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ジャニーズ事務所→「関係者各位」宛の文書を読んでみた

幣記事『#ジャニーズ事務所は説明責任を果たしてください』で、私は2023年4月12日に元ジャニーズJr.の男性が日本外国特派員協会での記者会見で明らかにしたジャニーズ事務所創業者・ジャニー喜多川氏による性的虐待について、同事務所から共同通信社他に寄せられたコメントが社会的責任を有する企業の対応としてはあまりに不誠実であると指摘した。

そして、事柄が「未成年への性的虐待」という社会的にも深刻な問題である以上、同事務所には最低でも第三者機関による調査、被害者への賠償、関係者処罰、再発防止策の策定への意思を早急に表し、このような性暴力を決して許さない態度を明確化することを求めた。
さらに同事務所との提携、取引を続ける企業、メディア、行政にもそれを求める道義的責任があるとして、その後の経過を見守っていた。

4月21日になって、まずArc Times、次いで東京新聞が報じたところによると、同事務所の藤島ジュリーK. 社長が、音楽関連会社などの関係者あてに本件についての「文書」を出したことがわかった。

これに続き、先の会見については会見翌日の夕方16時のニュースで短く触れるのみだったNHK、そして会見については一切報道してこなかった民放キー局が、数日の間に相次いで、この「文書」を元にしたと思われるニュースを放映した。

上記はNHKのニュース内容だが、その要旨は以下の通りで、どの局もおおよそ同じような伝え方をしている。

・以前、事務所に所属していた男性が当時の社長ジャニー喜多川氏に15歳の頃から性的な行為を受けていたと会見で述べた。
・これを受けてジャニーズ事務所は社員や所属するタレントへの聞き取り調査を行うとともに、取引先の企業に対して対応について説明する文書を送ったことがわかった。

以下は、上記「文書」からの抜粋で、
・報道や告発を真摯に受け止めているとした上で、現時点では問題は確認されていないものの、社内でのヒアリングのため十分であるとは考えていない。
・既に退所したタレントについてはプライバシーに配慮した上で外部の相談窓口を設置するなどの準備を進めている。
・所属タレントなどについても専門性や中立性のある窓口に相談できる体制や制度の準備を進めている。
・後日、こうした内容の詳細を発表する。

というものだ。
この報道された内容について、本来なら調査には慎重さを要する「性的虐待」という案件で、真っ先に事務所自ら社内ヒアリングを行ったということ、「文書」には被害者への謝罪や「性的虐待を容認しない」とは明確に記されていないことなどへの疑問の声も上がっていたが、一方で先に出されていたコメントに比べれば、同事務所がこの「性的虐待」問題についていくらかでも具体的な対応を進めている様子から、一定の評価をする声も散見された。

また各局が同じような内容を相次いで報じたためなのか、この「文書」が「メディアリリース」として各局に直接届けられた公式見解であると誤解した視聴者もいたようだ。

これについては「文書」全文や各ニュースソースを確認すれば、これが正式なメディアリリースではないことは明白で、あくまでも「取引先企業」に宛てた「文書」が何らかのルートでメディアに提供されたものだと考えることができる。
実際、4月27日発売の『週刊文春』の取材には、各局いずれも同文書を直接受け取ってはいないと回答している。
したがってこの「文書」は、同事務所が第一の顧客であるファンや、広く社会に向けて発信したものとは言えず、そのような新たな公の発信は、これを書いている4月28日現在、未だなされてはいない。

さて、私が最初にこの「文書」の存在を知ったのはArc Timesと東京新聞のスクープだった。
この時点で全文を読んだ私は、その後報じられる各局のニュースを聞くたびに、その内容に引っ掛かりを覚えた。
端的に言うと、それは「文書」から受けた内容とニュースから受ける印象との間の微妙なズレだったのだが、そのズレの正体をはっきりとは掴みかねた。
それで、元の「文書」をもう一度読み直してみることにした。
するとどうだろう。
ジャニーズ事務所の「文書」には、実は「書かれているべきこと」の多くが「書かれていない」にもかかわらず、ニュースではその行間を埋めるようにして、一定の印象を作っていたことがよくわかってきたのだ。

まず、以下が「文書」の全文だ。

関係者各位

はじめに、皆様に多大なご心配とご迷惑をおかけしておりますことを、
心よりお詫び申し上げます。

今回各方面よりご指摘の件につきまして、当事者であるジャニー喜多川が既に故人であることに起因して、全ての事実を確認することが難しい状況である点につきましては、何卒ご理解賜われればと存じます。

一方、私たちは本件につき、問題がなかったなどと考えているわけではございません。

既に発表および実施しております新経営体制でのコンプライアンス遵守という、今現在できることと、これから先のお約束をさせていただく以前に、このようなメディアでの報道、告発等については真摯に受け止めております。

これまで、外部の有識者や専門家によるご意見を受け止め、議論や検討を重ねながら、社員及び在籍タレントに対して相談の窓口を設け、ヒアリング及び面談を実施してまいりました。
また今回、退所されたタレントの会見後も、あらためて同様のヒアリングを行いました(現在在籍の社員、タレントからは、現時点では問題となる点は確認されておりませんが、あくまで社内のヒアリングになりますので十分であるとは考えておりません)。
退所されたタレントにおきましては、すべての方にこちらからご連絡をさせていただくことは難しく、また、そのような対応を行うべきかにつきましては、様々な方面の方からご意見をいただきました。
そこで弊社といたしましては、最大限個人のプライバシー等の人権に配慮しながら、弊社から独立した立場で行える外部専門家の相談窓口の設置、個別対応を行う準備を進めております。

また、会社として、特定の個人に権限が集中することを防ぐ取り組みが必須であるとの認識から、年初にお約束しております方針に則り、この度、社外から取締役を新たにお迎えいたします。また、タレントの育成現場や活動の場においても、専門家や中立性のある窓口への相談が可能な体制・制度を現在準備しております。後日詳しくご報告させていただきますが、この件につきましては在籍タレントたちと共に整えてまいる所存です。

最後にお伝えしたいことがございます。
弊社タレントは皆、それぞれが日々の並々ならぬ努力や研鑽によってのみ輝いているものと存じます。そのことだけは、どうかご理解いただき、引き続きお力添え賜りますよう、何卒よろしくお願い申し上げます。

株式会社ジャニーズ事務所
代表取締役社長
藤島ジュリーK.

【独自】ジャニーズ事務所が文書「告発を真摯に受け止める」 所属タレントの性被害疑惑巡り<全文あり>:東京新聞 TOKYO Web (tokyo-np.co.jp)

一つずつ見ていく。
最初に気づくことは、各局のニュースでは一様に「以前、事務所に所属していた男性が当時の社長ジャニー喜多川氏に15歳の頃から性的な行為を受けていたと会見で述べたことを受けて」出されたと言われている「文書」には、実は一言も「会見で述べたこと」、つまりジャニー喜多川氏による「性的な行為」についての記述がないということだ。
(ちなみに会見での説明によれば彼は当時15歳だったのだから、本来は「性的な行為を受けた」ではなく「性的虐待」「性的加害」を受けたと表現するべき事案である。しかし今回の報道でそのように表現したキー局は一つも無い。これは報道機関による事柄の矮小化に繋がる大きな瑕疵だと思う。)
そして「文書」はこのような表現を使う代わりに、「ご指摘の件」「本件」「問題」と、一貫してその内容に言及していない。

最初にこれを報じたArc Timesは、この「文書」内の「問題がなかったなどと考えているわけではございません」を引いて、「ジャニーズ事務所社長が初めて問題認める」と見出しを付けている。
恐らくArc Timesも、これを読む私たちも、この「問題」については「当事者が既に故人」という記述もあることから、当然のことながら「問題」=指摘されている「性的虐待」だと理解し、「ジャニーズ事務所社長が初めて創業者の性的虐待を認める」と読み込むことだろう。
しかし意外にも、実際には「文書」にはそのようなことは書かれていない。そこにはただ「問題」とあるだけだ。
したがって「本件につき、問題がなかったなどと考えているわけではございません」は、「性的虐待がなかったなどと考えているわけではございません」と明言した訳では無いと言い逃れすることが可能となる。

続いて、「外部の有識者や専門家」について。
私たちは既にこれが「性的虐待」について述べていると「思い込んでいる」ので、この有識者や専門家は、もちろん性暴力被害者支援や心理学、法律などの関連領域の人たちを指していると考える。
それにしては、このような問題を熟知している有識者や専門家が関わっているならば当然のセオリーとも言える「社内調査」についての慎重さが、ここには感じられない。
そればかりか、実施されたという「社員及び在籍タレントに対して相談の窓口を設け、ヒアリング及び面談」についても、私たちは当たり前のように「性的虐待」についてのものだと考えるが、前述の通り、この「文書」では一貫して「問題」の詳細は明らかにされていないので、実際にはこの「ヒアリング及び面談」がそもそも何を目的にしたものか、どのような内容なのかは必ずしも自明ではないのだ。

となると、その「ヒアリング及び面談」の結果である「現時点では問題となる点は確認されておりませんが、あくまで社内のヒアリングになりますので十分であるとは考えておりません」で言われている、「現時点で確認されていない問題となる点」も、一体何を指すのか不明ということになる。
それにもかかわらず、各局のニュースから私たちが受けた印象は間違いなく「現時点では性的虐待の事実は確認されておりません」
なのではないだろうか。

しかも、この「相談の窓口」「ヒアリング及び面談」には、既にさらに大きな疑問が生じている。
それは『週刊文春』が4月26日にまずウェブ上で報じたこの内容だ。

あくまでも「記事によれば」という注釈付きだが、ここにはジャニーズ事務所が「相談担当」として自社の現役タレントを指名したとある。
記事内容からは、彼らが「文書」に記された「相談の窓口」「ヒアリング及び面談」を担当、それもかなりの短時間で実施したかのように推測できるが、今のところ真偽は定かではない。
しかし、そもそも多くの人たちが疑問を持っている「社内調査」に、万一心理学やカウンセリングやトラウマケアの専門知識を持っているわけでもなく、ヒアリングの相手から見れば明らかな権威勾配があり、しかもこれまでの経緯から考えるならば、自身も被害者である可能性があるタレントたちが当たったとしたならば、「現時点では問題となる点は確認されておりません」という結果の妥当性それ自体が危ぶまれることは明らかだ。
そして、もしもこれが事実だとしたら、このような調査方法を取ったことを明記するかしないかで、「文書」から受ける印象は全く違うものになるだろう。
少なくともこの「文書」を受け取った取引先企業が、「社内調査」に対する同事務所のこのようなやり方を容認するならば、「性的虐待」という重大な社会問題についてのその企業の見識は大いに問われることになる。
ひょっとしたら、タレントたちが相談担当となるのは、後段に記された「また、タレントの育成現場や活動の場においても、専門家や中立性のある窓口への相談が可能な体制・制度を現在準備しております」を指す可能性もある。それにしても、彼らが「専門家や中立性のある窓口」担当者としてふさわしいかについては、やはり甚だ疑問だと言わざるを得ない。

さらにこちら。
「退所されたタレントにおきましては、すべての方にこちらからご連絡をさせていただくことは難しく」。
これも実に不思議な内容だ。なぜなら今回の「問題」は、まさに「退所されたタレント」の告発から始まっているからだ。
つまり本当に「告発について真摯に受け止めている」のであれば、既に会見まで開いて語った証言者がいるのだから、まずその証言者にどのように対応しているかどうかが、今のタイミングでは最も重要であり、なおかつ「文書」の受け取り手にとっても関心が高いことであるはずだ。それなのに、そこには一切触れていない。

そして、
「また、会社として、特定の個人に権限が集中することを防ぐ取り組みが必須であるとの認識から」以降の文章。
ここは、前後の脈絡がはっきりとおかしい。
なぜ、そのような取り組みが必須だと認識したのか、ここで想定される特定の個人とは誰か。
あえてこのような取り組みを始めるからには、 文脈から言っても既に創業者による「性的虐待」を巡って何らかの組織的な検証があったと考える方が自然で、「文書」本来の目的から言えば、それを書くべきだと思う。

このように元の「文書」には、誤解や誘導を招きやすい曖昧さがある。
これが故意なのかそうでないかは、私にはわからない。
しかし、この「文書」があくまでも「関係者各位」宛であり、各局に直接届けられた公の「メディアリリース」ではない以上、これを報道するメディアにはこのような曖昧な疑問点については改めて同事務所に問い合わせ、その意図を明らかにする必要がある。
もちろん一部には、この件について同事務所に問い合わせを行い、回答が得られなかったとしているメディアもあるが、いずれにしても多くのテレビ報道において、各局がこの「文書」の行間を読み込み、自らの言葉で埋めていくことによって、結果的に本来の「文書」から受ける印象以上に、同事務所の対応を「真摯」に、そして「適切」に見せてしまったことは間違いない。
特に先の会見を報じず、今回の「文書」をきっかけに初めてこの「性的虐待問題」を報じた局にとっては、この「文書」は報じる必要性をより強く感じさせるものだったのだろうから、なおさらのこと、その内容を視聴者へ誤りなく伝えるためにはむしろ全文を紹介するべきだった。

その上で再度確認しておきたいのは、この「文書」はあくまでも「取引先企業」に宛てられたものであり、本来は私たちの目には触れるはずがないものだということだ。
繰り返しになるが、「未成年者への性的虐待」という社会的にも極めて重大な問題を指摘されているジャニーズ事務所が公にしているのは、未だあの最初に出された短いコメントのみだということを忘れてはならない。
今もなお依然として、この事柄の行方を誰よりも案じながら見守っているファンにも、事実だとすれば過去に類を見ない重大な性犯罪を前に揺れ動く社会にも、そして何より被害を明かした当事者にも、本当に必要な言葉は届けられていないのだ。

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