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猛獣のような猫との出会い②

私たちとコハクの共同生活はこうして始まった。保護施設で会った時とは別猫みたいにおとなしいなと思っていたのだが、それは、最初の2日ほどで、私たちを観察していただけだったようだ。3日目からコハクはなぜか豹変し、私たちに飛びかかってくるようになった。

最初は、遊びが足りていなくてストレスかなと思い、家にいる時はできるだけおもちゃで遊ぶようにしていたのだが、一瞬でもおもちゃを動かす手を止めたりするようなら、すかさず襲いかかり、手足を噛んだり、引っ掻いたりする。怖がって攻撃してくるというよりは、獲物を狙って飛びかかってくる小さなトラのようだった。

猫というと、よく寝るイメージだったが、この頃のコハクは、寝ているのを見たことがなかった。一体いつ寝ているのか不思議だったが、いつもめちゃくちゃ元気で、いつも何かに怒っていた。甘えるなんて言葉は、彼の中には皆無であった。

今、9歳になったコハクは、昼間はずっと寝て、夕方起きてくる。今でも一番、なんだかんだと手のかかる猫だが、この頃は、何しろ、家にいるときは、ずっと猫じゃらしを振っているような生活だった。やめると飛びかかってくるんだから仕方がない。

1週間立つと、私たち二人の腕の肘から下や足の膝から下は、恐ろしく傷だらけになり、お店で支払いをする際などには、レジの人に怪訝な顔をされたものだった。

当時は、ただテレビを見ているだけでも、コハクが走ってきて、「お前、何をサボってるんだ!」とでもいう勢いで、襲ってくるので、ゴロゴロしたり、昼寝したりは絶対できなかった。

甘噛みなどという言葉は彼の辞書には載ってないらしく、毎回流血するぐらいの噛みと引っ掻きが普通だった。でも、まあ、猫が本気で噛んだら、人も無事ではいられないので、流石に、ちょっとは手加減してくれていたと思いたい。

夜は、人の安全のために、ケージに入れて眠っていた。ケージに入れるのも一苦労で、おもちゃやフードで誘導しても、頭がいいのか、こちらの意図をすぐ理解して、「そんな手に乗るものか」という感じで、施錠する前に出てきてしまい、「お前ら覚えとけよ」というように威嚇してくる日々。そして、また流血(涙)。

毎日、午前3時頃には、ケージの中で大暴れして、水を手で周りに飛ばしてビチョビチョにする。ケージから出すと寝ていられないので、眠い目をこすりながら、猫じゃらしを振る。

何がコハクの気に入らないのか、どうしたらいいのか、譲渡してもらった施設の方に電話をかけて相談したり、併設の動物病院の先生に何度相談したか、わからない。先生からは、もし難しければ、戻してもらってもいいと言われたが、なぜか私には、コハクを施設に戻す気がどうしても起こらなかった。

ワクチン証明書を見て判明したのだが、コハクは、二度捨てられた猫だった。最初に捨てられて、その後、拾ってくれた人がワクチン接種をして、その後、捨てられたようだった。飼おうと思って、ワクチン接種をしたけれども、おそらく、この性格で皆に嫌われたんだと思う。引っ掻きグセや噛みグセもあり、お世辞にも可愛い猫ではなかったし、何より人間を信頼していなかったし、自分が一番偉いと思っている節があった。

私のような猫初心者よりも、もっと猫に慣れている人に飼われた方が、コハクにとってもいいのかもしれないと思う時もあったが、もし、コハクを施設に戻すというようなことになれば、3人に捨てられたとコハクは思うだろうと思うと、これで嫌な記憶はおしまいにしてあげたかった。

コハクは実は、繊細で小心者なんだろうということは、一緒に生活しているとなんとなく感じるようになった。毛繕いが異常に好きだというのも、そういうことだろう。思い起こすとこの頃はしょっちゅう毛繕いをしていた。猫にとって毛繕いは、自分を落ち着かすための行為と言われている。

施設でも成猫にも嫌われていたし、慕ってくるのは、何も知らない子猫だけだったというのも頷ける。我が家でも、なんで俺がこんなところにいるんだというような怒りを常に発散させている感じであったが、私は何故だか、コハクをどうしても嫌いになれなかったので、自分でも不思議なぐらいにコハクとコミュニケーションを取り続けたのだが、コハクは相変わらず、私たちを信用していないようで、いつかもっといい飼い主が自分を迎えにくると思っているようだった。

そういえば、私も小さい頃、実は本当の両親がすごいお金持ちで、その内自分を迎えに来るとか妄想してたなと思い出した。成長するにつれて、間違いなく自分は両親の子どもであると確信すると、なんだか残念なような、ホッとしたような変な気持ちだった。コハクもいつか、そういう気持ちになるのだろうか?

コハクが私たちと暮らすことを肯定する日は来るのだろうか。私たちを好きになってはくれなくても、甘えたり、気を許したりすることのできる存在、「人間も悪い人ばかりじゃないよ」「甘えてもいいんだよ」と猫語で伝えることのできる存在が必要じゃないかなと思い、2匹目の譲渡を考え始めた。

そして、同じ保護施設から雄の子猫をお迎えすることになり、コハクに弟ができた。コハクの性格上、うまくやっていけるか心配だったが、コハクは、子猫が好きなので、フクちゃんが小さい時は、それはそれはいつも舐めて可愛がっていた。フクちゃんは猫も人間も大好きで、コハクのように引っ掻いたり、噛んだりすることは皆無だったし、私たちにも当然のように甘えてくる普通に可愛い猫だった。顔も、整っていて、それこそ天使のような男の子だった。それをコハクは珍しいものでも見るように大きな目でジッと見ていた。


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