走るしかない夜
もう走るしかない、そんな衝動に駆られる夜がある。
2ヶ月に1回くらい。
たぶん何かを変えたくて、現状に満足してなさすぎて、積もり積もった鬱憤の捌け口がなくて、ただただ走る。
何も持たず、音楽も聞かず、本当にただ一心不乱に走るだけ。
だいたい3キロくらい。
勘違いしてもらいたくないのが、走りたくて走っているわけではない。
走らざるを得ないのだ。
自分ではもうどうすることもできないくらい頭が重く、心が軽く、自分が自分じゃなくなる、誰かに支配される感じ。
そんなときに走るしかない選択肢を迫られる、だから走る。
走り出す前は「だりい、なんで今から走らないけんの」とかも思う、でも走る、手抜きなしのマジ走り。
走った後も死ぬほどきつい、きつすぎて爽快感などない、でもまた走る、その時が来れば。
先週のある日、朝起きると誰かに殺してほしくなった。
寝起き早々こんなこと思うのは僕だけだろうか。
3日に一回は思う。
「死ぬ勇気がないだけの朝」僕はそう呼んでいる。
顔を洗おうと、鏡の前に立った。
1番目が合いたくないやつと目が合った。
何故か動けなかった、1分ほど見つめた、そのときに思った。
「今日はなんか走りそうやな」
支度を済ませ、新宿に向かった。
大久保公園でネタ合わせからのライブ、いつもの流れ。
あまり手応えなし、これもいつもの流れ。
たまたま居合わせた同期と喫茶店へ。
いっぱい喋っていっぱい笑った。
喫茶店の雰囲気も最高、店員さんの感じも良すぎる。
それだけでとても心が晴れた。
清々しい気持ちで帰った。
帰宅後、ベッドに座っているとヤツがきた。
あんなに心が晴れたのに、清々しい気持ちで帰ったはずなのに。
一人になると襲ってくる。
僕を支配しようとする。
そろそろかなとは思っていたが、案の定すぎる。
やっぱり今日か。
今朝、感じたことが的中した。
「はあ、、走るか」
重い腰を上げ、家を出た。
いつもの河川敷沿いを走った。
過去最速で左脇腹が痛くなった。
まだ100mぐらいだというのに、先が思いやられる。
一度走り出したらゴールするまで止まってはいけないというルールを課している。
だから、信号待ちでもその場でジョギングした。
恥ずかしかったが止まることは許されない。
マグロみたいだなと思った。
途中、中学生男児に抜かされた。
抜かされたのに、その後の男児と僕のペースは何故か変わらなかった。
男児と2mほどの距離を保ったまま、走り続けた。
遠くで光が走っていた。
超低空飛行のUFOかと思ったが、よく見ると電光首輪をつけた犬だった。
チャリを漕ぎながら、大声で歌う2人組の男子が見えた。
どんどん距離が近づいてくる。
そしてすれ違った。
すれ違う間際も声量が変わらなかった。
微笑ましくてニヤついた。
その後すぐ、階段に座りながら大声で歌うおっちゃんを見かけた。
こんな立て続けにアーティストに遭遇するなんて、今日はついてる。
どうやら河川敷は羞恥心を捨てさせてくれるらしい。
ベンチに座っている男女を見た。
微妙な距離感だった。
「河川敷なんやけもっとイチャイチャしろよ、恥じらいを捨てろ、このぉ」と頭の中で思った。
3キロ走り終わり、走った道を折り返して歩いた。
すると、さっきのカップルが寄り添い合っていた。
夜の河川敷は美しかった。
次いつ走らざるを得なくなるかわからないけど、ちょっとだけ次が楽しみになった。