パチンコの傘

このお話は、新橋に勤めるサラリーマンと丸の内に勤めるOLが雨の日に自宅の駅で出会い、パチンコの景品の傘を女性に貸すところから始まります。捨ててくれと言われて借りるのですが、捨てるわけにもいかず、取り敢えず一週間駅で待って、出会わなければ処分しようと、女性は駅で彼を待ちます。給料日前で余裕のない彼は直帰しますが、女性に声を掛けられます。お礼にと晩御飯をご馳走になり、日曜日に多摩川に釣りに行く話が決まります。そして・・・・・・


六時ころから降り出した雨は、通勤電車を下車してみるとさらに強くなっていた。タクシーもバス乗り場も人でごった返している。コンビニの前に女性が立っている。傘もレインコートも売り切れなのだろうか。小走りにコンビニに駆け込んで、夕食のうどんとおにぎりを買ってレジに並んだ。やはり、傘もレインコートも置いていない。売り切れたのだろう。

レジを済まして外に出るとカバンから折りたたみの傘を取り出した。さっき見かけた女性はまだ立っていた。ブラウスが少し濡れて、肩あたりが透けて見える。横顔が人懐っこそうなので声をかけてみた。
「こんばんは。夕方の雨はいやですね」
振り向いた女性は三十前後だろうか。バリバリ仕事ができそうな瞳をしている。前髪が濡れて額に張り付いていた。

「この時間だとバスもタクシーも満員で、ちょっと大変ですね」
女性の目が笑った。話は通じそうだ。
「これ、パチンコの景品の傘なんですけど僕はいらないんで、よかったら使ってください」
女性が折りたたみの黒い傘を見た。あまりにもじじくさくていやなのかと思ったが、差し出すと、
「お困りじゃありませんか?」
「僕はパチンコがうまいんで、今日も稼いで帰りますから」
傘を渡してそういうとコンビニの並びのパチンコ屋めざして駆け出した。パチンコ店のドアのところで振り返ると、まだこちらを見つめている。思わず手を振ってしまった。
「頑張って!」大声で声援が返ってきた。
「ありがとう!」どなるとパチンコ屋の自動ドアを開けて店内の騒音に溶けた。

今日はだめだな。三十分持たせたが、千円以上使うと給料日まで苦しい。幸いドアから入る人の傘が濡れていない。閉じている人もいる。今のうちに帰ろう。
先ほどの雨が嘘のように、半月が西の空にかかっていた。


何だか今どき珍しい気がする、黒い折りたたみ傘で、大きな柄がついている。毎日持ち歩くには重そうだ。折りたたみのわりに大きくて、道路から跳ね返る雨滴がストッキングを濡らす程度だ。身体はすっぽり傘に入る。今日はプレゼンテーションがあったからスカートにしたけど、パンツのほうがよかったと後悔する。家までは徒歩七分。タクシーを待つような距離じゃない。南通りを左折し、路地に入るともう我が家だ。雨が傘を叩く。玄関のかぎを開けて、
「ただいま」
「おかえり、濡れなかった?」
母がタオルを持ってきた。私が折りたたみ傘を傘立てに立てていると、
「なんだかごつい傘ね」
「借りたの」
「誰に?」
「知らない人」
「え?」
「パチンコの景品だからあげるって」
「パチンコで取れる人もいるんだね」
「ははは」
「ふふふ」

玄関の鍵が開く音がして、
「何がおかしいんだ?」
父親が入ってきた。
「お帰りなさい」
「何笑ってたんだい」
「ミーちゃんが傘借りてきたの」
「このごついやつか?」
「そう。パチンコの景品だって。獲れる人もいるんだね」
「俺だってときどきチョコレート持ってくるじゃないか」
「たまーにね」
「ははは」

「さあ、早く着替えて、夕食できてるから」
梅実は二階に上がると、タイトスカートをハンガーにかけて窓際に吊るし、ブラウスを脱いで、トレーナーの上下を着た。

食事を終えてテレビを見ながら大福を食べたあと、部屋に戻ってベッドに横になると、傘のことを考えた。今日の漁業組合へのプレゼンより、借りた傘が気になった。貸してくれた人が気になるのかとも考えたが、借りたことが気になっていた。処分してくれっていわれたけど、はいそうですかで捨てるわけにもいかないし、ごつい傘でまた使う気にもならないし、やはり返そう。

あの時間なら、たぶん会社から直帰だろう。金曜日まであの時間から三十分くらいコンビニの前で張り込んでみよう。会えなければ申し訳ないけど処分しちゃおう。そう思って貸主に思いをはせると、髪が短かったような印象しか残ってない。ま、会えばわかるでしょう、気軽に納得して眠りについた。

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