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他人への疑心暗鬼

先日、電車の中で電話をかけながら激昂し、窓ガラスをどんどんと叩いている男の人がいた。うっ、今日はハズレの日…あー、何事も起こりませんように。
ちらりと見つつも目をそらすしかない。公の場でこういう態度取る人に、目をつけられたら逆ギレされる。電車を降り、ほっとする
日本は安全、とよく言われてきたけど、今はどうなんだろう…。
大学の先生が、成績を逆恨みされて殺されたとか…。路上や電車内で自分より弱い人を選んで殺す刃物男とか…。殺人を犯すということは、自分の人生を放棄するのと同じ。
日本は昔から共同体の平和がかなり大事とされてきたし、そこから逸脱すると生きにくいから個人も周りの目=世間体を意識してきた。個人としてはとても窮屈だけど、それが平和…滅多に強盗や殺人にはあわないという安心感…の代償だった。
東京に一極集中したのは、“この大都会に来れば面倒な共同体の眼から逃れられる”という面が大きかったはず。経済的に仕事を求めて、とかいろんな理由が重なってのことではあっても、東京は他の都市と比べても、圧倒的に解放感に満ちて求心力があった。
かつては好景気も重なり、地方から出てくれば新しい自分として生きることが容易かったのです。そして、都会での人間関係が自然と主になっていくのが当たり前で、昔の関係はどんどん薄くなっていくものだったけど。
今は…ネット社会になり、きつそう~。スマホに登録される連絡先や様々なSNSや…かっての自分を切り離すことができず、いつまでも昔の関係性が残っていく。
たとえば本当は距離を置きたい部活仲間がいても、ずっとそのグループラインは消せないとか…つきあいたい人とだけ連絡すればよい、というのがしにくそうです。
こうして、日本の中に、“抜けられる”場所がなくなってきていることも、人のイライラ度を増している要因に違いない。
好きなYoutuberのコメントを見ると、ただの批判を超えた、悪意のある失礼なものがあり、嫌な気持ちにさせられる。あるいはTwitter。特定できないアカウントを作り有名人の悪口をひたすら書く…その労力を想像すると、暗―い気持ち。
ネット社会には、極悪だったりやぶれかぶれの人もいて…。かっと頭にくると殺人をいとわない人が普通に存在するんだ…。それを、見破るなんてできないよ。
電車に乗ると、時々思う。同じ車両にたまたま存在するというだけ。ネット社会も、それくらい、多種多様な人が存在している、ただの場。
そんなこと考え始めたら、ネット社会のよい部分を楽しめないけれどもね…。

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