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始まりは「なぜか埼玉」~すたすたぐるぐる埼玉編・読後記【Short Letter】

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こういう本が世に出た。

何なのだ、この「すたすたぐるぐる」なる、ふざけているのか真面目なのかよくわからないタイトルは。

しかも、よく見ると「埼玉編」とある。

ということは、この先、日本全国津々浦々の続編が登場するということなのか。よくわからないぞ。

そう思った。


それにしても、だ。


なぜトップバッター、つまり双六でいう振り出しが首都の東京でなく、埼玉なのだろう?


一応、この動画で紹介されてはいる。

だが、それでもその意図は、最初よくわからなかった。埼玉でなく、例えば神奈川でも千葉でも良いではないか、とさえ考えた。

……が、読み進めるうちに「いや、ちょっと待てよ」と思い始めた。


やはりこの旅は埼玉から始めるべきなのかもしれない、と。



映画にもなった「翔んで埼玉」にも登場する、この、さいた・まんぞう氏が歌唱する「なぜか埼玉」という曲がある。

私が、埼玉県という土地で真っ先に思い出すのがこの歌だ。別にそのことに他意はない。


この歌のタイトルが語りかける。


「なぜか埼玉」でいいじゃないか、と。


これが千葉や神奈川、まして東京では、不思議と収まりが悪い。


埼玉という語感と位置感覚が、何となくではあるが、これから始まる壮大なサッカー旅の端緒としての「ここしかない」という不思議な強い存在感を醸し出す。

この感覚は、恐らく千葉や神奈川にはない。まして東京にも恐らくない。だが、埼玉にはあるのだ。


巻頭の中村慎太郎氏による二つの文章を読み終え、いざ章を読み進めるうちに、冒頭に選ばれたのが「浦和」でなく、「大宮」であることに気づかされる。

埼玉県にも数多くの土地が存在するが、その中でも、現在はさいたま市の構成要素の一つであるところの大宮が原点になっている。

サッカー旅なら、大宮でなく浦和だろう、と何となくだが思いたくもなるところだが、それでも大宮から始まろうとしている。

この意味は何なのか?


私は一応、ガキの頃、時刻表が愛読書だった程度には鉄成分を有している自覚はあるのだが、そこに出て来る大宮という地名には、東北や上信越などへの結節点、または玄関口としての意味合いを真っ先に見出す。

その意味からも、やはり先陣を切るのは大宮でなければならない、との考えに至った。

川口や与野や蕨や熊谷や、ましてや浦和ではダメなのだ。大宮でなければ。


大宮の街を彩る息遣いは外から見る者にとっては、形容が難しい。そういう時に、中村慎太郎氏の文章は良き導入口になるだろう。

それを読んで、もう少し中を覗いてみたい、と思う時には、大宮けん氏の文章で、その深淵に触れてみるといい。
大宮の人が大宮という場所に抱く心情を垣間見るのは、外から見ている我々では知り得ない趣があると思う。

サッカー的には大宮アルディージャを外すわけにもいかない。かつてはNTT東日本だったが、大宮アルディージャになった。

この二人の文章に出てくる大宮ナポリタンなるものを、いずれ人生の中で食する時が来るかもしれない。たぶん味音痴の私には本当の良さがわからないかもしれないが、それでも、死ぬまでに一度は食べてみたくなる。


大宮から始まった旅は、一度浦和へと歩を戻す。サッカー的には、ここを外すわけにも行くまい。

何しろここ浦和には浦和レッズという強烈なアイコンがある。日本のサッカー、ことにJリーグを知る人にとって、浦和レッズとは、その好悪に関わらず、最も有名な固有名詞の一つだろう。

その存在地を避けて通ることは、どうしても罷り成らない。

その結節を図るキャプテンさかまき氏の興味をそそる文章を経て、旅は浦和へと辿り着く。


浦和


今はさいたま市浦和区であり、浦和レッズが一躍街の価値を高めた形になっているが、大変に失礼なことを承知で書くと、かつて私はここを、最も地味な県庁所在地の一つだと思っていたことがある。

浦和駅が存在しない新幹線はもちろん、特急列車さえもほとんど停まらないはずで、本当に浦和レッズができるまでは、地味だなあと思っていた。

それが浦和レッズがそういう印象を一気に塗り替えた。Jリーグ黎明期の浦和レッズにもその萌芽はなんとなくあったかもしれない。
だが、ギド・ブッフバルトらが在籍し、チームがどんどん大きく変貌していくことで、レッズもテールエンダーから強豪へと変貌していき、街の価値を高める一助になっていった。

その最中には、J2への旅路もあったが、浦和レッズはそこから帰ってきてから、その存在感を一段と大きくしたように思う。

何と言えば良いだろう。

ムーディー・ブルースというイングランドの有名なバンドがあるが、そこにデニー・レインというメンバーがいた頃は一介のビートグループに過ぎなかった。
それが、ジャスティン・ヘイワードが中心となって、プログレッシヴロックの雄として名を馳せるようになった、その変遷に似ているな、と思った。


さて、浦和編でも、中村慎太郎氏の文章から始まり、そして浦和サポーターとして知られるほりけん氏の文章へとつながっていく。

サッカーどころとしての浦和は、やはり濃い。濃いのだが、これにスタジアムグルメという一面が加わってみると、濃さが少し変貌する。グルメの風味がやはり強いサッカー熱をも侵食する。
長きにわたる浦和レッズサポーター歴を誇るほりけん氏の文章からも、その辺りは窺える。この辺りの顛末は、ぜひ御自身でお読みいただきたい。

食とは楽しいが、実に恐ろしい


そんな旅は埼玉県全土へと伝播していく。

端緒が川口。俗にアヴェ川と呼ばれるアヴェントゥーラ川口について、宇都宮徹壱氏が紐解く。


続いて、どんまいじゃん

「何じゃそりゃ?」となるだろう。どうも浜崎一氏の文章を読むに、蕎麦屋のはずなのに饂飩が美味い店のことらしい。
文中にも度々登場する鈴木慎吾という名前には聞き覚えがある。彼はこの本の主題でもある埼玉県は鴻巣市の出身らしい。
個人的には、彼のアルビレックス新潟時代よりも、その次に所属した京都サンガで名前を認識した。新潟以前にいた横河電機や浦和レッズの頃は知らない。
とは言え、鈴木はアルビレックス新潟に最も長期間在籍している。鈴木はそれだけ新潟に於いて強く印象を残したと思う。
故にこの「どんまいじゃん」という店も、アルビレックス新潟サポーターにとっての聖地みたくなっているのだろう。


続いて矢島かよ氏が取り上げている狭山茶。狭山が茶どころというのは、かの有名な「東村山音頭」で知った。

これは三橋美智也氏が中心となったオリジナルヴァージョンだが、私が知っているのは、志村けん氏が「8時だョ!全員集合」やったこちら。

四丁目だけオリジナルに近い。ともあれ、この歌詞の中に「狭山茶どころ情けが厚い」とあるので、ここで覚えた。

東村山はご存知の通り、東京都下にあるのだが、その地元を歌う歌の中になぜか「狭山」が登場する。狭山丘陵はお茶の産地らしいので、その影響なのかもしれない。

文中には出てこないが、この狭山にはホンダルミノッソ狭山SCというチームがあった。いや、活動休止中なので、今もあるのかもしれないけれど、とりあえず過去形で書いておこう。

今活動をしていないチームだが、ご存知Hondaの系列にあるチームだっただけに、その名前は、ある程度昔のファンなら知っているかもしれない。

まあ、本書に出てこないチームなので、これ以上は書かないけれど。


埼玉県にはご当地かるたもある。本書で大宮けん氏が紹介しているのも、その一つ。そして、これに関連して埼玉の郷土愛にも触れている。

広い意味の愛国心に似た「望郷の思い」とも言うべき心情は、多くの人々が恐らく何となく抱いているものかもしれない。ナショナリズムとかそういうものとは全く異なる。もっと茫洋とした心情と言っても良い。
島根県民たる私が、島根の吉田くんの自虐的な言い回しから、島根県への望郷の思いのようなものを何となく想起するように、かるたもまたそうした手段の一つになり得る。

かるたについては、一つあとに矢島かよ氏も触れている。両氏の文章は必見だ。埼玉の郷土愛を想起させるものの一端をしっかりと捉えている。


続いて屋下えま氏は秩父を紐解く。私にとってもよくわからない場所の一つ、それがこの秩父エリアだ。

秩父と訊いて真っ先に思い出すのが、レッドアローちちぶ号。西武の特急型電車である。有名な鉄道系YouTuberのスーツ氏の動画にも当然登場する。

そのレッドアロー号を先ずは思い出す。西武はレッドアローで、東武はきぬやけごんと覚えるのは、あまりにも古いだろうか。

秩父という埼玉県の奥座敷みたいなエリアに、私もいつか行けたら良いのにな、と思うこともあった。
まあ、そんな私みたいなくたばり損ないがあれやこれや妄想しても始まらんのだけど。
健康で旅行に思うままに出られる人たちは、機会を見つけて足を運んでみても良いと思う。

次が先程も触れた矢島かよ氏のかるたの話。

その次が、中村慎太郎氏によるCOEDO KAWAGOE FCさつまいーも川越という、一見するとよくわからん両者の対決について。

COEDO?小江戸ってこと?
さつまいーも?さつまいものことか?

両者は少なくともサッカーのチームであるらしいことはわかるが、一体その正体が何であるか、紐解いていただくとしよう。

正直言えばこの両者、日本のサッカーピラミッドに於いては、かなり下の方に位置する。
ただ、特にCOEDO KAWAGOE FCはその川越の地から、大いなる思いを持って飛び出そうとしている。その挑戦は注目に値するんじゃないか。

試合から、その思いを少しずつ探ってみるのも悪くない。意外な発見があるかもしれない。


とりあえず、脱線しつつ、ざっと本書の内容に沿って感想のようなものを書き連ねてみた。
たぶん、著者陣からは「いや、自分はこんなことを訴求したかったのに!」とツッコミを喰らいそうだが、お許し願いたい。


一つだけ言えるのは、「すたすたぐるぐる」の壮大な冒険の旅は、なぜか埼玉の地から幕を開け、これからどんどん広がっていこうとしている、ということだ。

そして将来、あなたがその中の主人公になることもあるかもしれない。

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