公木正
どうなる
気になる歌を抜書き
山田佳乃選「蓬」佳作 どつさりと籠に蓬のおもてうら /公木正
ピアノなどない無人駅に降りる ギターを弾ける人かもしれない カスタネットで指を挟んでみる 映画館のCMで聴くはなわのベース ライブ前エフェクターを見ている 客を忘れて試奏に夢中な店員 教科書の鍵盤を得意気に跳ねる指 吹いたのはハーモニカのキーホルダー はなわのベースを集中して聴く 戦メリのサビ前で挫折 急に生バンドの音が聴こえ警戒
白黒のほとんど白の野良猫の切られた耳に黒はあったか /公木正
玉城徹(1924〜2010) 梅雨ばれを風動きつつ紫のかげしじに濃き茄子の一うね 晩餐の卓のおもてに置ける手の動かむとする今のつかの間 ポストまで行くみちに夜の線路越えくさむらの香は心にぞしむ ひえびえと三月のかぜ部屋に満ち時にはばたく如くわがゐる 雨樋のはしより水の紐太く垂るるを見つつ椅子にし眠る 床の上歩(あり)きて見やる古机に今日わがあらず座蒲団一枚 厨房にへだつる窓は棕梠の葉に重き空気の動く見えたり 降りそそぐ眠りの下に横たはる身をわがものとしばらく思
NHK短歌2024.4/山崎聡子選/佳作/「傷ついたこと」 今はない忌まわしいあの校則の忌まわしいあの丸刈り頭 /公木正 ◆ NHK短歌/2024.4/川野里子選・佳作/「顔」 本当に疲れているが寝不足の顔が疲れた演技をしてる /公木正
突然の訃報にテレビはしごしてかめはめ波撃つは海外ファンのみ
ティッシュ箱にメモひとつ まっさらなペン売り場の試し書き ペン売り場の試し書きが若い 文豪の悪筆にテンションがあがる 自転車に住所まで書いてある 日直の名前すこし削れて ヒップホップなんだろうこの落書きは 反省文書く放課後風が気持ちいい 急に原稿用紙のマスが埋まりだす
前川佐美雄(1903〜1990) 机(き)の前のすすけ障子の桟の上に虫の死骸(しにがら)三日ほどありし 観光地旅館の裏を見しごとき心のうちの汚き日なり 鉄骨のあからさまに大き組立てを感心し次に一致して憎む むさぼりて肉食ひし夜を五月雨の街に出て涼しく口笛を吹く 壁に掛かる夏服の汚れ目に立ちてまだ納(しま)はざるを駆けくだりたり カバン振つて深夜(しんや)の街を曲り行ける人物のなどか滑稽なりし 地下に来て茶房の椅子にやすらへり人工の渓流青葉暗き下に みづからに猿
今 日 一 日 見聞 き した も の いっ さ 海を知らぬ少女の前に麦藁帽のわれは両手をひろげていたり い が えび の はい っ た か き 揚げ を く う
常(とこ)臥しのわれの周囲の掃かるると風呂敷を顔に被せられたり 仰臥しに天井の蠅を目守る吾かくてひたすら時を逝かしむ 手を執り合ひ醜男醜女行けり着替へして出で来しのみに疲るるわが前 馬鹿げたる考へがぐんぐん大きくなりキャベツなどが大きくなりゆくに似る 何とはなく部屋に立ちをり灯をつけし汽車が視野より見えずなるまで 階下(した)のひとは二階に一人居る吾を餘りに寂けしと言ひて覗きぬ 自動扉と思ひてしづかに待つ我を押しのけし人が手もて開きつ 会ひすぎるほど会ひしかど
医学用独逸語が英語にかはりにしかの迅速をまた思ひをり あるときに幸福の感おとづれてをりたれどまた去りてゆきたり われはいま理想的なるすがたにて横たはりをり眠ることなく うつし身に何が起こるといふならむ上腿の皮膚が過敏になつてゐる あすの昼すぎは雨ふるといふ予報おもひてけふの目をつぶりたり 老齢にちかづく犬が部屋みゆるところに長く立つことのあり 今日も来て坐れる椅子に空想はもはや育たず髪終はるまで 空想は老いてひろがることのなく終結をみることもまたなし 消防車始
早春や扉ひらいて傾ぐバス(金/2024.2) 初山河動かぬものはみなきれい(銀) スモッグや年の離れた姉帰る(水) 噴水の居丈高ゲルピンの今日(水) 平鰤の黄色玄海の灰色(金) やませ吹く北国で聴くボサ・ノヴァ(水) 潮くさきドッグフードや春隣(水) またがって義理人情の湯婆かな (水) ※初採用2022.11 ◉画像はさくらももこ
昼過ぎのバスに目を閉じあたたかい冬の光にわれを鋳直す /公木正
東京はいまだ未明の玄関にトレーの小銭選り分けるゆび アパートの前の古びた自販機をBOSSのカフェオレ音立てて落つ 境内に休らう姪の横顔に木漏れ日のごとほくろがひとつ
窓の内は段ボールの茶色 バーコード探し回す箱 ケーキの箱白いスクランブル交差点 ティッシュ箱これ以上ひらけない 箱を床に置くボタンを押す 抱えた箱で押し開く 暴力の衝動を段ボールへ 図書室に辞書の箱引き抜く音 品切れの無人販売所に小さな金庫ひとつ ピンク色の折り紙の箱はからっぽ 以上です。