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大西けい
2021年2月5日 19:49
10代の多感な時期から人形とは隣り合わせで歩いてきた。ここで言う人形に実体はない。けれど、ふとした時に隣を見ると「居る」のだった。捉えようによってはただの怪談話だが、その感覚を持ってここまできてしまった。人形は蔑むことも慈しむこともせず私の何かを映していた。「黙って全てを受け入れてくれる」というのは自分都合の解釈にすぎないが、それでも隣に人形が居ることを確認すると私は安堵した。言葉