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あれから1年 ー公取委「注意」のその後

2019年7月17日夜、NHKはジャニーズ事務所に対する公正取引委員会の「注意」を速報で報じた。
その内容は、SMAPの元メンバーである稲垣吾郎さん、草彅剛さん、香取慎吾さんを巡って、元の所属事務所であるジャニーズ事務所が民放テレビ局などに対して3人を出演させないよう圧力をかけていた疑いがあり、これを独占禁止法違反につながる恐れがあるとして、ジャニーズ事務所を「注意」したというものだった。

公取委の調査は2018年から事務所やテレビ局関係者、被害当事者の事情聴取を中心に行われ、その結果、事務所が圧力をかけた事実は確認されなかったものの、局関係者が「制作側が事務所側の意向を忖度することはあった」と認めているとする報道もあった。

公取委の「注意」とは、違反行為の未然防止を図るために取る措置で、違反行為の存在を疑うに足る十分な証拠が得られないものの、「違反に繋がる恐れがある行為」が見つかった場合に講じられるものだ。これは、公取委の対応としては決して軽いものではない。

一般企業でもあるテレビ局は、その重さをよく承知しているのだろう。
報道後初となった同年7月19日、東京オリンピック・パラリンピックの大会スタッフ、ボランティアが着用するユニフォームの発表イベントに、ユニフォーム選考委員を務めた香取慎吾さんが登場すると、各局のニュース番組はこぞってこれを取り上げた。
テレビ局、事務所ともに、指摘されたような「圧力」の存在は否定したものの、皮肉なことだが結果的にこのテレビ側の極端な変化こそが、公取委が「注意」するに至った状況が事実であることの証明になった。

とはいえ、この件はオリ・パラという公共性の高い話題だったという特殊条件もあった。(それにしても、以前はそのような話題でも取り上げられていなかったのだが…)
したがって、当時私は本当に状況が改善されたかどうかは3人の本業、つまり音楽や舞台や映画やCMの話題でも取り上げられること、そして在京キー局の番組やドラマへの出演、さらにジャニーズ事務所所属タレント、特にSMAPの元メンバーである中居正広さん(後に独立)や木村拓哉さんと3人との共演を見るまでは明言できないと考えていた。

そして、この7月であれから1年。
裏の事情を知る術を持たない一般人である私にできるのは、目に見える事象を観察すること、そしてその観察から得られた情報をもとに考察することだけだ。
しかし、それをきちんと記録しておくことにも何かしらの意味があると思っているので、ここに残しておきたい。

■変化したもの、しないもの

結論から言えば、あの「注意」を契機に好転したように見える部分は確かにある。
しかし、大きな変化はむしろ当事者である彼ら以上に、業界のあちらこちら、周辺で起こっているように見える。
そして、それでもなお変化しない部分についてはより巧妙に、強固になっているとも感じる。

彼らに関しての大きな変化は在京キー局地上波放送の情報番組やニュースなどで、全てではないものの、彼らの芸能活動について報道される頻度が確実に増えたことだ。
もっとも詳細に見ていくと、例えば同じ朝の情報番組と言っても、その番組のメインとも言える時間帯ではなく、それより早い時間帯のみでの報道だったり、通常は同じ局であれば、その日一日にわたって複数の番組で同じ話題が取り上げられるケースがあるにもかかわらず、特定の番組のみでしか取り上げられなかったり、という例も少なくない。

それでも「注意」前には報道されなかっただけでなく、関連のトピックが報道されたケースでも、そこにいたはずの彼らの存在だけが不自然に消されるなど、明らかに違和感のある状況が続いていたことを考えると、これは大きな変化だと言える。
ただ一方で、これまでは頻繁に彼らの話題を取り上げていた地方局の情報番組が、如実にその頻度を減らしている例があるのが気にかかる。

「注意」の大きな焦点であった、地上波番組への出演回数についても変化があった。

この1年で単発では
スッキリ(日本テレビ:複数回。稲垣さん、草彅さん、香取さん)、ほんとにあった怖い話20周年スペシャル(フジテレビ:稲垣さん)、逆転人生(NHK:草彅さん)、ゴゴスマ(TBS:香取さん)、NHK俳句(NHK:稲垣さん)、あさイチ(NHK:草彅さん)、ダウンタウンのガキの使いやあらへんで大晦日スペシャル 絶対に笑ってはいけない青春ハイスクール24時!(日本テレビ:稲垣さん、草彅さん、香取さん)、100分de名著スペシャル・100分deナショナリズム(NHK:稲垣さん)、出川哲朗の充電させてもらえませんか?(テレビ東京:稲垣さん、草彅さん、香取さん)、内村カレンの相席どうですか(フジテレビ:香取さん)、SONGS(NHK:香取さん)、人志松本のすべらない話ザ・ベスト(フジテレビ:稲垣さん、香取さん(再放送))、ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!(日本テレビ:稲垣さん)

レギュラー出演として、不可避研究中(NHK:稲垣さん)
ドラマ出演として、スカーレット(NHK:稲垣さん)
と「注意」前に比べると、明らかに出演頻度が増えていることがわかる。
これに、従来からのレギュラー番組と衛星放送のBS番組が加わる。

この期間の地上波の出演番組の特徴としては、NHKの割合が比較的高く、テレビ朝日はゼロであったこと、民放番組の主な共演者(その番組の主要な出演者)が「注意」前には共演していなかった吉本興業所属であったこと、それ以外では、彼らがCM出演をしている企業が番組スポンサーだったことなど、一定の傾向が見られる。
これらのことは、番組のキャスティングに関して各局が弁明していた「視聴者ニーズの有無」以外にも、実際には様々な要因があること(それは視聴者である私でさえ暗黙の了解ではあったのだが)をいみじくも証明することになったとも言える。

SMAPとしての楽曲や出演作などの過去映像の放映に関しては、「注意」前から、歴代のヒット曲を紹介する音楽番組や過去の人気番組・ドラマなどをまとめた番組で、取り上げられて然るべき楽曲や出演作が紹介されなかったり、紹介されても不自然に画像を編集されて放映されるという例が散発していたが、これについては「注意」後も番組ごとで対応が異なり、全体としての変化を見て取ることはできない。
気になるのは、これまではこうした特集番組で一貫してSMAPの過去映像を放映してきたテレビ東京が、直近の2020年6月に放送された「テレ東音楽祭2020夏」の中でSMAPの楽曲を一切取り上げなかったことだ。
同番組では、彼らと同じくジャニーズ事務所を退所している複数名の映像は流されたことを考えると、これはとても奇異に映る。

余談だが楽曲と言えば、SMAPの楽曲は現時点でストリーミングサービスの対象外だ。
通常、ストリーミング配信の可否はアーティスト本人(と通常は管理業務を委託されている所属事務所)やレーベルの判断になるが、SMAP楽曲のレーベルであるビクターが他のアーティストに関してはストリーミング配信に門戸を開いている一方、SMAP関係の権利を有すると思われるジャニーズ事務所が、現時点では所属タレントの楽曲配信を部分的にしか解禁していない状況を考えると、なぜこのような状況になっているかの理由は自ずと想像がつく。
そして、解散後のSMAP楽曲の実演については、現在もジャニーズ事務所所属の木村拓哉さん以外は誰も行っていない。

こうした中で全く変化がないのが、3人と木村拓哉さんを含むジャニーズ事務所所属タレント、そして2020年4月に独立して今はジャニーズ所属ではない中居正広さんとの共演の状況。
そして、彼らが出演した過去の映像作品の再放送や各局の動画配信サービスでの配信の状況だ。
これには
誰のためのテレビー放送されない『プロフェッショナルSMAPスペシャル』

で紹介したNHK制作のドキュメンタリー番組のように、多くの視聴者からのリクエストがあり、なおかつ放送局の公式ツイッター自身が再放送の可能性を模索していることを公言する番組も含まれる。
SMAPの過去映像を巡るこうした状況に関しては、下記のような記事がある。

「テレビ局は映像を勝手に流せるわけではありません。事務所の許可が必要です。今、木村拓哉以外のメンバーはジャニーズ事務所所属ではありませんが、当時の映像の肖像権はジャニーズにあるので、事務所がゴーサインを出さない限り、オンエアはされません。よく過去の映像をまとめた音楽番組でSMAPがオンエアされないと、ネット上でファンからテレビ局への不満があがっていますが、局は流したくても流せないんです。NHKはそんな事情を知ってほしい意味もあって、ツイートしたのかもしれないですね」(テレビ局関係者)

ニュースサイトで読む: https://biz-journal.jp/2020/04/post_154899.html
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この場合の「肖像権」は主に「パブリシティ権」で、その肖像(この場合はSMAP)が持っている「顧客吸引力の利用」で生じる利益を得る権利のことを指す。
つまり、この権利はそれを行使することで生じる財産権の保護を目的としてているわけで、せっかくその権利を有していて、映像使用を了承すれば利益を得られるにもかかわらず了承しないというのも、それなのになお、その権利を独り占めするのも、論理的に考えればまったくの不合理だ。

もちろん過去映像の放映に絡んでは、時にはテレビ局側の表現の自由や視聴者側の知る権利と、演者側の肖像権やプライバシー権の間に葛藤が生じる場合もあり得る。一般的には、他の権利を盾にして別の権利を侵害するなら、当然のことながら相応の理由が必要になる。
こういう基準に当てはめてみても、現状のように受け取りたい人が数多くいて、著作権者も提供したい過去映像を、プライバシー権も財産権の侵害も考えられない状況で阻む正当な理由があるとは考えにくい。
ただし、これまでの経緯を考えると、中にはそもそも局側が事務所に忖度して、最初から映像の許可申請自体をしていないケースもあるだろう。

いずれにしても、持っている権利を行使するもしないも、あくまでも所有者の自由であるし、その権利の正当性が正式な契約に基づく限りは違法としては問えないのが現状である。そして傍目には、利益を得ることのできるその権利を行使しない事務所側の不可解な選択について、何かしらの「悪意」を立証することも簡単なことではない。
こうした客観的に見ればいかにも不合理で矛盾に思えることの多くは、もはや公取委の範疇を越えた様々な法律や権利解釈の狭間で起こっているように見える。
現在ある法律では、芸能人の独立を巡るこうした事態に対応しきれていないことが、今なおこの部分での改善を遅らせている要因であることは間違いないだろう。

■その権利は誰のものか

ここで注目したいのが、公取委の「注意」がもたらした「彼ら以外」の周辺への変化だ。
正確には「注意」後に、その流れの中で公取委が改めてまとめた「芸能事務所を退所した芸能人の活動を一定期間禁止する契約は独禁法違反に当たる」とする見解の影響だ。
これを受けて、多くの芸能事務所が加盟する日本音楽事業者協会では、公取委の助言も得ながら、従来芸能事務所とアーティスト・タレント間で結ばれていた契約書のひな型「専属芸術家統一契約書」の一部を改訂し、2019年12月3日には変更点を公式発表した。

特に重要な変更点は、
・強制的な印象を与える「統一契約書」の名称を「専属アーティスト標準契約書」に改めたこと。
・「移籍」および「契約期間延長」に関して、改めて「移籍金」についての内容を明確に契約条項に盛り込んだこと。 具体的には、「アーティストの知名度(パブリシティ価値)、業績、稼働年数と、プロダクション側がそのアーティストに投下した資本に『不均衡』が生じている場合に限り、1回だけ延長を請求することができる『期間延長請求権』を明確化し、アーティスト側がその不均衡を補てんできる「移籍金」の支払いによって契約を終了させることができるようにし、契約終了後に一定期間芸能活動を制限する「競業避止義務」は効力がないと明記した。
・契約期間中に使用した『芸名』の権利は、従来通り事務所側に帰属するが、「その芸名の知名度(パブリシティ価値)」に対してプロダクションとアーティスト、双方の『貢献度』に応じて、別途協議する」という内容に改められたこと。

もちろん「移籍金」や「貢献度」についての評価など曖昧な点も多いため、透明化は必須課題であり継続的な議論が必要だ。
だが少なくとも下記の記事にあるように、協会の責任者が公に
「(独立後に一定期間干す行為は)これは契約違反だとか独禁法違反という前に、憲法違反」
「芸名の場合、プロダクションとアーティストの協働による努力の結果得た名声は両者共有の価値であると考えています。まさに無名から有名になった後、そのプロダクションを離れれば、そこに含まれる大きなパブリシティ価値はアーティスト本人にのみ保有され、プロダクション側はそれを享受できません。(それはある種の不均衡であるので、説明の上、アーティスト側に理解を得なければならない)」
と明言していることには意味がある。

それはつまり、
独立することを、あたかも罪悪のように取り扱って罰を与えるように「干す」ことは、憲法に定められた「職業選択の自由」という人権の侵害であること、
プロダクションとアーティストの協働による努力の結果得た名声は、プロダクションを離れたら、あくまでもアーティストのものとなるのが本来のあり方であり、アーティスト側の理解によって、その幾分かがプロダクション側にシェアされることはあっても、そのほとんどをプロダクション側が占有する状況は、まったく不自然であることが明確にされているからだ。

実態はどうであれ、業界最大の協会関係者によってこのような「原則」が示されたことは、独立後の芸能人が置かれている現状を改善していく上では大きな成果だと言って間違いない。

課題山積みの芸能人の移籍問題 契約書改訂した音事協を直撃「双方が納得できるよう契約内容を透明化」 (ORICON NEWS)

事実、芸能界では既にこの「成果」の影響が出始めてもいる。
下記でライターの松谷創一郎さんが指摘しているように、2019年下半期以降、大物と呼ばれる芸能人の独立が相次いだ。
そこにはジャニーズ事務所を退所した中居正広さんも含まれる。
これについて松谷さんは記事の中で、「もちろん独立の事情はさまざまではあるが、公正取引委員会の存在が芸能人の背中を後押ししているのは間違いない」としている。

変化する芸能人、変化しない芸能プロダクション──手越祐也・独立記者会見から見えてくる芸能界の変化(松谷創一郎)

またここには触れられていないが、今年4月に独立した中居さんが、今のところ地上波レギュラー番組が継続し、新規のレギュラー番組開始の予定もあり、ジャニーズ事務所所属タレントとの共演も可能という、同事務所の退所タレントの中では「異例」の状況にあることにも、この期間の公取委の動きは遠からず関係しているのかもしれない。

ただし、今回の松谷さんの記事のきっかけとなった手越祐也さんのジャニーズ事務所退所に関連して、ジャニーズタレントのレギュラー番組を多く抱える日本テレビによるジャニーズ事務所への「忖度」の存在を伺わせるような手越さんの発言を見る限り、中居さんの出演番組の動向についても今後を注視していく必要がある。
何より、ジャニーズ事務所は前述の日本音楽事業者協会に属していない。だから、協会が示したような「原則」など関係ないと開き直ることは可能だ。
そして、これも先に書いた通り、中居さんと新しい地図の3人、木村拓哉さんとの共演は未だに実現していないことを忘れてはならない。


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彼らは今でもそれぞれに頑張っていて、たとえ地上波テレビでの露出は限られていても、たくさんの人の目に触れる機会を保ち続けている。
だからこそ、視聴者である私たちは理不尽なことには理不尽だと声をあげ、その背後で起こっていることへの注目を集めて、少しずつでも世論を喚起していくことが大切なのだと思う。
個人的には、現存する多くの課題を解消するために、将来的には何らかの法整備(出来うることなら、過去にまで遡って不当な権利契約を是正できるような)が不可欠だと考えているが、それがない今は、たとえ現時点では「違法」とは言えなくても、エンターテインメントを提供する側の、人を楽しませ喜びを与える「本分」と照らし合わせた道義的な責任は問われるべきだ。

彼らを「見る権利」を奪われているのはファンだけではない。
そこには、テレビの中の彼らを見ることが当たり前であった日常を、知らない間に奪われたことに、まだ気がついていない人たちも含まれる。
今許されているわずかな機会に、彼らの歌声を聴き、彼らの姿を見た多くの人たちが口にする安心感や多幸感もまた、いつのまにか不当に奪われてきたものだ。
おかしいものをおかしいと言い続けることで、状況を変えるチャンスが出てくることを心から願う。

この数年、そしてこの1年間で思い知らされたのは、大きな権力の前での自分の力の小ささだ。
それでも、小さな力を寄せ合って、絶えることなく声をあげ続けるなら、強大に見えた壁に小さな穴を開けることはできるとも知った。
その穴は今はまだ小さくて、すぐにでも塞がれてしまうかもしれないけれど、それならまた新しく開けるところから始めればいい。
そうやって「勝つまでやる」ことを諦めさえしなければ
その穴はやがて、新しい世界を開く扉になるかもしれない。

今もなお彼ら自身の放つ輝きゆえに、仲間はきっと、これからも増えていく。

私たちは微力だ。でも、無力ではない。


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