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飼い猫を亡くした話(3)

モナカがやって来た翌年、我が家にさらに大きな変化が起こる。

その頃、僕らはアパート住まいから戸建てに引っ越しをして(ウチの猫たちは新居にもすんなり移ってくれた)、1年くらい経っていた。
春から初夏への季節の変わり目で、ちょうど春に産まれた子猫たちが、ちょこちょこ歩いていたりする時期だ。

我が家の近くには小さな畑がいくつかあって、そのうちの1つを根城にしている猫一家がいた。
若い母猫と産まれてひと月くらいの子猫4匹で、通りすがりに見かけては微笑ましく眺めていた。
ただ、すぐ近くの道路は車が通るし、小中学校の通学路でもあるので、交通事故や子どもの無邪気さゆえのアクシデントが起こりそうに思えた。

結果、いろいろあって、この猫一家を我が家で保護するのだけど、それが大きな転機になってしまったように思う。
今以上に猫を増やすのが彼女に良くないことは想像できたのに、それでも保護したのは間違いなのかも知れなかった。

猫一家を保護してから、我が家の中心は猫一家に変わった。
彼女が怒る回数は、モナカがやってきた時よりもさらに増えた。

我が家にきた母猫と子猫3匹(4匹の子猫のうち1匹は保護する前に行方不明になっていた)は、専用の部屋で暮らすことになった。
彼女とモナカにも引き合わせて、一緒に過ごせるようにしたかったけれど、彼女がとにかく攻撃的になってしまって断念せざるを得なかったのだ。

それでも、当時はそこまで深刻に考えてはいなかった。
猫一家は「貰い手が見つかるまで一時的に保護するだけ」のつもりだったし、しばらく時間をかければ、徐々に彼女も慣れるだろうと考えていた。

だがそれは、甘い考えだった。
貰い手はすぐには見つからなかった。
そして、彼女は新参者と一緒に暮らすことを、頑として認めなかった。
部屋の一つが閉ざされていることが不愉快だし、その部屋にいる連中も大嫌いなのだ。

僕らは貰い手を探して奔走した。
子猫のうち、次女と末の男の子は素晴らしい里親さんに恵まれたのだけど、母猫と長女猫は貰い手が見つからず、結局、我が家の一員になり、我が家の飼い猫は4匹になった。

長女猫は、貰い手を探しているときに、親離れのため母猫との同室から妻の部屋に移され、彼女が入れない場所はさらに増えていた。
長女猫が我が家と僕らに慣れた後、妻の部屋は解放されたけれど、彼女の聖域だった妻のベッドは、もう、彼女だけの場所ではなかった。
その頃から、彼女はよくイライラするようになった。

常に最上位にいたはずが(彼女はお姫様なのだから当然だ)、そうでなくなったのに気づいて、儘ならないことに苛立っているようだった。
実際には、他の子たちの世話で大変とはいえ、僕らにとって彼女はお姫様のままだったのだけど、彼女にとっては十分じゃないのだ。

僕らが他の子の世話を焼いたりするのが気にくわず、自分がたっぷり可愛がられた後でも、他の子の所へ行くと途端に機嫌を悪くした。

元々、自分から甘えることをしてこなかった彼女は、僕らと一緒に過ごしたい気持ちがあっても、他の子の前では甘えたりしなかった。
モナカや長女猫がいると、不機嫌そうに部屋を出ていき、独りで過ごすことも増えた。

いつも僕らと一緒にいたがった彼女が、そんな風になってしまい、心苦しいし寂しい思いもあったけれど、同時にある種の諦めもあった。
彼女だけのためには生きられない。
ワガママお姫様の彼女自身が変わらない限り、これは仕方のないことだと。

やがて、保護から半年ほど経ち、母猫は変わらず専用部屋で過ごしていたけれど、長女猫は彼女とモナカにだいぶ馴染んできた。
長女猫は陽気でマイペースな子で、年上の先住猫と仲良くしたがり、素っ気ない2匹の態度にもめげずに愛想を振りまいてきたのが、実を結んだのだ。

かつては彼女だけの聖域だった妻のベッドで、モナカと長女猫と彼女、3匹一緒に妻と眠るのが、日常の風景になった。
でもこれは、彼女が望む世界には、ほど遠かった。
モナカや保護猫母娘は、周りの変化に合わせて上手く生きているのだが、彼女はそんなことはしない。
周りが彼女に合わせるべきだと、それが当然だと、不機嫌な態度で示していた。
そうして、いつか自分の理想の世界が戻ってくるはずだと、そう信じているようだった。

しかし、そうはならなかった。それどころか、より悪くなった。
僕ら夫婦に、待望の第一子が誕生したのだ。
これは彼女にとって決定的な出来事だった。
もぞもぞと動いてけたたましく泣く息子を、彼女は疎ましく感じていたようだけど、同時に、この子が僕ら夫婦にとって、群を抜いて特別だということも、はっきり理解したようだった。

これまで以上に彼女の相手をする時間はなくなって、彼女は、諦めたように独りで過ごす時間が長くなっていった。
我が家の中は、完全に、彼女に居心地の良い場所ではなくなった。
たまに、彼女と二人きりで過ごすような時は、今まで以上に嬉しそうだったけれど、そんな彼女を可哀想に思う反面、ワガママで世話の焼ける彼女をしんどく感じたのも事実だった。

それでも、子育てに余裕ができてくれば、彼女と過ごす時間も増えるし、今の慌ただしい環境にも、次第に彼女が慣れてくれるだろうと期待していた。
だいたいのことは時間が解決してくれるものだ。
そのはずだった。