見出し画像

散歩の途中 14

ドクダミ

 ひんやりとした屋敷裏の陰地に群生するドクダミ。濃い緑の葉をつまんで嗅ぐと独特の臭気があるが、これを好む人と、嫌う人は極端に分かれる。このにおいがなぜか嫌いではない。むしろわざわざ摘んで確かめてみるほどだ。
 このにおいを嗅ぐと決まって思い出す路地がある。子どものころの光景。N君は義足だった。小学校に入る前に、電車に轢かれたらしいのだが、詳しいことは知らない。N君は戦艦と戦闘機のプラモデルを集めていて、部屋いっぱい飾っていた。N君に誘われて部屋に行くと、大和と零戦くらいしか知らなかった少年の世界とは別の空間があった。
 N君は「どれでも一つあげるよ」と言ったが、あまりに精巧に作り上げられた模型に目を見張るばかりで圧倒されていた。貰っても置く場所もなかった。N君はこの部屋に来たのは「君が初めて」と言った。
 N君はいつもひとりだった。足が不自由なので三角ベースの仲間に入らなかったし、山の秘密基地づくりにも来たことがなかった。下校時に「うちに来ないか」と三回誘われたが、断ってばかりいた。梅雨の晴れ間の日、掃除当番を終え、三角ベースの公園に駆けつけようとしたらN君が門の陰で待っていた。
 N君の家の広い庭を横切って離れになっている棟にその部屋はあった。作りかけのプラモデルは紫電改で「これで海軍の主力戦闘機は全部揃う」と自慢そうに言った。そばにある零戦をあげるよ、と目の前に差し出した。貰うとこの部屋にまた来ることになるな、と思った。
 「帰る」と言ってズックを引っかけて庭に出た。N君はさびしそうにうつむいた。部屋と母屋の間の薄暗い路地には一面の十字状の白い花が咲いていた。公園でみんなが待っていると思って駆け出すと転んだ。掌にひんやりとした草のにおいが染みついた。公園に行くとすぐ三角ベースが始まった。外野の守備についた。「オーケー」と手を振ると薬のような不思議なにおいが掌から漂った。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?