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映画感想『NOPE/ノープ』(2)

『NOPE/ノープ』の感想つづき。
ネタバレしてますのでご注意ください。
前回はこちらです。
https://note.com/ke_es/n/n01fd705e6dcd

今回は、登場人物たちについてです。

リッキー“ジュープ”とゴーディ


この作品を良い意味で掻き乱してくれるお二人です。
おそらくジュープの回想と思われる、ゴーディ暴走事件のシーンは、冒頭と中盤の二度に分けて出てきますが、どちらもキレキレで素晴らしいんですよね。
初見時は、冒頭のシーンで完全に心掴まれました。
静まり返った撮影現場、ソファからのぞく倒れて動かない誰かの足、落ち着かない様子で座り込むゴーディ、血にまみれた手。
被らされていた帽子を、不機嫌そうにはねのける彼の向こうで、不自然に直立した靴。
思わず拍手しそうでした。「すげえ…… 完璧なファーストカットだよ」と。
この事件をヘイウッド兄妹に語るジュープの様子がまた絶妙なんですよね。
触れたくないトラウマではない、武勇伝として誇るわけでもない。
事務所に特別な一室を設けて、さながら博物館のように当時の資料を保管している。
その事を訊ねてやってくるファンがあれば、快く招き入れ、事件について立て板に水と語るジュープ。
ただ、それを自分の実体験としてではなく、噂を元にしたパロディドラマを通して話すところに、未だに消化不良なままの、清算できていない過去であることが窺えます。
彼自身、この事件が一体何だったのか、分からないまま生きてきたのでしょう。
一つ、彼が確信している(あるいはそう信じたい)のは、あの凄惨な“最悪”を生き延びたのは、何かの導きや加護による“奇跡”だということです。
直立した靴はその象徴で、自分は選ばれた主人公なのではないか。そんな幻想を抱いてしまった。
子役として成功してから現在に至るまでの彼について、作中では語られませんが、苦々しい挫折があったのかも知れません。
子役時代のことを語る彼には、自虐めいた哀しみが滲んでいるようにもみえます。
俳優として大成できず、子役時代の知名度をネタに生計を立てている自分に、忸怩たる思いもある。
そんなジュープがGジャン(UFO)と出会ってしまうことで悲劇が起きてしまうのですが、ジュープがなぜGジャンを見世物にしようとしたのか、その理由は説明されません。
ゴーディの事件以来、抱いていた幻想が真実であると信じたかった。先進的で高度な文明を持つ彼ら(とジュープは思っていたでしょう)に選ばれたんだと、自分こそが主人公なんだと証明したかった。そんなところでしょうか。
現実には、ゴーディの事件で生き延びたのはテーブルクロスで視線が遮られていたからだし、靴が直立したのも偶然だし、Gジャンは円盤型の異生物で見境ない捕食者だったのですが。
ジュープに訪れた、“最悪の奇跡”二つ。
ゴーディの事件とGジャンとの出会いに、明確な『E.T.』と『未知との遭遇』のオマージュをかぶせているのが、シーンをより際立たせ、強い印象を残します。

エンジェル


オカルト好きでテクノロジーに強くて人が良い。脇役らしい脇役。
モデルの元カノエピソードとか、タルタル最強とかの愛すべき隣人キャラに加えて、なんだかんだ監視カメラの面倒みてくれたり、スカイダンサー結界の敷設をきっちりやったり、ホルストのサポートをそつなくこなしてたりと、実はデキる男。同僚との絡みも割と好きです。
Gジャンに捕食されそうになり、鉄条網を命綱にして耐えるシーンはアツかった。
メンバーが揃ったあとの作戦会議で、エメラルドとグータッチするとこが良いんですよね。
完全に妄想ですが、ホルストの撮ったIMAXフィルムを彼が見つけ、ドヤ顔でヘイウッド兄妹に合流するエピローグが僕の脳内で出来上がっています。

ホルスト


声が渋カッコよすぎる伝説の映画カメラマン。
出てくる時間は短いのに存在感のすごい御方。
合流するまでに2回、彼が自室で電話を受けるシーンがあるんですけど、そこだけで「こいつは凄腕のヤバいやつ」って伝わるのが素敵。
彼が見てるフィルムが、1回目は野生動物の「眼」だけ、2回目は野生動物の「捕食」だけを映しているのが、作品テーマの示唆にして、彼の偏執的なキャラクターの説明にもなっているのが、実にスマート。
その撮影に対するこだわりで命を落とすことになり、その上、えらい騒ぎになっちゃうんですけど、「こいつならしゃあないな」と、そう思えるところがキャラの強さですね。
あのシーン、前フリで「不可能は撮れない」と言っておいてからの「不可能を撮ってみせてやる」という妙な熱があって、まあカッコええんですよ。
台詞もいちいち意味ありげな言い回しが多く、それもカッコよくて記憶に残る。
好きなのは、作戦会議で、OJの「……だが、根性は折れる」を受けての「お前が折れ。俺は撮る」のところ。
あの作戦会議シーンは、本当にアガります。
話は逸れますが、あの会議中、地図にコマを使って配置決めしますが、そのコマが“モノポリー”なのは、テーマへの目配せかしらん。

Gジャン(UFO)


UFO=異星人の宇宙船、と思いきや!なとこが楽しい。
作品テーマを、その身で、ありのままに、プリミティブに体現する素敵な子。
デザイン、捕食シーンの画力(えぢから)、モグモグタイムに悲鳴だだ漏れなど、どれも魅力的ですが、やっぱり少し間が抜けてて本能に素直なところがチャーミング。
一杯食わされてムカドタマになり、形態変化するのも素晴らしい。
威嚇するのも野生動物みたいで良い。
大きさ、デザイン、移動のあり得なさは完全に地球外産なのに、捕食や威嚇行動が妙に地球産ぽく、そこが可愛らしさの理由かも。
テーマに沿って考えると、UFOって、昔から消費され続けてきた、見世物の最たるものなわけですから、Gジャンは今まで勝手に撮られてきたUFOたちの、復讐を担ったキャラクターだとも言えるのかも知れません。
あと、Gジャンと名付けられることで、ヘイウッド兄妹にとってどんな存在なのかが明確になり、作品に一本、筋が通ったように思います。

OJとエメラルド


主人公のヘイウッド兄妹。
彼らの凸凹関係はドラマの軸ですが、距離感が生っぽくて感情移入しやすいです。
寡黙で口ベタお兄ちゃんとイケイケ元気な妹ちゃん。
二人の性格はピール監督自身から来ているそうですが、そのせいなのか、観ていて「馴染む」感触があります。
「脚本上、こう動いてほしいからこういう性格してるよ」というのではなく、一個人として親しみやすいと言うか。
OJは、寡黙、というより陰鬱くらいの印象がありますが、これは父親の不幸な死が強く影響しているのでしょう。
多くを語らない人物ですが、彼が父親を非常に尊敬しており、家業に誇りを持っていることは、作中、端々から伝わります。
そんな父親を、納得も理解も出来ないままに失い、苦しいながらも続けてきた家業は自分一人でままならない。
大切な馬たちを手放さなければやって行けず、牧場自体を売りに出すのも時間の問題。
父親を亡くして半年後にこれですから、OJ、かなりしんどいです。
ただ、それ以上に、父親の死の不審さが、彼を捕らえていたのかも知れません。
父親の致命傷となった、頭蓋内に突き刺さった空からの硬貨。
それは、仇のような、形見のような、やりきれない思いの象徴として、彼の部屋の壁に留められています。
そんなOJと対極にあるのが、妹のエメラルドです。
父親の牧場を、兄と共同経営している体のエメラルドですが、実際のところ、牧場経営には興味なし。
彼女の夢は、歌手、ディレクター、その他もろもろ。牧場は副業でしかありません。
普段の彼女の生活がどんなものか、作中では明らかにされませんが、牧場にはほとんど帰らず、兄のOJとも顔を合わせることは少ない様子であるのが、序盤、撮影現場から帰る際の会話から分かります。
独立心の強そうな彼女のことですから、成年後には家を出て、夢を追いかけているのでしょう。
そんな兄と妹の、少し遠くなった距離が、逆にOJを救うことになったのかも知れません。
父親の死に捕らわれているOJは、目撃したUFOについて、エメラルドに打ち明けます。
それを聞いたエメラルドは、こともなげに「バズり動画」に撮ることを提案します。
この、当事者というよりは、少し引いた第三者的な回答によって、OJは自分の鬱積の行き場を見つけるのです。
その後、疎遠になっていた二人は、UFO撮影を通して、かつての信頼関係を取り戻していきますが、そこで象徴的に語られるのが、馬のGジャンのことです。
Gジャン(馬)は、始めはエメラルドに与えられる予定だったのですが、ハリウッドでの映画(『スコーピオン・キング』)撮影のため、それがふいになってしまいました。
これは、OJにとって父との初仕事でもありましたが、撮影には結局ラクダが使われたというオチまでつき、兄妹には苦い記憶として残っています。(エメラルドの趣味がバイクなのは、この時の反動かも知れません)
この前振りを後半で次々に回収していくのが、あたかも復讐劇のようであり、心高ぶるポイントです。
UFOへの名付け、決戦の場でOJが身に付けるパーカー、Gジャン(UFO)越しに交わすハンドサイン……そして、最後の撮影(シュート)で使われるのは硬貨。
エメラルドが絞り出すように叫ぶ、「誰も私たちには勝てない!」という勝利宣言は、ヘイウッド兄妹のみならず、父親、先祖の黒人騎手、諸々の先人たち(そこにジュープも含まれていることを願います)の思いが渾然一体となり、叩きつけられます。
兄妹の絆を示すこの場面に、今までのあれやこれやが上乗せされる高揚。
これが『ノープ』を忘れ得ぬ作品にしている熱量に他なりません。

これで、感想は終わりです。
ちまちまと、書いては消しを繰り返して時間がかかってしまいました。
出来れば、池袋のグランドシネマサンシャインで、IMAXレーザーGT観賞したかったなあ。