鋼鉄乙女のモン・サン=ミシェル戦闘記(18)
武器商人の表情が僅かに沈んだ。
沈黙が数秒続く。
「あ、あの……」
出て行き辛いことこの上ないが、ラドムは小さな扉から顔を覗かせた。
遠慮がちに声をかけたその時だ。
──バスッ!
何かの破裂音が耳をつんざく。
重く短い、こもったような爆発音である。
「銃声? ライフルか?」
それまで弛緩しきっていたアミの表情が一瞬で硬化した。
「シュタイヤーはどこだ?」
傍らの武器商人と顔を見合わせると、彼女はラドムを押し退けるように部屋を出る。駆け上がるような速さで縄梯子を登る後ろ姿。
正確な聴覚から、音の方向は分かっているのだろう。
地面に開けられたもう一つの扉に飛び込む気配が感じられた。
アミ、ラドム、ガリル・ザウァーの順で地下の廊下──幾つもの扉を抜ける。
最後の扉、ふわりと閉められたそれを開けた先には小さな部屋。
踏み込み、少女は息を呑んで足を止めた。
硝煙の香り、その中に立ち尽くしていたのは黒衣の男。
白い煙が薄くたなびく銃口を下げる。
彼の前に座り込んでいたのは小さな老人だった。
「シュタイヤー……?」
「ユージン・ストナー?」
ガリル・ザウァーとアミが同時に呟く。
何が起こったのだ?
ユージン・ストナーが怪我をしている様子はなかったが、その細い目は恐怖に見開かれている。
ライフルは元々数キロ離れた先の目標を狙う銃器である。
弾は当然それだけの距離を飛来しても尚、人間の骨を貫通出来る強度を備えてなければならない。
「あっ、わたしの義手(うで)が……」
アミの視線の先──ライフル弾を至近距離で喰らって粉々に飛び散っている繊維の塊は、元は細い棒状のものだったように見受けられる。
アミの義手だ。
本人(アミ)でなければ、破壊されたそれが人造の腕だとは気付かなかったろう。
銀の少女は自身の腕に、というより腰を抜かした老人の元に駆け寄った。
「大丈夫か、ユージン・ストナー。シュタイヤー、なぜこんなことした?」
しかし陰気な声がアミの足を止める。
「アーミー、その男はガリルの情報を持ってドイツに行くつもりだ」
「えっ……」
少女は中途半端な位置で立ち尽くした。
「シュタイヤーの言うことは本当なのか、ユージン・ストナー」
素直すぎる彼女の問いに狡猾そうに目を細め、老人はこう答える。
「アーミー、よく聞いてくれ。シュタイヤーには気を付けろ。この男は……」
しかし紡ぐ言葉はそこで途切れた。
「アーミーさん」
ガリル・ザウァーが告げたのだ。
「アーミーさん、その男を殺しなさい」
「な、何言って……」
少年の喉がゴクリと鳴った。
地下の空気が凍るように冷たくなる。
アミの表情が変わった。
「ころす? 分かった。ガリル・ザウァー」
アミの声はいつもと変わらなかった。明るい声、少し舌っ足らずなその口調。
だが、灰色の瞳は硬質な意志に細められている。
瞬間、彼女は全身から鋭い殺気を放った。
「アミ……?」
己の背に走る戦慄をラドムは自覚した。
そうだ。初めて船で出会った時、彼女はたった一人で幾人ものドイツ兵を、そしてあのナイフ使いをも凄まじい力でねじ伏せたではないか。
血を啜った金属の右腕、それからナイフ使いの言葉が記憶に蘇る。
「アイゼン・メルダー……?」
それは鋼鉄の暗殺者という意味だ。
ガリル・ザウァーの号令と共に少女は鋼鉄の右腕を構えた。
老人に向けて一気に間合いを詰める。
抵抗どころか、悲鳴すらあげる時間もない。
──ガリッ。
肋骨の砕ける響き。
臓器にめり込む鉄の匂い。
そして心臓が潰れる嫌な音。
全ては一瞬の出来事だった。
「アミ…………」
止めることも叫ぶことも出来ず、少年は目の前の惨劇に見入られる。
腹の傷がズキリと痛み、気管に空気が詰まって異様な音を立てた。
少女の無機質な瞳に感情は見えない。
「終わったぞ。これでいいか、ガリル・ザウァー」
その口調はとても静かだった。
無残な死体を地下に隠し、その扉を固く閉ざす作業を黙々と行う三人を、ラドムはただ見詰めるだけ。
胸に重い石を呑んだかのような、たまらない不快感。
それから四人は、彼方の空に影のように聳えるモン・サン=ミシェルへと踵を返した。
しかし血の臭いは消えない。
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