「産まないと決めた日」第7章 エピローグ
こちらは創作大賞2024に応募した作品であり、フィクションになります。
物語はプロローグ、第1章から始まり、第7章、エピローグまで続きます。noteでは7話にわけてアップしています。ぜひ最後までお楽しみください。
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第7章 決断
街コン
帰国後久しぶりにあおいは友人と食事に出かけた。10年前にあおいを卵子凍結説明会に誘った友人だ。結局のところ彼女も凍結した卵子は使用せずに独身生活を謳歌している。
食事先でスタッフジャンバーを着た人から1枚のチラシを渡された。
行政主体の街コンという名の合コンのチラシだった。QRコードを読み込むと詳細がわかると言われ、良かったら登録して参加しませんか?と言って立ち去っていった。
合コンには全く興味はなかったが、興味本位でQRコードを読み込んでみた。
いわゆるAIとリアルを融合させた婚活アプリと言ったところだろうか?
アプリ内でプロフィールを見てアイコンで会話し、お互いがリアルで会いたいと思えば、街コン内の指定された会場にいくという仕組みのようだ。そこにはスタッフもいて安全性は担保されているらしい。
条件に応じてAIがマッチングもしてくれるらしい。簡単に言えば行政が運営する出会い系アプリといったところだろう。
登録条件は
男性 28歳~45歳まで
女性 28歳~34歳まで ただし卵子凍結している人は39歳まで可
となっていた。
アプリの登録画面には、欲しい子どもの人数まで記載する欄があり、男女ともにプレコン検査受診の有無をチェックする必要もああった。
「出会いではなく出産を目的とした合コンだね」と呟くと、あおいはうんざりした表情でスマホを閉じた。
「日本のあちこちで流行っているのよ。」と友人もうんざりした顔でいいながら「そういえば、あおいも東京都からアプリの案内メール来てたでしょう」訪ねてくる。
卵子凍結を実施した人あてに何度か、この街コンアプリの案内メールが来ていたらしい。
「卵子凍結の更新メール以外見てなかったわ‥‥」とあおいは運ばれてきたビールを飲みながら返事した。
友人は東京都の案内で街コンアプリに登録していた時期があり、何度かマッチングされた男性と食事にもいったという。
「男性の価値観は変わりつつあるといわれているけど、本当のところはどうなんだろうね」友人はそう言いながら、街コンでマッチングされた人の話をはじめた。
友人が出会った男性がたまたまそうだっただけかもしれないが、子どもは2人欲しい、3人欲しいと要望はいってくるが、どこまで一緒に育児をしようと考えているかはわからないという。あくまでも自分はサブというスタンスでしか話をしないらしい。
そして決まって「育休はもちろん1年取るよ。保育園も送っていくよ」と自信満々に言ってくる。その度に「育休だけ?保育園だけ?子育てはその後も続くのよ。」というとほとんどの男性は黙り込んでしまったらしい。
「育休さえとれば大丈夫!って思っている男性が今でも多すぎるのよ。結局のところ変わったのは一部の男性だけ。そしてそんな人は街コンアプリには登録していないのよ。世話をしなければならない人が増えるだけだったら、パートナーなんていらない。私はシングルマザーになる」と友人は言う。
もともと友人は、シングルマザーを視野に入れて卵子凍結を行っていた。「もう少し早くシングルへの精子提供が解禁されると思ってたんだけどな…」と彼女はつぶやく。
シングルへの精子提供は話が止まったままだ。あくまでもパートナーがいる人しか精子提供が選択出来ないのが日本の現状だ。
後1年待って日本の法律が変わらなければ、海外で精子提供を受けるつもりと友人はいう。都の助成金で採卵した卵子は海外に持ち出せないため、彼女は別のクリニックで助成金を使わずに採卵を行っていたのだ。そのクリニックは海外とのつながりも強いらしい。
「アングラと言えば、アングラなんだけどね」と彼女は少し自嘲気味に笑った。
2024年、日本は子どもの出生数が70万人を下回った。2016年に出生数が100万人を下回ってから坂道を転げ落ちるように出生数の減少は止まらなかった。当初70万人を下回るのは2038年と言われていたにも関わらず、結果的には14年も早く70万人を下回ってしまったのだ。
この少子化を食い止めるために、国も行政も必死になった。子育て支援という名目で様々な無償化や給付に取り組んできた。そのおかげで3人目以降に関しては、お金の心配はそこまでしなくてもいい時代にはなった。
ただそれ以外の子育て負担の軽減策は大してなかった。結局のところ家族で何とかするか、理解のある企業に勤めないと、仕事と育児の両立は難しいのが現状だ。
表向きは女性の選択肢と言われた卵子凍結も少子化対策が真の目的だろうと揶揄されていた。ただ誤算はこの卵子凍結にあった。
卵子凍結をして、将来に保険をかけたと思った女性達は、ますます妊娠・出産を先延ばしにするようになった。当たり前といえば当たり前の話なのだが‥‥その結果、ますます少子化に歯止めが効かなくなってしまった。
おまけに、都の助成金額ににあわせて、低価格で卵子凍結が出来ることを売りにしたクリニックが乱立したせいもあって、必要十分な卵子を30代のうちに凍結しなかった女性も少なくなかった。その結果、せっかく卵子を凍結したものの出産に至らなかった女性も少なくないようだ。
凍結した数が少なくても、「50%の確率があれば自分は妊娠できる側に入れる」そう疑わなかった人も多くいたのだろう。
あの時、誰かがもう少し強く警告をならすべきだった。あおいはそんな風に考えながら、「いや、警告は鳴らされていた。でも多くの人は都合のよい情報にしか耳を傾けなかっただけだ。動画でも必要凍結個数は指摘されていたはずだったのに」と当時のことを思い出していた。
2033年の今、出生数50万人を下回るのも時間の問題ではないかと言われている。だからこそ国も行政も躍起になって街コンを行っているのだ。女性に子供を産ませるために…
そんなことを考えながらも、あおいは久しぶりの友人との昔話に華を咲かせていた。
「産む、産まないは自分達で決める。社会に決められることではないのだから」あおいは心の中でそう呟いた。
子どもは産まない
そんな友人との食事から数ヶ月経った頃、ようやく精子提供によってシングルマザーを選択できるよう法案が可決される方向で動き出した。
シングルマザーへの精子提供に関しては、最後まで反対勢力との攻防が繰り広げられたようだが、最終的にはこのままでは本当にこの国から人がいなくなってしまうということで、渋々了承されたようだった。
国内での卵子提供は数年前から始まっていた。
結局最後の最後になったシングルマザーへの精子提供。ここに日本の家長制度の闇を感じる。
「この国はいつまでこの価値観に縛られ続けるのだろう?」あおいはそう思わずにはいられなかった。
あおいは例年より早く卵子凍結の更新画面を見ていた。40歳の誕生日を目前にそろそろ結論を出そうと考えたのだ。
この10年弱、あおいは一度も子どもが欲しいと思うことはなかった。パートナーはいるが結婚を考えたこともなかったし、なんなら子育てを共にしているところも想像できなかった。
そう、これがあおいの答えだったのだ。
目の前にパートナーはいるのに子どもがいる生活は想像できなかった。育った環境が影響しているのかどうかはわからないが、どうしても結婚・出産にポジティブなイメージを持つことが出来なかったのだ。
隣にいるパートナーに目を向けると、彼は小さく頷いた。そんな彼の反応を見ながら、私は更新しないにチェックをつけて、送信ボタンを押そうとしていた。 10年間、毎年続けてきたこの作業が今日で終わるのだ。
最初の頃は、何も考えずに更新の返信をしていた。 そしてこの更新確認もいつの間にかオンライン上で行えるようになっていた。
ただ凍結卵子の破棄だけは書類を送付しないといけないようだ。書類をダウンロードし、必要事項を記入していった。
そんな中、あおいを最後まで悩ませたのが卵子提供の欄だった
凍結卵子の保管を終了する際には
□破棄する
□培養士の練習用卵子として提供する(学校 病院)
□卵子提供にまわす
の3つの選択肢があった。
卵子提供はあおいが卵子凍結する時にはなかった選択肢だ。卵子提供の適応は現時点では、がん患者・早発閉経・卵巣の病気など医原性に限られている。ただ今後は範囲が拡大されるという話も聞く。
誰かの役にたててほしいという気持ちがある反面、自分の知らないところで自分の卵子がひとつの命としてうまれれてくることにあおいは怖さを感じた。生れてきた子どもには出自を知る権利がある。将来どこかで遺伝子がつながる子に会いたいと言われるのかもしれないのだ。
あおいにはその覚悟はなかった。
「だったら練習用?でも本当に練習だけで済むのだろうか?」あおいは凍結卵子の使い道に関して個別相談に申し込むことにし、いったん保留で必要書類を送付し、クリニックでの面談の予約を入れた。
コーディネーターとの面談
あおいが卵子凍結した頃とは違い、数年前から卵子凍結の事前カウンセリングが丁寧になっていた。というよりも都の卵子凍結の助成が出産を目的にした人か、卵子提供を目的にした人しか対象にしなくなっていたからだ。
数回に渡り、コーディネーターとライフプランを検討して最終的に卵子凍結に進むかどうか、使用しなかった時や凍結卵子が残った際に卵子提供をするかどうかを決めていく。最終的に卵子凍結に進めば、このカウンセリングにかかった費用は行政から支払われるらしい。
あおいはその対象の時期ではなかったため、1回だけカウンセリングチケットが配られた。ただ卵子提供をしないとこの相談費用は自費になるらしい。
「卵子提供を強く勧められるのだろうか?」
あおいはクリニックの前で少し後悔をしていた。「やはり事務的に処理するべきだったかな」と考えながらクリニックの受付に向かった。
あおいの話を聞いてくれたのはライフコーディネーターという人だった。卵子提供をする場合は、カウンセラーとの面談が必要になるそうだが、まずはコーディネーターから話を聞くことになるらしい。
気になっていた教育用にチェックした卵子が卵子提供にまわされる可能性について失礼ながら聞いてみた。
コーディネーターの方は、嫌な顔ひとつせずに
「気になりますよね。本人の意思に反した利用は基本あり得ません。ただ絶対におこらないとは正直言い切れない面もあります。20年以上前になりますが、臍帯血が別の用途で使われていたという事件も起きてはいます。ただ私達のクリニックではそれらが起こらないように管理しています。」と回答してくれた。
このコーディネーターさんを信じてみよう、そう思って教育機関への寄付に〇をつけて、凍結卵子破棄を委任する書類を提出した。
最後にもうひとつだけ質問をしてみた。
「凍結卵子を卵子提供にまわす人はどれぐらいいるのですか?」
「他のクリニックに保管されている方もいるので、正確な数は把握していないが、現時点ではそこまでは多くない」というのが回答だった。
私のように自分の知らないところで自分の遺伝子を持った子供が生まれてくることに怖さを覚える人もやはり一定数いるらしい。
また、子供を望むという思いを断ち切るためにあえて破棄する人もいるという。パートナーに出会えなかった、シングルマザーの法改正まで待てなかった人に多いらしい。今後はシングルマザーになる決断が出来なかった人もここに入ってくる人がいるだろうという。
「自分の人生は自分のものです。将来はわからないけど、今納得できる決断をしてください。他人の目線、国の状態を気にする必要なんてないんです。そもそも少子化は私達の責任ではありません。国が2000年台に手を打たなかったのが悪いのですから」
最後にコーディネーターは静かにそして強く語った。
長兄と同世代ぐらいだろうか?きっとこの女性も時代に翻弄されてきた一人なのだろう、そう思いながらあおいはクリニックを後にした。
あおいの頭上には雲ひとつない青空が広がっていた。
「今年も暑くなりそう」あおいはそう呟いて歩き出した。
エピローグ
「あおい、そろそろ行こう。」
ふと見上げると、彼が立っていた。
ひとりで昔を懐かしんでいる間に、彼はあちこち散策していたようで、汗だくだった。
嬉しそうにクワガタ虫を手にしている。
「後で仕掛けをセットしに来よう」と彼はルンルンだ。
「東京だとデパートで売られているクワガタ虫が普通にいるなんて」とテンションが高い。
そう、彼はいつまでたっても子どもこころを忘れない。ビジネスとプライベートでは見せる顔が全然違う。
そういえば、子どもの頃は兄たちとよくクワガタやカブトムシを取りに来たな。そういえば、そんな時も母は‥‥気が付くと回想シーンに入ってしまう、私は小さく首を振り「過去は過去」と呟いた。
そんなあおいの言葉が聞こえていたのかどうかは知らないが、「冷たいビールが飲みたい」と彼が言い出した。
「残念!東京じゃないんだから、この町で昼から飲めるところなんてないわよ」と私は笑って彼に言う。
「とりあえず探してみようよ」と彼は歩き出した。
「もしかたら、この町でも男女が気軽に昼から飲める場所が出来ているかもしれない」なんて少しだけ期待を抱きながら彼を追いかける。
雲ひとつない青空を見上げながら…
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