日本一になった時の話。1

私は過去に、フェニックス卓球クラブとして団体戦で8個の日本一金メダルを持っています。恐らく、クラブチームの指導者として、団体戦での金メダルを8個持っているのは他にいないんじゃないかと思います。

よくどの金メダルが1番嬉しいかと聞かれたりしますが、正直この8回の金メダルで僕は4回泣いてしまいました。笑
正直みんな嬉しく、どれが1番とかはないのですが。
8個の金メダルの中で私が涙を流した4回を連載したいと思います。

一個目の金メダルは現セナタクのコーチをしている徳島選手が中三の時。フェニックスとしては設立三年目でした。この時、既に仲の良い指導者だった○川氏と夏に島根県で話しをしていた時、クラブ選手権での優勝を狙っていると話しをされました。正直、強いのは分かっていましたし、うちはチャレンジャーのつもりで向かっていくと言ったものの、内心うちだって狙ってると思っていました。

組み合わせが発表された時に驚きが2つ。
うちが第2シードのグループにパッキンで入っていたこと。
そして、超強豪○田卓球クラブが出てきたことです。

第2シードが強い事は会場中誰に聞いても明らかだったのですが、正直負ける気は全くしませんでした。
そして予想通り、完勝しトーナメントへ。

途中も負ける気はしませんでしたが、準決勝で超強豪○田卓球クラブと当たることが分かっていたので、正直ここが山だと思っていました。
今、現役のTリーガー○添くんが2点出てきて、徳島選手が2回当たるといううちにとっては一番良くないオーダーでした。

1番でやった時に、徳島も決して弱くなかったですが、簡単に0-3で負けてしまい、このままでは小学生が2点取っても最後また5番で同じ対戦になります。ですがその心配が的中するように3番で中学生が負けて、1-2の絶望的な状況になりました。

本日はここまでになります。

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