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漢詩自作自解④「贈項閏」

 中国にいる間に漢詩を作り始めたのですが、それは唐詩の真似事から始まりました。
 友人とメールのやりとりをする際、有名な詩のパロディを送ったりすると、相手も喜んでくれましたし、相手が喜んでくれると、もっといい詩を作ろうという気にもなります。
 そういうこともあり、私の作品の半分は唐詩の「盗作」です。

 友人の一人に項閏こうじゅん(仮名)君という、哲学科修士の学生がいました。
 湖北省恩施市の出身で、土家族(民族名 トゥチャ族)の若者です。
 恩施市というのは湖北省西部にある町で、周囲は険しい山岳地帯です。

 項君に連れられ、一度恩施市を訪れたことがあります。
 故郷に有名な恩施大峡谷というところがある、案内するからぜひ見においでと言ってくれたのです。
 私は2018年の7月上旬、数人の仲間と共に恩施を訪れました。
 仲間の中に張冬晢君とその彼女もいました。
 その彼女も恩施出身の土家族です。

 恩施市は人口90万人ほどの、中国としては規模が大きいとは言えない町ですが、自然と文化の豊かな町です。
 郷土料理がおいしいのですが、地元の人間がいると、その地の人しか知らない名店というところへも案内してくれます。
 ある時は町の中心地にあるちょっと高級なレストランへ、またある時は大勢の人が集まる人気店へ、そしてまたある時は細い路地を通り抜けた所にある“秘密の店”へ。
 私にとっては異質な空間なのですが、それらは現地の人たちにとっては日常の世界。
 まさに“異日常”とでもいうべき経験をすることができました。

 町を歩いていた時、ちょっと驚いた経験があります。
 交通量の多い広い道路を渡ろうとして横断歩道の前で立った時、なんと車が私たちのために止まってくれました。
 現在の日本では歩行者優先が当たり前で、横断歩道の前に人が立てっていたら車は止まるのが義務ですが、私の経験した中国ではありえなかったことです。
 恩施の人たちは穏やかなのかも、と思いました。

 7月3日、私たちは大峡谷に向かいました。
 市内からバスを乗り継ぎ、二時間余りで現地に到着しました。
 大峡谷が近づくにつれ、日本では見ることのできない巨大な山塊が、蛇行する道の両側に迫ってきます。
 「大陸」を実感した瞬間でした。
 ――中国には実はよく似た場所がたくさんあります。
 中国の地理についてまだ詳しくなかったその頃の私は、目の前の光景に心底驚嘆させられました。――

「一炷香(一本の線香)」と呼ばれる奇岩
雲竜地縫

 大峡谷に入った翌日、土司城を訪れました。
 土司城は土家族の王の宮殿です。
 宮殿の巨大さと独特の建築様式に圧倒されました。

中に齢700歳という亀が飼われていました。撮影禁止だったので、写真はありませんが、ほんとうに何百年も生きていたのではないかと思われるほどの大きな亀でした。

 後日、武漢に戻ってからのことですが、項君と二人で白酒バイジウを飲みながら、恩施旅行の話をしました。
 私が土司城の規模の大きさと様式の美しさについて話題にすると、彼はいくぶん自嘲気味に言いました。
 「まあそうだけど、所詮山賊のアジトだからね。昔は旅人などを襲って、金品を強奪していたのさ。凶暴な連中の住みかだったってわけさ……」
 私は一瞬言葉を失いました。
 私の思い過ごしかもしれませんが、中国で少数民族であることの悲哀のようなものを感じました。

 「いや、そういうこともあったかもしれないね…。でも、昔は山賊なんて、中国のあちこちにいたじゃないか。なにも土家族だけのことじゃない。それに、君はまさか昔の土家族が凶暴だったなんて思っているわけじゃないだろうね。もし君らのご祖先様が凶暴だったなら、あんな山奥に住んでいたはずがないだろう。そんなに強けりゃ、もっと便利な平地を占拠していたはずだ。もっと強力な勢力に追われたから、あんな山奥で暮らすしかなかったんだよ。僕はそう思うね。熱帯のジャングルの奥地に住む民族なんて聞いたりすると、人食い族みたいなイメージでとらえがちだけど、彼らは温和だからそんなところに住むようになったんだよ」

 ……私は思ったままを話しました。
 こだわることでもないので、話は自然、別の方向に移っていきました。


 またしばらくして、ある日の早朝、項君からメールが届きました。
 眠気眼をこすりながら読むと、今日、彼は彼女に告白する、と言います。
 彼女がどんな人なのか、私は知りませんでしたが、幸運を祈る旨、返信しました。
 その時に付したのが、「贈項閏」です。
 李白の「贈汪倫」のパロディですが、現代中国語の口語を使っている点をご承知おきください。


 贈項閏
  項閏こうじゅんおく

音羽睡覚将欲醒
 音羽おとわ睡覚すいかくして まさめんとほっ
忽聞網上情歌声
 たちまく 網上ネットじょう 情歌じょうかこえ
恩施峡谷深千尺
 恩施おんし峡谷きょうこく ふか千尺せんじゃく
不及項閏愛她情
 およばず 項閏こうじゅんかれあいするのじょう

〈口語訳〉
 項閏に贈る。
私(音羽)が眠っていて、ちょうど目覚めようとした時だった。
突然、スマホに愛の歌が送られてきた。
恩施の大峡谷の深さは千尺だというが、
項閏君の彼女を愛する気持ちの深さには及ばない。

〈語釈〉
〇睡覚…現代中国語の「睡觉」は、「眠る」という意味。
〇将…「まさに~んとす」と訓ずる再読文字で、「今にも~しようとする」の意。
〇欲…ここでは「~が欲しい」という意味ではなく、「~しそうだ」の意。
〇網…現代中国語の「网(網)」には、「インターネット」の意がある。
〇情歌…現代中国語で、「恋歌、ラブソング」という意味。
〇她…現代中国語で、「彼女」の意。

〈押韻〉
声、情  下平声 八庚
なお、原詩は起句「行」も押韻する。
本詩起句「醒」は押韻しないが、現代中国語の発音はともに「xing」である。ただし、四声は異なる。「行」は二声、「醒」は三声。

〈参考〉
 贈汪倫   李白
  汪倫に贈る
李白乗舟将欲行
 李白舟に乗りて 将に行かんと欲す
忽聞岸上踏歌声
 忽ち聞く 岸上 踏歌の声
桃花潭水深千尺
 桃花潭水 深さ千尺
不及汪倫送我情
 及ばす 汪倫の我を送るの情に


 項君に返信する前に、ある学生に見せ、添削・批評を請うたのですが、特に改めることはなく、「李白の転句は想像の世界だが、先生の転句は現実の光景であるところがよい」と褒めてくれました。
 先生の作品をあからさまに貶すことはできないでしょうが、ちょっと嬉しかったです。

 なお、項閏は仮名ですが、原詩の「汪倫」と韻母(主母音+音節末子音)を同じくしています。
  汪倫(wānglún)、項閏(xiàngrùn)。
 項君の本名の韻母も同じです。
 韻母が同じであることに気づいたから、「贈汪倫」のパロディを作ろうと思ったわけです。

 項君は今、その彼女と幸せに暮らしています。

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