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クラスター発生現場に投入されてホテルに住んだ話

青天の霹靂

2月の初旬の朝のことだった。

出勤早々、なにやら物々しい雰囲気。普段顔を見せない法人の偉い方々が玄関先で難しい顔を寄せ合っていた。

この時、既に私の職場であるデイサービスが入っている建物の上階にある老人ホームから、コロナ陽性の職員が出ていた。きっとその関係で対応に来ているのだろう。

そんな風にのんきに考えながらトイレを済ませて戻った私に命じられたのが、『本日午後よりクラスター発生部署への応援勤務に行け』というものだった。

そう、クラスター。
恐れていた事態が起こってしまったのだ。

正確には、午後から本来の職員が全員自宅待機もしくは療養となる為、すぐにでも入って欲しいと。
そうなると自宅には帰れない。ホテルを手配するから、今からすぐにでも荷物を取りに帰って、また来て欲しい。そういうことだった。

確かに、万が一の事態に陥った場合応援が必要であることは分かっていた。
けれどもまさか、数時間後にいきなり現場入りを求められるとは思っていなかったのだ。私の認識が甘かったのかも知れない。

私は月に一度、母の通院送迎の為に休みを取っていた。加えて、自分のヘルニア治療の為に通院していた。自宅で荷物をまとめながらそれらを全てキャンセルし、とにかく急いで!と言われていた為レスポのショルダーと通勤用のトートに必要と思われる物を詰め込んで職場にとんぼ返りした。

過酷な現場

現場での様子はあまり詳しく書くことは避けたい。

とにかく、誰もが初めての事で対応に追われる以前にどう動いて良いのかも分からない状態だった。

勿論ガウンにマスク、キャップに手袋という完全防備。
利用者さん達に関わるのも最新の注意を払う。

私は以前病棟に勤務していた為、感染対策に関してはそこまでの辛さは感じなかったが、一つ言わせてもらうとするなら、N95マスク、あれは本当に辛かった。
息がし辛いという点よりも、私の場合はゴムで耳を落とされるのかと思うほどに痛かった。装着してすぐに拷問のような痛み。
ゴムの位置を工夫して、何とか良い位置を見付けたものの、眼鏡やゴーグルの重みやら何やらでずれてしまう。結果、やはり痛い。

ホテル暮らしについて

これこれ!私が一番書きたかったのはここ!!

自宅から持ち出した物で何とか賄えたものも多いけれど、今回買い足した物を列挙するとこんな感じだ。

・ハンドソープ
・除菌スプレー
・手指消毒スプレー
・洗濯ネット(コインランドリーでガンガン回す用)
・トラベル用のシャンプーやリンス、ボディソープ
・最低限の化粧道具(下地とアイブロウのみ)
・サボリーノのマスク
・入浴剤
・通勤用の不織布マスク
・替えの靴下(穴が開きそうだった為)

今回お世話になったホテルでは、私達応援勤務者用に一つフロアが空けられており、その部屋への清掃はなかった。自分達でシーツを買えたり、所定の場所にゴミを捨てたり。勿論、必要な時以外は部屋から出ない。
完全引きこもり状態で過ごさなければならなかったが、それ故に心身のQOLの低下だけは回避したかった。

幸いにも、コインランドリーに行くくらいは許されていた為、洗濯中の時間に隣接の24時間営業のスーパーやコンビニで上記の物をゲットすることが出来た。
それでも外に出るのは休日の夜明け前。人が動く時間帯には出歩かない。10分で買い物を済ませ、残り時間は車中待機だ。
ちなみに、コインランドリーの利用自体は数日に一度。下着類は手洗いである。

この中で、特に入浴剤なんかはいらないと思う方が多いのではないだろうか。
狭いユニットバスなので、私自身もどうしようかと思ったのだが、『毎日しんどい思いをして働いているのだから、ユニットバスであろうがなかろうが、私は何としても浴槽に浸かる!!!』という意志の下購入。
勤務日はシャワーで済ませたが、休日は午後の早めの時間にお湯を溜めて、カーテンを閉め切って湯に浸かった。結果、疲労感が全く違った。

終日マスク生活の為、化粧も必要ない。故にいつものラベンダー下地(日焼け止め兼)にお粉、アイブロウペンシル・パウダーだけでどうにでもなった。クレンジングはシートタイプで済ませたし、日々のスキンケアはサボリーノのマスクで補った。普段からスキンケアが超適当な為(ゲルを塗るだけ)、これで十二分に潤った。

食料は法人からの支給があった為、特に不便は無かった。
しかしながら、毎食がっつり系弁当だとカロリーや栄養バランスが気になるところ。
そんな心配をしている心の余裕が…?と思われるかも知れないが、感染への恐怖があるからこそ常に体調を整える意識が必要だなと考えたのだ。

上述した物品の他に、私が『持っていて良かった!』と思った物。

iPadである。

iPadで軟禁生活も快適

これは私が引きこもり体質だからかも知れないが、自宅からiPadを持ち出して本当に本当に助かったので語らせて欲しい。

まず、運動が出来る。

私はYouTubeで複数人の宅トレ系のチャンネルを見ている。その中でも今回特にお世話になったのが、竹脇まりなさん
ホテルの限られたスペースでも立ったまま、或いはベッドで寝たまま行える動画が多く、しかも1本の時間が短いものが多い。

ホテルで出来る運動の条件としては、このツイート。

何だかんだ言って、休日に至っては自宅にいた時よりも運動している。
いかに家でダラダラしていたのかがよく分かった。

運動の他には、配信サービスを使って映画を観たり、ドラマを観たり。
テレビはほとんどつけなかった。再燃したアニメを観たりもした。それだけで時間はあっという間に過ぎた。
Udemyで勉強したり、電子書籍で漫画を買ったりと、何だかんだで今回、iPad一台に相当助けられている。たとえ自由に外出出来なくとも、ある程度心のゆとりを保つことが出来たと思う。

まだ続く応援勤務

今日私は自宅に戻ったが、実はまだ当該施設へ応援に行かねばならない。
帰宅は突然命じられた。
一昨日、出勤同時に唾液の提出を求められ、昨日の夕方陰性確定。ホテルを出ろと言われたのだ。
そして今、私は自宅にいる。明日からも応援勤務だ。
感染の危険性があるにも関わらず、である。

一人暮らしならば良いが、私には同居している母がいる。基礎疾患もある。
私だけではなく、こうした事情を抱えた応援職員は他にもいるのだ。

そうした事を一切考慮しない法人の対応に、私は今回がっかりすると共に、僅かながら持ち合わせていた帰属意識や忠義の心を捨てた。
コロナ慣れ、という言葉もある。極端に恐れるのは良くないのかも知れない。けれど自分一人の事ではないのだ。

職場の同僚達は皆、陰性で良かった!これでデイサービスが再開できるね!と盛り上がっているが、私はもうそれに合わせるつもりもない。無駄に心が疲れる振る舞いは、もうしないことにした。

心の在り様の変化

今回たっぷり一人になれたことで、色々と考えも整理出来た。

やっぱり今のデイサービスは自分の居場所では無いと認識出来たり、万が一感染して死に直面した時、後悔が多く残る生き方はすまいと決めることが出来た。
周りがどれだけ『堅実!正社員!!』『仕事辞めるなんてだめだめ!!!』と言ったって、実際私の人生の責任は私が取るのだ。他人の言う事なんぞ真に受けてる場合ではない。

参考にすることはあっても、妄信はしないし、従いもしない。
私の船は私が漕ぐのだ。
先輩は私に4月から仕事を全部回す気でいて、そりゃもううきうきしているのだが、それも知ったこっちゃない。

以前はどんな仕事をしていても、『私が急に辞めたら皆困るよね…』と思って気を遣いながら退職準備をしたものだが、私がいようがいまいが、会社なんてぐるんぐるん回るのが当然なのだ。

選択肢はいくつかあるが、それらを吟味しつつ、今の職場で虎視眈々とチャンスを狙っていくつもりだ。
無鉄砲に退職することも出来るが、ほぼ無一文の私、それはあまりにも荒唐無稽が過ぎる。20代なら間違いなくやっていたけれど。

今回、改めて人の生き死にに直面し、これまでの考え方や価値観が一旦取り壊された。40代半ばという自分の年齢を考えると、いささか遅い転換という気もするが、これは起こるべくして起こったのだと考えることにしている。

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