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心配で心配で、治療も出来ません 〜動物病院のカルテ〜

「それで、大丈夫でしょうか?」
「そうですね、しっかり治療してあげた方が良いと思いますよ」
「そうですか…」
「はい…」
「でも、心配で…」
「ええ…」

(このやり取り、いつまで続くんだろう?)

絶望的な気持ちで、羽尾先生はこっそりと上目遣いで時計を見上げた。
19時28分、終業時間をすでに30分近く過ぎている。
診察を始めた時にはいたはずの看護師さんは、とっくに退出している。
診察室には心配顔の女性と二人、取り残されたと感じてしまうのを禁じえない。

「その薬を飲み始めたら、一生飲み続けなければいけないんですよね?」
「と言うよりは、薬を飲まないと状態を保てない病気になってしまったのです」
「薬漬けにするのは可哀想で…」
(クスリ漬けって…。シャブ中みたいな言い草じゃないか。余程クスリをあげたくないのだろうな…)

当の患者さんであるチワワのマルちゃんは、苦しそうに肩で息をして、たまに咳き込みながら成り行きを見守っている。
(とにかく早く治療を始めて楽にしてあげれば良いのに)
女性に抱っこされているマルちゃんにチラリと目をやりながら、羽尾先生は思った。

「マルちゃんがとても辛そうなのが心配なのですよね」
「そうなんです、昨日は夜も寝られなくて」
「今もかなり苦しそうですよね」
「そうなんです、何とか楽にしてあげたくて」
「では、なるべく楽に過ごせるように治療をしていきましょう」
「ええ…」
「じゃあ、やはり先ほどお話ししたように、心臓と肺の治療のクスリを使いましょうか」
「ええ…」

それで…、
と羽尾先生の耳に聞こえた時、また絶望感が襲ってきた。

「大丈夫でしょうか?」

時計の針は20時を指している。

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