こさきたけし

KBARマスター。KBARは港町2丁目の埠頭の倉庫街の半地下にあります。マスターはひが…

こさきたけし

KBARマスター。KBARは港町2丁目の埠頭の倉庫街の半地下にあります。マスターはひがな軽い小説を読み 草野球を観戦し、いろんな路地裏を歩いています。うろついているのでなかなかつかまりませんが、このごろよくフードコートでみかけることがあります。声をかけてやってください。

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最近の記事

散歩の途中 18

キャッチャーやります 取り残された細長い土地はマーケットの壁越しで反対側は今はビジネスホテルになっている。  この土地はうちの祖父(じい)さんがやってた酒屋の空き瓶のケースを積み上げていた場所だ。祖父さんは五、六年前まで元気に商売をやっていたが、同じ通りに安売りの酒量販店が駐車場付きでオープンして客足がぱたりと止まり、古くからの馴染み客への配達だけで細々と生き延びていた。  老舗といってもたかが酒の小売店である。いまどき食っていけんわな。そんなわけで親父はあとを継がずサラリー

    • 散歩の途中 17

      紫陽花 「ただいま!」の声の様子で、弘子さんは娘のはるかちゃんの学校での出来事が手にとるように分かる。  玄関にランドセルを放り出すと、クラスであったこと、友だちの男の子と話したこと、先生に褒められたことを一気にしゃべってそれからおやつだ。  そんなはるかちゃんがランドセルを背負ったまま玄関に座り込んだ。「ただいま」の声のトーンがいつになく沈んでいた。玄関に出てみると、庭先に咲いた満開のアジサイをぼんやり見詰めていた。  そういえば今朝、出掛けに紫と薄青の大輪を花束にして登校

      • 散歩の途中 16

        空蝉 カラスの賢さを見せつけられたことがある。県北のT村があまりのカラス被害に業を煮やし、駆除許可を得て役場と猟友会が捕獲作戦に出た。捕獲といっても猟銃で撃つのであるが、猟友会員の赤い帽子を見るとカラスは一斉に隣の谷に移動するのである。  無線連絡で「あっちの谷に回ったど」と入る。猟友会が移動すると、上空からあざ笑うように元の集落に戻りごみ漁りや畑に舞いおりる。一日中、それを繰り返して結局は駆除をあきらめた。  司令塔のカラスが一羽いて、号令ひとつで群れはほどほどの距離をとり

        • 散歩の途中 15

          チャンポン ヘルパーさんと呼ばれているがタカシには何の資格もない。いわゆる世の中でいわれているプータローだ。高校中退、就労意欲なし、向上心なし、なにもなし。  免許はいちおう持っている。原付免許。ペーパー二回落ちてやっと受かった。唯一、自分を証明する紙といえばこれだけ。  「タカシくん、水曜日は付きおうてよ。いつものコース」。リネン交換のワゴンを押してエレベーター待ってると、ヤマザキさんが廊下の向こうから手を振りながら叫んだ。  「わかったァ」タカシはもう水曜か、とヤマザキさ

        散歩の途中 18

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        記事

          散歩の途中 14

          ドクダミ ひんやりとした屋敷裏の陰地に群生するドクダミ。濃い緑の葉をつまんで嗅ぐと独特の臭気があるが、これを好む人と、嫌う人は極端に分かれる。このにおいがなぜか嫌いではない。むしろわざわざ摘んで確かめてみるほどだ。  このにおいを嗅ぐと決まって思い出す路地がある。子どものころの光景。N君は義足だった。小学校に入る前に、電車に轢かれたらしいのだが、詳しいことは知らない。N君は戦艦と戦闘機のプラモデルを集めていて、部屋いっぱい飾っていた。N君に誘われて部屋に行くと、大和と零戦くら

          散歩の途中 14

          散歩の途中 13

          砲丸 タクヤは早朝、砲丸の入ったバックを抱えてやってくる。ゆっくりとウオーミングアップをする。5㌔の鉄の球をぐりぐりとしごくようにして、右手で首とあごの間に挟み込んだ。  砲丸のひんやりとした冷たさが、掌の温もりでじんわりと熱を帯びてくる。体を動かしながら、準備する間のだるい感じが嫌いではない。  直径2・1メートルのサークルに入るまでの2、30分。まだ眠った体を投てきに持って行くまでのさまざまな動きをタクヤは一応決めている。芝に寝転んで、鉄の球を体のあちこちに転がしながら、

          散歩の途中 13

          散歩の途中 12

          秋鯵 波止の先端が大崎さん夫婦の定位置である。  軽自動車を妻のヨシエさんが運転し、今日も釣竿とクーラーボックスと折り畳みイスを積み込んでやって来た。  夫の幸造さんは、助手席によいしょと乗り込むとまっすぐ前を見詰めたままだ。爽やかな秋の風が吹くようになってから夫婦はこの波止で釣り糸を垂れるのが日課となった。  幸造さんは、猛暑の夏をほとんど寝転んで過ごした。脳梗塞で倒れ、半身が不自由になって2年。半年入院し、それから1年間リハビリに通ったが、左側の機能は思うように回復しな

          散歩の途中 12

          散歩の途中 11

          鯖 青魚のなかでも一番は鯖なのである。和泉さんが言うには、鯖の背にある青い縞模様がそのままの全身に浮かび上がるのだという。  鯖てんかん、なのだという。鯖アレルギー。青魚のうちでも、鯵でもサンマでも鰯でもなく鯖なのである。和泉さんはそれでも鯖が店頭に並ぶ梅雨ころになると決まって、鯖を注文し、背中から腹まで縞模様にして二晩ほどかゆい、かゆいといってのた打ち回り、仕事を休むのである。  そのころ、ボクは高円寺の駅近くの雑居ビルの一室で進学塾チェーンの通信添削のアルバイトをしていた

          散歩の途中 11

          散歩の途中 10

          エレベーターガール ツナ子さんのことは青葉のおかみさんから聞いた。へえーって思ったが、それが本当なのかどうかは知らない。 でも、ありそうな話ではある。  デパートのエレベーターに乗っていたツナ子さんがいきなり各階のボタンを押しながら姿勢を正して「いらっしゃいませ。ご利用の階をお知らせください」としなやかにやるらしい。  その話なら知っている、という常連客が何人かいた。トキワデパートのエレベーターに乗ると、おばあさんが勝手にエレベーター嬢をしているというのだ。  もちろ

          散歩の途中 10

          散歩の途中 9

          秋刀魚 「おい、おい。ちゃんときれいに食わんか。それじゃあ、あんまり魚がかわいそじゃ」  言うまい、言うまいと思ったのだがまた口をついて出てしまった。杉岡さんは、また反省しきりである。  N社の社員食堂は食品関連会社が一堂に集まった八階建てビルの最上階にある。杉岡さんは会社がまだ木造二階建ての水産加工会社時代から総務畑一筋に来て、この十一月の誕生日には定年退職である。  港を見下ろすしゃれた展望食堂は、入り口にその日のメニューが表示され、カウンターに並んだ一品をトレイに取り進

          散歩の途中 9

          散歩の途中 7

          金魚玉 「金魚あずかってくれないかしら」  勘定済ませてニュースの終いあたりのナイターの結果を見て腰を上げようとしていたらふみさんが金魚を目の前に差し出した。  何の変哲も無い赤一色の金魚2匹。ただ珍しいのは丸いガラスの玉に入って、ぶら下がるように紐が付いている。ガラスは手作りの感じで青い縁取りがしゃれている。  ふみは駅から桟橋のある港に行く途中にある小さな居酒屋である。ママさんの名前がふみ子だったのかふみえだったのか、結局知らないままだ。  なじみの客は「ふみさん」と呼ん

          散歩の途中 7

          散歩の途中 6

          サーファーの風 猛暑の8月といえども盆を過ぎると客足はガクンと落ちる。だだ広い浜に数えるほどの海水浴客になったのを見ながら、タケシは夏の終わりを感じている。  タケシの現場は山陰のK海水浴場。三百台収容の駐車場の八割が他県ナンバーでそのほとんどが瀬戸内海側から中国山地を越え高速道路を利用してやってくる。  Jドリンク飲料のボトルカーのアルバイト運転手のタケシはこの夏もこの浜の臨時売店を任された。7月20日から8月末までの40日間。広島近郊の自動販売機を巡るよりもこの浜の現場が

          散歩の途中 6

          散歩の途中 5

          飛び魚 どこで飲んでも飯塚さんは最後に駅裏の出雲そばの店「稲佐」に立ち寄る。  大将の出雲訛りを聞いて、ビールにあごの野焼きをつまんで、おぼつかない足どりでなんとかアパートにたどり着く。  飯塚さんは、戸別詳細地図が売りの住宅地図出版の営業マンで、大きな地図を持って事業所を駆けめぐる。飛び込み営業である。  何度も転職してこの仕事に就いたがあと半年で定年である。足腰もすっかり弱くなった。沿線の駅周辺にある支店や営業所に売り込みを図るが、不況時に二年に一度の改定版をその都度買い

          散歩の途中 5

          散歩の途中 8

          プールサイド 午前中の市民プールは、顔なじみばかりである。インストラクターの悠木さんは、ガラス越しに朝の光がいっぱいに差し込む室内プールのまぶしいばかりの明るさが嫌いではない。  朝10時から午後3時まで、25メートルプールは8コースのうち6コースをウオーキングに開放している。  午後3時の幼児水泳教室までの時間は、中央の監視台の上から、コースを何度も往復する人たちを見詰めるのが悠木さんの仕事である。  圧倒的に多いのは中高年の女性たち。2,3人の仲間でおしゃべりをしながら3

          散歩の途中 8

          散歩の途中 3

          トッカン 「マスター、お土産。ほらこんなにたくさん」とバーカウンターの上に津崎さん夫婦がブルゾンのポケットから木の実を並べて見せた。  ミズナラ、マテバシイ、クヌギ、サワグルミ…。公民館の秋の巨樹探索会に貸し切りバスで出掛けたのだ。  バスで二時間ほど揺られ県北の自然公園の散策路を巡った。十一月に入っての冷え込みで紅葉の見事さはここ数年で一番だったらしく、夫婦は興奮気味に秋の山の色づきをマスターに語った。  東京から転勤でこの町に来ている津崎さんは造船所のエンジニアである。二

          散歩の途中 3

          散歩の途中 4

          おでん 新宿からひと駅の京王線初台に下り立ったのは三十年ぶりである。出張で上京し、夜の新宿のホテルでの会合が思いの外、早仕舞いしたのでつい足が向いた。  西口もそうだが京王デパートの地下のターミナルはすっかり様子が変わっていた。飛び乗ればどれも初台に停まるはずの電車が地下を走り続け、笹塚まで連れて行かれてしまった。笹塚からまた逆戻りした。  地下一階だったはずのホームが随分深くなりエスカレーターが付いていた。南口でまず戸惑った。小さな駅にはそもそも商店街から地下に潜る煤けた出

          散歩の途中 4