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クソ親父の哲学。


たまに思い出す父親の存在。親父は今どうしているだろうか。親父はどこかに消えていった。


親父のことは嫌いだった。すぐにでかい声で怒鳴って、何度も泣かされた。子供の頃、親父は僕にとって最も恐い存在だった。

最低最悪のクソ親父。喧嘩が絶えなくなった両親は別居。僕は、中学、高校時代、母親と父親の家を行ったり来たりしていた。僕は自分の人生に萎えてしまった。

親父のせいだ。

母親と比べると、親父の用意する晩御飯の適当さが際立つ。よく仕事終わりに吉野家の牛丼をテイクアウトしてきた。親子二人、無言で牛丼を食べた。親父はときどき僕をラーメン屋に連れてった。親子二人、無言でラーメンをすすった。

親父と二人で食べる飯は妙に旨かった。

子どもは親の影響を受けたくない、受けていないつもりでも、やはり影響されてしまうものだ。息子は時を経て、吉野家の牛丼とラーメンをこよなく愛する不健康な大学生となった。

小学5年生の時、元ラガーマンだった親父に強制され、ジュニアラグビーをすることになった。体力のない自分にはとても辛かった。しばらくして練習に通う足が重くなり、ジュニアラグビーをやめた息子。

「ラグビーなんて二度とするか」と、思っていたのに、そんな息子は大学でラグビー部に入部、今では部長である。ラグビーが楽しくて仕方がない。どうしてこうなった?

親父のせいだ。

思い返せば、自転車に乗れるのも、友達とキャッチボールが出来るのも、親父が教えてくれたおかげだ。今の自分がいるのは間違いなく親父のおかげだ。こうして離れ離れになって親父のことを思い出すと、楽しかった思い出ばかりが浮かび上がってしまう。不思議だ。


親父が何度僕に言っていたことを思い出した。

「俺は俺や!」

その心を忘れるな!

思えばこの言葉がこれが親父の哲学だった。

幼かった僕にはこの言葉の意味がピンとこなかった。俺が俺、自分が自分なのは当たり前じゃないかと思った。

常に周りの目を気にして人に怯えていた僕。特に学校という窮屈なコミュニティは、自分のダメさが際立つ。勉強が出来ない、体育も苦手。デキル人間との差。出る杭は打たれてしまう。だから教室の隅っこで、死んだように生きていた。

どうしようもなく不幸なことばかり起きてしまう人生。いつも周りと比較して、劣等感を感じていた。社会は甘くない。人生は決して公平なんかじゃないことが、分かった。僕の人生は、どうしてこんなに不幸なんだ。自分自身を否定したくなる。

子どもから、大人へと成長していく過程で、父の言っていた言葉の意味がようやく理解できた。

周りの目を気にする必要なんてない。どれだけ他人に否定されたとしても、俺は俺の精神で、堂々と生きればいい。周りと自分を比較する必要もないし、周りに合わせる必要もない。無理をしなくていいのだ。周りと違った道に進んだって構わない。自分の心に従え。自分の人生を生きろ。

この哲学があるから、僕は辛いことがあっても何度でも吹っ切る事が出来た。前に進むことが出来た。それはこの先もずっとだ。

自分らしく生きろ。

「俺は俺や!」

クソ親父が教えてくれた僕にとって最強の哲学だ。





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