている制服だった。中学校の濃紺の制服は、新一年生を厳格に「男の子」と「女の子」に分類した後、「無個性化された中学生」を変換して、モノクロの集合写真の中に整然と収まるようにできている。しかし、マリコちゃんの制服は、彼女をモノクロ集合写真には収まりきらない、少し大人びた少女にしてしまっていた。


この2つの謎は程なく解けた。
(「金木犀 2」に続く)

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