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飼い猫を亡くした話(2)

2歳を過ぎた彼女は、すっかり大人の猫に成長していた。

人間で言えば、20代後半に差し掛かる頃で、子猫時代の、あの魔法のような愛くるしさは失われつつあったけど、すらりとした美人になっていた。
中身は昔と変わらぬまま。

当時の悩みは、日中の彼女のことだった。
僕ら夫婦は共働きで、妻はパートタイムとはいえ平日のほとんどは家におらず、彼女はほとんどの時間を独りで過ごしていた。

妻の実家が近いので、昼の間、彼女を預けたりしていた(僕らはこれを保育園と呼んでいた)が、妻の両親も働いていたので、状況はあまり変わらない。
妻の実家の先住猫と犬は、とても優しい子達だけど、彼女にとって満足できる相手ではなかったようで、退屈しているのは明らかだった。

普通の飼い猫は、自分の時間と飼い主と過ごす時間を両方持っていて、独りの時間もそれなりに楽しく過ごしているものだ。
彼女はそうではなかった。いつでも僕らと一緒にいたがった。

妻はそれを心配して、彼女の相棒を探すことにした。
一番良いのは子猫の男の子。元気でサバサバした子ならなお良し。
彼女の遊び相手にちょうど良いはずだ。

ところが、やって来たのは、ふてぶてしい顔つきをした女の子だった。
歳は彼女より少し上くらい、驚くくらい彼女と似た柄だった。

譲渡会には子猫がおらず、妻は諦めて帰るつもりでいたのだけど、彼女と同じ柄の子を見つけて、なんだか貰う気持ちになってしまったのだと言う。
子猫でも男の子でもなかったことに少し戸惑ったけれど、二つ返事で、この子を貰うことを決めた。
我が家に来たのも何かの縁だし、どうしても折り合いが悪ければ、保護会に引き取ってもらうことも出来るはずだから。

新しい子はモナカと名付けられた。
身体の柄はよく似ていたけど、モナカは彼女とまったく違うタイプだった。
少し前まで半野良だったところを保護された子で、慎重派で賢く、力持ち。
強面で愛想無しの一匹狼だけど、慣れた人のヒザ上で落ち着くのは大好き。
手がかからない良い子で(トイレも爪とぎもすぐに覚えた)、まだ若いのに年寄りみたいな猫だった。

我が家にやってきたモナカは、用心深く、ゆっくりと、居場所を作っていった。
先住猫の彼女をよく観察し、機嫌を損ねないよう、部屋の隅で控えめに過ごす。猫社会で生きてきたモナカは、他の猫との生活をどうすべきか心得ていた。

ただ、彼女に対してはモナカの処世術も、なかなか上手くいかなかった。
彼女にとってモナカは、突然テリトリーに現れた邪魔者でしかなく(もちろん居室内の全てが彼女の縄張りだ)、友だちになるどころか、同族とすら思っていない様子だった。

彼女は、モナカにイライラしては、家から追い出そうと躍起になっていたけれど、モナカはしたたかで図太い子だった。
決して彼女とケンカせず、逃げの一手。隙を見ては、ご飯を食べたり甘えに来たり。
時には、彼女にいじめられて生傷を作ることもあったが、概ね上手く立ち回って、次第に、彼女もモナカがいることに慣れてきたのだった。

こうして、我が家の飼い猫は2匹になった。

「彼女の遊び相手を見つける」という目的はかなわなかったけれど、一緒に暮らしていくのは大丈夫そうで、ホッとした。
ただ、彼女が他の猫と仲良くやれなかったことは、僕に不安を残した。
産まれてからずっと、人間とばかり過ごしてきたせいか、他の猫との付き合い方が、よく分かっていないのかも知れなかった。
また、彼女自身、自分を猫だとは考えていないように思えた。