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kubonote 創業30年の経営の極意

グループの基本的方針とガイドライン

これは1995年創業時に初めて1人目の従業員を雇用した際に記したメモをベースにしており、最新の考え、現在のコンプライアンス、実情にアップデートされていない部分があることをご留意下さい。
※少しずつ改定を行っていきます(2024/02/15改定)


経営の極意

いきなり題名を否定するが、経営に極意などは存在し得ない。
あらゆる成功者は類無い努力と失敗を乗り越えて運よく今を生きているだけであり、私もそうなりたい。
ただ、あえて極意を定義するとすれば、それは「正しい事を正しい時にする」のみである。
正しい事というのは意外と難しくない、これから先の文章を読んで正しいと思えばそれをやってみれば良いだけである。
「する」それが難しい、正しい事をわかって「する」、遂行する事はかなり難しい。
どれだけそれが難しいのかは、ちょっと正しいことを頑張ってやってみればすぐに分かるはずだ。

そしてそれを「正しい時」にする、これがまた異常に難しい。
深すぎて表現の仕方が見当たら無い

シンプルな論理に落とし込めば、悩む事など以外と無い。
ただ、ただ、できない自分に鞭を打てば良いだけだと覚悟することである。これが経営者の究極の仕事である。

本質的過ぎて難しいので次は作業レベルの極意についての答えを言う。

「自分を不要にする」ことである
ある程度経営した会社の社長は、まず起きて、何もしてみないことをしてみて欲しい。
1時間、2時間、3時間、5時間経っても何もすることがなければ自分は不要だという成功である。
普段は寝る前から不安になり寝ている間にグッドアイデアが産まれ目が覚めた瞬間に怒涛のようなタスクに追われる。
その1分を止めてみるしかない。
自分を不要にする、それが権限移譲、組織化、新規事業の顕在化、新たなチャレンジをする源泉となる。それをし続けることこそが経営である。

それが出来るものを経営者と呼び、出来ないものを有能なプレイヤーと呼ぶ。

経営戦略を策定するにおいて、但しい経営戦略、経営判断というものは時にはあるが、今30年間を思い出すとほぼ全てのケースにおいての失敗事例は経営者の遂行能力にあった。
時代や環境や政治やお金や社員やお客様ではない。
どんな判断をしたとしても、それを正しく、力強く推進できれば、そこそこ陳腐な経営判断をしていたとしても上手く行くものであった。

生存競争

社会に価値を提供する、社会に貢献する、様々な企業理念の本質は「世のため人のため」に例外なく集約される
本質的な答えが存在する以上会社で経営理念を定義する意味はなく、更なる本質はオーナー企業として生存競争に勝ち抜くことにある
経営理念やパーパス、ポエムは当社において不要である
生き残ることが全てであり、それが社会に提供できうる価値であり、従業員の雇用を維持し、つまりは顧客への永続した価値を提供する源泉となる

戦略的投資とコスト

全てにおける企業の投下資本は「戦略的投資」と「コスト」に分類される
戦略的投資は会社の継続した成長のため、損失を厭わず継続してできる限りの予算を拠出し投資し続ける対象を指す
この投資にミスがあった場合、更なる追加予算を策定し、常に投資し続けることが経営的最重要課題である

コストは、会社を維持するため、守るため、普段のオペレーションを推進するためのものであり、限界まで節約し、減らし続ける対象を指す
但しこれは不要なものではなく絶対的に必要であり限界まで削減する対象である

経営陣、従業員は常に自らが戦略的投資なのか、コストに分類されているのかを意識する必要があり、経営陣はそれらを明確に分類し切り分け管理する

1の仕事、2の仕事、3の仕事

1の仕事とは前述戦略的投資とコストカット
極めて重要な最重要課題の仕事を指す
朝起きてまずはこれを行う、2番目の仕事は絶対に1が終わらなければ行ってはいけない。終わらなければ全てを止めれば良い。
これは長時間かかる仕事ではないが、途轍もなく重要な判断を遅延させずする必要がある最重要課題である。

2の仕事とは普段のオペレーションを指す
日々毎日発生する、予測できるであろう日々の業務を指す
これらは多少遅れたら害はあるが、1の仕事を疎かにしてまでする仕事では無い。
人はこの仕事に満足し、往々にしてしたつもりになるが、そもそものあなたの存在意義は1の仕事にある

3の仕事とは懐かしい江戸用語で三下である。取るに足らない仕事を指す
忘れても重大な事件にならず運用が止まらない相談やメールへの返信や雑務である。私は平気に仕事の返信を無視する。相手が重要だと思っても私にとっては重要ではないらからだ。
重要ではないメールに決して返信してはならない。相手が怒ってきた時にそれに対応するかどうかを判断するくらいがちょうど良い。
自分が無能だと思う物の意見を冷静に分析してみてほしい。
往々にしてこの三下案件に振り回されて何の価値も残さずに1日を過ごしたものがピックアップして大事だとのたまう業務である。
忘れても何の害も無いし、害が生じたとしても細微で、その時に対応するかどうかを考え始めるくらいで丁度良い。

この3の仕事にどれだけ時間をかけてきたか?
そこに時間をかけてしまい、どれだけ反省したことか

財務会計と管理会計とキャッシュフロー

財務会計は社会からの評価である
税金は節約するのではなく収めることが社会的価値であり、会計法を守り厳格に管理する

管理会計は自らを把握する客観的指標であり常に厳しく定義する
会計法の緩やかな管理ではなく、よりキャッシュフローに近い会計を原則とする
例えば長期のプロジェクトの収支は売上入金に紐づける
入金が無いのに売上を計上してはならない
経費が発生すれば、売上に紐づけず支払いに準じて計上する
全てにおいて厳しく管理すれば、それ以上悪いことにはならない

キャッシュフローは生存競争の根源である
会社がどれだけ赤字を出してもキャッシュフローさえ保てば決して倒産しない
従業員の給与の支払いを維持し、取引先への適正なる支払いを守る限りは会社は継続して維持できる、3要素の会計指標のなかで最優先すべき指標と定義する

コストの削減の極意

「1円以上の支払いに許可を求めさせる」
この方針に勝るコスト削減効果は存在し得ない、誰しもが自由に予算を使いたいが、上司に相談しろと言われた瞬間に客観的評価と自己評価を適正に見始める能力が有る。
その相談はフォーマットやルールを作るのではなく、ただ、ただ純粋に上司が理解しジャッジできるように相談するというシンプルなルールで充分である。
フォーマットを作ると上司は機械的な処理を始める、それこそがルールを台無しにする始まりである。

24365リアルタイムマネジメント

これがネクストソリューションズグループのマネジメントの基本である
経営者は労働基準法の管轄外のために24時間365日働く特権を有している
つまり従業員は経営者に対して常にあらゆる要求をすることができるが、自らは労働基準法を遵守して働く義務がある
ここで伝えたいことは、ハードワークして過労して欲しいのではなく、思った疑問は即座にエスカレーション、次回の定例会議を待つはご法度、常にリアルタイムにディレイすることなくコミュニケーションすることを大切にして欲しい

会議

合理化の神髄はここにある。

  • 会議は15分刻みで設定せよ、基本は1時間という概念を捨てよ
    会議の目的は議論ではなく結論を出すことのみにある、決めることが事前に決まっていない会議は不要である

  • お互いの寿命を削るのが会議であり、費やした時間は相手の命を削った極めて重要な時間だと認識して頂きたい。

  • 出来ればリアルタイムにチャットで、活字であればカドが立つならウェブ会議で、心同士の会話が大切な時、相手に真っ向から反対する時はチャットで空中戦を行わずに対面で結論を導き出す

  • 挨拶は極めて大切である、オフィスに入った瞬間は挨拶をすることによりお互いに円滑なコミュニケーションをスタートする前提である。
    身勝手な溜息は、途轍もなくオフィス全体へ悪影響を与えることを自覚して振る舞ってほしい、同時に溜息をつく従業員の精神的余力を考慮した配慮も同時に検討したい

  • チャットやメールでは社内では挨拶は不要である
    部下を10人もち、取引先を50社もてば、毎日挨拶だけで100回は要求される。
    お客様にはもちろん毎日挨拶は行うが社内の仲間は24時間稼働してる会社を配慮し、挨拶は一切いらない。
    例えば経営者があらゆる従業員と数千を超える取引先と膨大な当日の会話を始めた際にすべてに挨拶を丁寧にしていると一日の20%を失うことをご理解頂きたい

  • 言葉にはトルクがある
    本当に大切なことを丁寧に伝えたいときは論理を幾重にして伝えるよりも、ゆっくりと、丁寧に、相手の間に合わせて静やかに物事を思慮深く伝えれば途轍もないトルクを持ったメッセージを伝えることができる
    これに気付くのに私は20年はかかった

事業計画

一番大切なことは「希望と予測を分ける」ことである。
テクニカルに相手に合わせて良きことを記載して見せる(希望)は自由にして頂いて、自分の中で毎日にらみ合いをする指標は正しき予測に予測を積み重ねることである。
凄く良い結果が追いかけてきた時は、謙虚にその原資を活用し更なる投資判断を行う。
絶望の結果が猛追してきた時は、決して立ち止まってはならない。
事業計画がとか、社員がとか、四の五の言わずに猛烈に走り続けなければ「即座に絶望に追い抜かれる」

新規事業

戦略的投資の最たる対象の新規事業は即行動、即撤退、徹底した投資が重要である
デスクワークでは新規事業は創出されない、自らの独創的アイデアでそれができると思うのであればそれは天才の所業だと思わねばならない

新規事業はバズフィールドに投資する
バズっている新たなマーケットの事であり、それが将来市場となるか消えるかは重要ではない
そこには新たな物を求める優秀な人材と先進の事業が集まる
スタートはハリボテで良い、人類の進化の始まりはそんなもんだ
自らに知見があるかを気にする必要もない、勉強する必要もない、始めればエリート集団の資金潤沢な企業より、はるかに現実的な知見と経験を得ることができることを体験するべきだ

営業の極意

営業とはリード獲得、提案件数、見積金額、受注率 これらの計測から全てが始まる

顧客が求める唯一のものは顧客の利益であり、営業とは顧客への利益の提供を指す

顧客へ常に特別扱いする事、必ず寄り添い続けること(話を聞き続ける)、顧客自身が当社と付き合う事によって利益が出ていること
この原則を常に意識することが営業の最重要課題である

リード獲得の基礎
常にやりがちなランダムなテレアポ、メール配信は愚かな行為だと知るべきで、それを10年やった従業員と下記に記したアクションを行い続けた従業員にどれだけの本人としてのキャリア、能力形成に影響を与えるかをマネジメントは理解すべきである

リード獲得のポイント
1、私信にする(定型感を徹底して排除する)
2、相手(ウェブ等)を見た文章のみとする
3、具体的な文章のみとする
4、相手に有益な情報を1つは入れる
5、成功事例が出たらそれを少しアレンジして横展開する
これに
6、人間味を少し出す が出来れば完璧」

価値と価格の設定

価値とは「価格」の「値」である、つまりその物そのものの価値、その人の価値というのもは貨幣経済において、例えば日本であれば「円」という金額で定義できるということを自覚すべきである。
残酷なことにあらゆるものの価値は客観的に定義されるのである。

お金よりも大切なものはあるのか、当然にある
優しい人、強い人、お金よりも大切な物を持っている人
それらは価値のある人ではなく、ただ、ただ、「優しい人」「強い人」「お金よりも大切な物を持っている人」とまでにしか表現できず、「価値ある人」という言葉に紐づけるには言語として不適切である。
つまり経済人は価値に向き合うことに本質がある。

そして価格は価値に対して格付けを行い価格を提示するものである。
つまり提示をすることは自由であるが、それを決めるのは顧客であり、価値があるのに価値を理解してもらえないというロジックはあり得なく、全てにおいて価値の決定権は結果である(顧客が決める)ことの前提を理解する必要がある。

この前提を踏まえると、その商品の価格設定を製造原価、かかった工数、自社の利益、社内の意気込みではなく「顧客が我慢できる限界点」に設定することが答えである。
その設定を誤れば社会から搾取され、または排除される。

ダイバーシティ

この言葉の意味はググって頂きたいが、その答えを当社が追及するかと言えば答えはNOである。
企業は「多様性を追求」するのではなく、「合理性と継続性の追求」である。
女性が何割、国籍比率がどう、若い人材を、全くもってどうでもよい。
あらゆるカテゴリーのあらゆるステータスに無能と有能は存在し、企業は極めて有能で継続性のある合理性を追求する。
その結果、多様性があるかのように見えればそれは社会の幅広い選択肢から仲間を集められたのかもしれないし、更なる合理的な解があるのかを自問自答するのである。
つまり目標でも結果でも指標でも無い。

またこの言葉の定義に私は働き方やライフスタイルも取り入れるべきだと考える。
本音ではワークライフバランスとか宣う者で優秀な者にあったことは無いが、本気で働いている結果を出した者は実際上手に遊んでいる。
仕事の対義語は休息ではなく、遊びである。
本来は法律を一旦置けば、出勤や勤務時間、報告形態などどうでも良い。
テレワークのような業務スタイルもダイバーシティの一環であり、共に働く仲間を増やす選択肢を増大させる重要な要素の一つである。
私はすでに20年以上リモートワークを行っている。
会社に毎日出勤するつもりもないし、会えないからコミュニケーションが取りづらいという者にはFAXで連絡してくれと思っている。

つまり「成果の上がるものは会社に来る必要は無い」

人事評価

全てにおいて優先されるのは個人単体の営業利益である
売上高でもなく売上総利益でもなく、多様性や職能、幅の広さ、コミュニケーション能力や365度評価、社長の評価はすべて二の次で個人の営業利益が極めて重大な指標である
「大きな社会」の言っているそれらの要件は、売上高1兆円を超えてから初めて検討するくらいがちょうど良い。

解雇は躊躇なく行わなければならない
それを躊躇すれば会社に貢献した最大の功労者の価値を棄損し、評価できなくなり極めて不平等な扱いを公平にすることになる
数度のワーニング、配置転換の会社側の努力、解雇予告手当や従業員の権利の有給消化を認めること、但し解雇は一切躊躇して良きことは例外なく無いことをマネジメントは知るべきである
この労働紛争において生じた損失はマネジメントの責任、損失ではなく、正しき責任を全うしたマネジメントを、会社は手厚く弁護士をつけ、徹底した
訴訟対策を行い、そこで生じたあらゆる損失をその残った当事者に要求することはなく、特別会計で処理をすることを約束する

矛盾する表現であるが、人事評価は平等、公平であってはならない
平等、公平を大切にするのは国家、政治や学校教育の課題であり、企業はより成果を残した者、戦略的投資と定義したチャレンジ対象の者、正しき忠誠心で危機的状況で逃げ出さずに果敢に戦う者を明確に優遇し、特別待遇を与え、過ちを何度も何度もリカバリーできる環境を極めて不平等に与えることが大切である

人材教育

不要である、会社は学校ではない。
フィーを払う者であり、フィーを頂いて教える類の教育組織ではない。
成長と教育は別である、成長を求めても良いが教育はそういう類の機関を卒業してチームにジョインするか1兆円売り上げているような会社に就職して頂けば良い(そこで歯車のように扱われ、学生のように教育を受ければ良い)
教育はしなくとも、変化を求めたい時がある。
その場合は幾度の会話ではなく、環境を徹底して変えるしかない。
管理の仕方、報告の要求、許可の程度。外部要因を変化させることによりのみ、人は変化する。つまり物質的環境変化においてのみ人は変化する。
人は変わらない、だが、数年後に振り返ると驚くべき成長をした人材に溢れてくる。
それは会社が教育機関として機能したからではなく、良い環境があり本人がただただ努力をしたからである。

人事採用

答えは「私には分からない」
何百人も面接し、雇い、解雇し、辞められた経験があれば多少は分かるだろうと思うかもしれないが、結論は「私には分からない」
つまり分からないという自覚から採用はスタートする

少しでも可能性を感じ、その方に自分の時間を注ぎたいと思えばまずは採用する事からスタートする。
そして3か月間の試用期間、厳密には事前の解雇予告告知のできる2か月以内に一緒に仕事をして2か月以内に徹底して努力と評価を重ねてジャッジすることである。
ジャッジとは雇用して2か月以内に雇用を継続するか、解雇するかの決断をマネジメントが行い、告知し続けてお互いに努力する事である。
少しでも躊躇したり、悩んだ場合は経営者に相談を即座に行なうべきである
その場合、全く悩まず、動じず、客観的な評価を行い、決断する代行を躊躇なく行う手助けをするであろう

違う切り口で
人事採用は自分の能力の劣化版を雇ってはならない
自分の能力は多少自分が頑張れば良い、同ジャンルであれ違うカテゴリーを補う「異才」を採用することが重要である。

胆力は極めて大事である
それらは平穏な時には表れない、人は究極の時にのみ本性を発揮する
ただし、経営者としてはそれを発揮してもらえる価値がわが社にあるのかを問われる。
では、その発揮するまで分からないことを知るには。
経歴を聞く。その方のビジネスの中で一番困難であったこと、その困難をどう乗り越えたのか、その回答に根掘り葉掘り突き詰めて聞く。
本当に胆力をもって乗り越えた経験をそこまで聞いてもらえた相手は、我々の想像以上に思慮深い見識を披露してくれる。
それが無いものは例外なく「ペラッペラ」である、そこだけは面接詐欺では通用しない。
そして会社は逃げ出さないやつを出世させることが大切である。

地頭の良さの確認の仕方
適当な幾通りにも解釈できる質問を雑に分投げれば良い
意気揚々と答えればバカなお調子者で
質問の定義を要求した者はコミュニケーション能力が低く
反論し小ばかにした物は大バカ者で
驚いてこちらの顔色を窺いながら多方面から要約してきたものは極めて賢い
つまり曖昧なことを心地よく明確にする能力は途轍もなく賢い
仕事のほぼ全てのコミュニケーションはここにある
学歴ではなく、学があるとはこういう能力を指す

新入社員

まずは謝罪から始めたい、本来は手厚く、初めての出会いの新入社員をもてなしたいが、それが何年経っても実現しない愚かな部分がある

人事が努力に努力を重ねてやっと入ってきて頂いた新入社員が初出社日にやってきても自分のパソコンが用意されていなかったり 、名刺すらなく、手続きが大企業のようなお役所仕事で遅れたり 、そのような気持ちを理解できる優秀な社員がみな忙しくて 、その質問に答えるのはやる気のない二流社員ばかりであることは事実である、本当に申し訳ない。社長の悪夢である。

当社の仕事

ようやく仕事の話をする、つまりはこれだけ下段に来るのはこれが優先順位である。
当社の仕事はDXである、時代により表現は変わり続けるがデジタルトランスフォーメーション、つまりはITを駆使してビジネスを変化させプロフィットを顧客に提供することである。
DXはクリエイティブやシステム、ネットワークを提供しても成し得ない、要求される能力は事業計画を作り、戦略を立案し、遂行するの能力である。
この3つの能力で一番大切なのは「遂行する能力」である。
これらの事業の最低限は事業計画を作れるレベルからスタートする。

マーケティング、クリエイティブ、システム

マーケティングとは、顧客を想像することである。
顧客にこんな購買形態があるんだと発想させる切っ掛けを作る仕事を指す

クリエイティブとは、正に創造である、
グラフィックを書くことはグラフィッカーでありウェブサイトを作った時にはすでに本当のクリエイティブワークは全て終了したあとの仕事である。
要件が決まった後の制作はすでに終わった仕事である残務である。

システムとはそれらのプロセスをロジカルに作り上げることにあるが、課題があるとすればテクノロジーでは無い。
往々にして足りないのは技術ではなく顧客のことを知ろうとしないことである。

もし自分を変えたければ

会社の予算策定、年始の個人的目標設定や神への祈り、それで少しでも自らを変革できた経験があるのであればそれは理由ではなく、ただ、ただあなたが頑張ったからに過ぎない

人が大きく変わるには鉄則がある
・時間の使い方
・住む場所
・付き合う人
この3点が途轍もない変化を齎す

育児休暇、子育て

正直、創業期早々にコアの従業員が育児休暇になり、法律に乗っ取り権利を主張されたとき、即座に経営が成り立たなくなり、致命的なダメージを受けたときに困惑したことはあった、ただし現在はそれを当然の権利として推奨し手厚く対応する余裕が出来た事は、経営者として先人に感謝しかない

女性は産休に入る可能性があるから採用を避けたいという時代錯誤は甚だしく、男性女性の差異は一切なく、個人として有能無能があることを知るべきである。

トラックレコードとして産休に入った従業員は悉く手当を全て享受した上で退職しているが、それは長期休暇の後に受け入れる雰囲気の醸成、会社のキャパシティーが齎す愚かさを如何に解決するかが経営課題であることを幹部は覚悟しなければならない

経営には関係は無いが、従業員から度々子育ての悩み事の相談を受ける為、個人的見解を記す

子育てにおいて親は壮絶なる雑音に悩ませられる
子供の立ち上がる速度、食事の量、歩く速度、話し始めるタイミング、暴れ方、大人の言う事を聞かない、物を壊す、そして学歴

これらの問題を、貴方が客観的に大人になって、この人はこの事で苦労しているだろうなと思う事実以外は「例外なくどうでもいい」
歩く速度で困っている大人を見たことがありますか?
物を壊して、怒鳴って困っている大人を見たことがありますか?
食事の量で困っている大人を見たことがありますか?
私は高卒である。
もちろん上述で困っている大人はいますが、それが思い悩むほどレギュラーな課題かどうかを冷静に考えると「はっきり言ってどうでもいい」と思えばもっと楽しく、楽に過ごせるはずです

3つの力

経営的重大な力、前述の流れで子供に託せる力とは何なのかを定義した時、それは社会でも、ビジネスでも、家庭でも共通の力がある

1,生存力
人に必要とされる力、究極の時の優先順位を瞬時に決める力、先手先手でリスクヘッジする力
正しき方針より、その方針を全力で徹底すると結果が出るという慣性力

2,深く考える力
この力がなければそもそもの会話が成り立たない
その発言をした当人の真実(バックグラウンド、言わしめたステークホルダー、本人のみのもつ情報と価値観)と自らの真実を客観的に照らし合わせて初めて会話が成り立つという事実を早く認めた瞬間にコミュニケーションが楽になるという事を知って欲しい

3,人の気持ちを理解する力
誰しもが目の前の相手の気持ちを理解しようとするが、いま貴方のいる床をだれが掃除したのか、テーブルを拭いたのは誰か、その会議室を作ったのは誰か、出会うための場所を提供してくれたのは誰か
いま商談している相手の紹介者は誰か、その相手にお礼の連絡はしたのか
その相手を紹介したのは誰か、その方に連絡したのは誰か
その更に手前に紹介されたきっかけは誰なのか
最低でも3世代前の関係各位に感謝の連絡を都度怠らなければ、それは強い信頼関係の人間関係を形成し、永続した途轍もない人間関係を維持できるであろう

その結果、3つの要素を意識し続ければ初めて「全てを支配する力」を得られる。
その支配とは、他人ではなく、自分のパッション、メンタル、マインド、危機管理能力、自らをコントロールする力である

究極の時

一撃で会社が崩壊しそうな状況になった時、幹部の胆力が試される時である
そして同時に経営者は今までの生暖かい発言の根源を覆すような悪魔のような決断を瞬時に連発するであろう(実際何度もした)
過ちは後があれば正せるが、あとが無ければ終わりなだけである。
まず難しく考える前に、我々は自らにとっては人生の全てに思えても社会の極小さな小さな経済活動を倫理的に全うに行っているだけであり、巨大な失敗をしても「命までは奪われない」時代に生きていることを理解すべきである
「人生死ぬこと以外はかすり傷」この言葉よりも強い言葉は未だに見当たらない

最後に

従業員は自己実現の為に生きなければならない
会社のために健康を阻害し、精神的苦痛を味わう立場でもない
私は経営者として尽くしてくれた従業員を一生忘れることは無いが、同時に敢えて思い出すこともない。
会社はあなたがどんな人生を歩もうが常に前進し続けて自ら発展し続けることを宣言する。
「心配するな、私は一人になろうともこの会社を守り生きていく」
そして、あなたが思っているよりも、大丈夫、全て上手く行くもんである。
生きた屍になる必要はなく、この環境を活かし、自らの代替し難いスキルを身に着け、胆力を身に着け、在職中は貢献し、「自らの人生には自らのみが責任を持ち他責にしない生き方」を私個人として心から望む。

そして最後に、散々と企業の生存力を謳いながらも真理として本当に大切なことは長く生きるよりも「如何に生きるか」が本質だと思っている。

グチグチ文句を言って生きているつまらない人に「文句があるなら今すぐ自分の生き方を先に変えたほうが良いんじゃないの?」と宣いながら「生存力」とか「価値」とか「如何に生きるか」というほつれそうで絡み合う矛盾の主張をしている自分の整理をこれからも続けていくのである。

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