#28 短編空想怪談「後姿」

母が死んだ。
呆気なく、只死んだ。
母は私に興味がなかった。
テストで100点を取った時も、有名大学に進学する時も、結婚して名前が変わる時も、私に興味を示した事が無かった。

父は既に他界していて母は実家に一人暮らしだった。
発見したのは通りすがりに犬の散歩をしていたおじいさん。
「庭先で人が倒れてる」
見知らぬおじいさんが警察に通報、搬送先の病院で死亡が確認された。

死因は何かしらの突発的な病気だったらしい。
私も聞いたが、どこかショックを受けていたのか、医者の話しが頭に入って来なかった。
慌ただしく通夜をし、また慌ただしく葬式を済ませ、残ったのは小さな庭付きの戸建て。
遺産も特に無く財産といえば、その土地と上物くらい。
私はあっさりその土地も実家も手放した。
特にこれといった思い出も無く、未練は無かった。
母の服、冠婚葬祭で使ったであろうアクセサリーの類、私に興味が無かったくせに何故か残っていたアルバムや100点のテスト、私が送り続けた手紙。

全て燃やした。

母の生きた痕跡は何も残さなかった。

母の葬式が終わり、数ヶ月が経った頃。
夢を見始めた。
真っ暗な空間に私が立っている。
その空間には私一人かと思い、見回すと誰かが立っている。

母だ。

髪型も体型も服装も紛うこと無く、それは母だった。
声をかけるでもなく、ただその後ろ姿を眺めていた。

気が付くと朝。

そんな夢を数日に一回見るようになっていた。
別段恐ろしくは無かった。
死者とはいえ、それが知り合い、ましてや肉親だと恐ろしく感じないのは不思議だった。

1年が過ぎた頃、夢に変化が現れた。

母が振り向いてきた。

母はゆっくりゆっくりと振り向き、今日はここまで、今日はここまで、というような感じで日に日にこちらを向いてきている。

何故そんなまどろっこしいマネをしているのかは知らないが、そうしてゆっくりと私に向き出してきたのだ。

そして遂に、横顔が見え始めた。
が、その顔は母の顔ではなかった。

髑髏だ。

その横顔を見て、私の口角が少し上がったのを感じた。

相変わらず、母の服装をした髑髏は日に日にこちらにゆっくり振り向いている。
そして、とうとう私とその髑髏は向かい合った。

髑髏は私に向かって何か言おうと口をアホみたいにパクパクさせている。
エサを貰おうとしてる鯉のようにマヌケで滑稽だ。

それからほぼ毎日その髑髏は夢に現れては何か訴えようと、口を必死に動かしている。

流石にその夢にも嫌気がさし、何を訴えているのか、察しようと努力した。

その努力の結果、何を言っているのか分かった。

「た・す・け・て」

と言っていた。

何を言っているのか分かった瞬間、私はハッと目覚め、そして直感した。

母は地獄に墜ちた。

理由は分からないが、何となくそんな気がした。

知り合いの知り合いに霊が視えるという人物が居たので、ものは試しだと思い、視てもらうと、私の直感は当たった。
母は地獄に居るらしい。

助けましょうか?
そう聞かれたが、私はその申し出を拒否した。

数日後、とうとう夢から出てきたのだ。

現実の世界に。

朝、目が覚めると、後ろ姿で同情して欲しそうな佇まいで私の枕元に立っていた。

これには流石に驚いたが、直ぐにそれは怒りに変わった。
明くる日、旦那がやっているゴルフに興味を持ったフリをして、ゴルフクラブを一本拝借した。

そして朝。
髑髏顔をしてるであろう後ろ姿の母がやはり現れた。
その母を私は思いっきり旦那から借りたゴルフクラブで殴った。
私に興味が無かったくせに、一度も私を褒めた事が無いくせに、都合が悪くなったら助けて。

ふざけるなクソババア
テメェは地獄で自分の子供を無視した罪で、死んでも死にきれない地獄を永遠に味わえ。
二度と出てくるな、メスブタ。
テメェなんか鬼にバラバラにされて何百回、何千回、何万回喰われて苦しめ。

そう唱えながらゴルフクラブを振り下ろした。

それからも懲りずに、度々母の髑髏は現れた。
ただ、セリフが変わった。
謝ってきたり、思い出話しをしてきたり、小賢しい事に同情を買おうとしていた。

そして私は母が現れる度、罵り罵倒し、殴り、蹴り、もう一度母を地獄に堕とす。

何度でも。




私が子供の時、私を無視した母を、私は絶対に許さない。

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