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通訳翻訳フォーラム 参加メモ:前編 (3/3)

「日本通訳翻訳フォーラム2020」に参加しながら、英語学習コーチとして考えたことをシェアしています。第3回、前半の最終回です。
※セッションの内容を伝える「まとめ」等ではありません。

3. 吉田理加「スペイン語通訳者からみた異文化コミュニケーション:個人的な経験」 より

私はスペイン語のことはまったく知りません。スペイン人、メキシコ人、ペルー人で親しい友人がいますが、彼女たちとは英語でしか話したことがありません。スペイン語の例文が出てきてもさっぱりわからないし、セッションについていけるかしら…と、おずおず参加してみました。

結果的に、このセッションは私にとって大当たりでした。タイトルには「異文化コミュニケーション」とありますが、その中でも中心は、私の専門である Intercultural Pragmatics(異文化間コミュニケーションにおける語用論)や会話分析。いやぁ、まさかこのフォーラムで「間接発話行為」や「移行適切場所」という用語が聞けるとは思いませんでした。「衝突か回避か」の文化比較の出典を探さなくちゃ。ワクワク。

おっと、うっかりマニアックな方向へ。英語学習に役立つポイントのシェアでした。

まずは、「知ってるようで知らない」「わかったつもりでわかっていない」表現について。具体例が鮮やかでとてもわかりやすく、吉田さんの説明が巧みで勉強になりました。

・例:「コロッケのような」というメタファー。コロッケの大きさは日西で違うのだが、お互いに言葉のうえでは通じてしまうがゆえに、誤解があっても気づかない。
・例:南米の「15歳のお祝い(≒成人式)」、日本の「8月15日(=終戦の日)」。文化・歴史的背景についての知識がないと、それが何を意味しているのかわからない。
・マクロコンテキストは明示的に話されないが、ここが違っていると相互理解が難しくなる。
・ひとつの発話が、文化をまたいで同じように解釈されるとは限らない。
・「違いがある」という前提でコミュニケーションすることが大切。

「リュック」に「ピーマン」、電源の「コンセント」など、いわゆる和製英語でまったく通じないものはむしろ安全ですが、「通じているようで、実はお互いに理解している内容がずれている」というのはコミュニケーションを大きく妨げることがあります。単語レベルでは「ナイーブ」など。「エビデンス」「コンプライアンス」あたりの日本式ビジネス用語にも危ういところがありますね。

日本とアメリカで噛み合わないメタファーというと、たとえば「蛍」でしょうか。日本では「水のきれいな川辺でほのかに光る、幻想的ではかない命」というイメージですが、アメリカの蛍は陸生で、ブーンと飛ぶ大きめの虫です。また、文化・歴史的背景には「メリークリスマス」などの挨拶も含まれそうです。

KEC のプログラムでは受講生の会話を教材にしますが、その中でこうした “異文化” な瞬間を目撃することは珍しくありません。誤解しあったまま、会話がすれ違ったり、コミュニケーションが立ち行かなくなったりしている場合もあります。でも、学習者が自らそれに気づくのは難しいようです。学習者は語彙や文法のミスには敏感ですが、文脈レベルのミスを疑うことはあまりありません。会話している最中はもちろん、あとで録音を聞いても違和感すら覚えない。ところが、立ち止まり、少しヒントをもらって謎が解けると、それ以降はちゃんと文脈に注意できるようになります。

1対1のコーチングと違って、一般的な教室で「学習者と一緒にトランスクリプトをなぞる」というのは現実的でないかもしれません。でも、実際のところ学習者は「文化には違いがあるよ」と聞いたぐらいではピンと来ないのです。英語を学ぶ機会を利用して、文化背景が異なるというのはどういうことなのか具体的に示し、やがて自分でそこに目を向けられるようにしてあげたい。今回、吉田さんが見せてくださったことは、英語教育にとって大きなヒントになると思います。

もう1つは、これまた私の興味のど真ん中である「コミュニケーション・スタイル」にあらわれる文化の違いです。

・例:「間」の長さ。イベリア半島のスペイン語話者は間が短く、相手の話し終わりにかぶせて、発話を重ね合いながら交代する傾向がある。日本語話者は長い「間」がないと交代できると感じにくい。
・例:話者の指名。日本人は指名されないと Turn(自分が話す番)を取りにくい。指名されると「みんなが話せるように配慮してくれた」と感じる。一方、スペイン人にとって指名するのは失礼。
・日本人は「スペイン人は自分たちばっかり話して、全然話させてくれない」、スペイン人は「日本人はちっとも話さない。興味がないんだ」と感じて、両者ともアンハッピー。

日本人が英語を話す場合にも、特に会議などでは似たようなことが起きています。私が研究やコーチングを通じて知る限り、特に日常会話では、日本人は欧米人よりかぶせ気味で相槌が多い傾向がありますが、ポイントはそういう個別の事象ではなく、「会話の仕方には文化の違いや個人差がある」「自分にとって快適なことが、相手にとって快適とは限らない」という事実を知ることです。

最後に、吉田さんご自身の通訳や言語学習の経験から。もうこれはそのまま学習者に伝えたいと思います。

・「言葉さえ淡々と置き換えることができれば、相互理解ができる」と思っている人が非常に多い。実際は母語話者同士でも相互理解は難しい。
・インプットだけでなく、アウトプットする。できたらアウトプットを誰かに修正してもらって、それを習得する。
・「あ、これは何て言うんだろう」と常に気にするようにしている。単語帳に書き留める。書いたものを添削してもらい、アウトプットできるように準備しておく。
・日本の文化や習慣のうち、スペイン語圏の人たちにとって理解が難しいのは、たとえばウチとソトの概念。愚妻・愚息など「身内のことをけなす」というのは、文化の違いだと頭でわかっていても、すごく抵抗があって受け入れにくい。

(前編おわり。後編は、たぶん来月中に。)

【9/1追記】…と思ったけど、後編はなくなりました。


Photo by Chris Montgomery on Unsplash


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