わたしの初恋の人へ

新卒で入った会社の配属先にいた先輩に恋をしていた。初恋だった。

わたしは高校デビューならぬ、社会人デビューだった。そして途方もないデブだった。学生の頃は化粧やおしゃれに関心がなく、漫画やアニメ、二次創作に夢中だった。現在も大して変わらないが、少し痩せて、化粧を覚え、なんとか人前に出ても生きていける容姿になった。しかし当時は、世間でいうところの「オタク喪女」だった。かつて憧れていたキラキラ女子やカリスマギャルが、今では同じ土俵で好きな作品についてスキを発信し、散々使い古されたオタク用語をなんの躊躇いもなく使っている姿をみると、どこかむず痒くなってしまう。羨ましいとか、そんな言葉で片付くものではない。単純に、「大丈夫か?」と心配してしまっただけだ。余計なお世話を焼いてしまった。好きなものを語るのに、資格なんていらない。それには同意するし、尊ばれることだ。そういった文化のコミュニティを構築するのは、ある程度の「理解」があって、精通している者だけだと思っていたが、どうやら現代は違うらしい。

恋愛に置き換えてもそうだ。自分の立場ばかり気にしていては、始まるものも始まらない。もちろん、好きな人とお近づきになるための努力は必要だ。頭でごちゃごちゃ考えずに、いたってシンプルに、貪欲に求めていい。
気づいたときには、わたしはもう会社にいなかった。しかしそれはハッピーエンドに導かれる賛歌だったに違いないと、今では確信している。
前置きが長くなってすまない。ここから、彼への手紙を綴ろうと思う。

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拝啓 初恋の人

お元気ですか。わたしも元気です。ついにお互い結婚しましたね。わたしに彼氏ができて、結婚したと聞いたあなたの顔、今でも覚えています。
衝撃だったでしょう。わたしはあなたが好きで、その好意も筒抜けで、ずっとあなたに想いを告げるタイミングを見計らっていましたから。
「女が好き」と豪語していたあなたは、週末、夜の街に繰り出し、一晩で数十万円ほど使っていたと風の便りに聞きました。ほんとうに居るんですね、そういう人。それでも、あなたはわたしに優しかった。こんな女っ気のないわたしと気兼ねなく話してくれて、仕事も丁寧に教えてくれて。そうそう、教えるフリをしながらバックハグまできめてくれましたっけ。ふつう、そんなことされたら、女性は勘違いしますよ、なんて。はやめにいえたらよかったのかもしれません。
とある先輩から「昨日いたキャバ嬢、めっちゃデブやったけど優しかったもんなぁ、〇〇は!」と聞いたときは、さすがに心が冷えました。そういえば、あなた誰にでも優しかったですね。何年も昔の話になりますが。

お昼休みに食堂へ行くとき、あなたはAKBのヒット曲「会いたかった」をわたしに向けて歌っていましたね。当時、AKBが爆発的な人気を誇っていたことで、あなたは第三者からみてもミーハーなハマり方をしていましたし、握手会にも参加するほどの熱心なファンだったので、そのとき舞い降りたメロディを深く考えず、ただ素直に口ずさんでいただけだったかもしれません。
問題なのは、そのあとです。わたしが勝手に好かれていると勘違いして、浮かれて、仕事中にウインクを飛ばされたものなら、「今日ウインクされたんやけど!」と鼻息を荒くさせて後輩に逐一報告していたのも、この手紙を読むまで知らなかったと思います。

すごいでしょう、初恋のパワーって。毎日がドキドキハラハラの連続なのです。話せなかった日は分かりやすく落ち込んでしまうし、声を聞けるだけで一日中ハッピーに過ごせる。「お疲れさま」と退勤時に声をかけられただけで、同期や後輩を集めて恋バナを咲かせる日々を送れるなんて、誰が予想しましたか。だけど、みんなからは「あいつはやめておけ」と忠告されました。主な理由は、あなたの女癖が悪いのと、お前では釣り合わない。そういった内容のように聞こえました。実際は、もっと優しい言葉をかけてもらった気がします。それでも、わたしの想いは募るばかりでした。

夢にも思いませんでした。わたしが恋をするなんて。あなたと話す時間は、新鮮で、楽しくて、幸せでした。でもね、結果的に想いを告げることはありませんでした。あなたに美人で可愛い彼女ができたのを知ってしまったからです。

しばらくして、子どもを授かったと聞いたときは、とても驚きました。結婚式の二次会にも呼んでもらいましたね。その節はどうもありがとう。あの瞬間、ようやくあなたへの想いを断ち切ることができました、といえば嘘になるけれど。心から「おめでとう」という言葉を伝えられた気がします。

わたしも数年後にいいご縁があって、素敵なお付き合いを経て、めでたく今の夫と結ばれました。正直、あなたに向けていた情熱を、彼に注ぐことはできませんでした。やっぱりすごいんですよ、初恋のパワーって。寝ても覚めても、あなたのことばかり考えていました。一方で、あなたと結ばれなくてよかったとさえ思います。きっと、ふたりとも幸せになれない。そう断言できるのは、わたしが今幸せだからです。あなたもそうでしょう。いいえ、そうであってほしい。でないとまた、ふと思い出してしまうから。

あなたに伝えられなかったこと、たくさんあったよ。
元気に、楽しく生きてさえくれれば、それでよかった。
それ以上は、望まなかった。存在だけで、感謝してた。
好きでいてくれてありがとうなんて、似合わないね。
わたしも、いえなかった。だから、仲良くおあおいこにしようよ。うん、それがいいね。

そろそろ、手紙の余白がなくなってきました。あなたへの想いなんて、すぐに書ききれるとにらんでいましたが、やっぱり無理でした。7年分の重みをかみしめるのは、こんなにも大変だったんですね。まだ、言いたいこと、伝えたいこと、たくさんあります。だけど、この手紙を書き終えたら、あなたへのスキは、おしまいにします。永遠に。

あなたはわたしの初恋で、憧れの人でした。
これからも、どうかお幸せに。大好きでした。

ここまで読んでくれて、ほんとうにありがとう。
そして、さようなら。

またお会いできる日を、楽しみにしています。

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最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
今回はゆるふわ帝国さま(@nn_name_n2)よりお声がけいただいた「手紙部」の企画作品です。とても楽しく、懐かしさを感じながら書かせていただきました。遅咲きの青春とは、まさにこのことですね。手紙を送るつもりで書いたので、結びの言葉はなるべく残酷さを表してみました。未練は毛ほどもありません。ここまで書いておいて、それはそれでどうなのか。

“結婚は二番目に好きな人のほうがうまくいく”なんて言葉もありますが、実際どうなんでしょう。真相はわかりません。わたしを選んでくれたのは、間違いなく今の夫ですから。

読んでいただき、いつもありがとうございます。とても嬉しいです!