優しい寄附
「寄附」とかけまして、
「夏色、虹、栄光の架け橋」と解きます。
その心は、ゆずります。
#譲る
#ゆず #る
#新しい動詞
落語サークルに座布団の寄附をしたいという連絡がありました。
自分たちの落語を聞いてくれたサロンの方が練習用にどうぞ、ということで申し出がありました。
大変ありがたい話です。
しかし、高座用の座布団は購入したばかりですし、練習用といってもいつもの稽古場にはちゃんと座布団はあります。
しかも15枚くらい寄附できるというのです。
ありがたいことですが、実際には大変困る問題です。
昨今話題にもなっている「千羽鶴問題」や「差し入れハラスメント」と同様のものです。
ご厚意というのは十分に理解できますが、受け入れる方にとっては、置き場所や使い道などがあまりなく、正直なところ困ってしまいます。
大きな災害の時に、実際に自分のところにかかってきた電話があります。
というものでした。
これはいかにも善意な行為に見えますが、実際は全く逆です。
「使わなくなった布団」、要は使い古しのいらなくなった布団です。
「送ってあげて」、送料は行政負担で。
つまり、体のいい粗大ゴミ処分です。
さらに行政に自宅まで取りに来させようとする魂胆まで見えます。
当然丁重にお断りしましたが、最後に捨て台詞で、
「意外とわがままなんだな」
と言って電話を切られました。
どっちが!
善意なら全てが許されるわけでもありませんし、そこに見え隠れする本心があるのならなおのことです。
贈り物は、本当に難しいものです。
だからいつも大切な人への贈り物には頭を悩ませます。
#いい子ぶる
ちなみに座布団の寄附の話は、いつもの稽古場に置いてもいいという許可が出たので、この施設を利用する他の人達にも使ってもらうということで受け入れしようかと思ってます。
寄附をするという行為そのものは素晴らしいものですが、もっと相手の立場になった優しい寄附のことを考えていきたいものです。