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#26 短編空想怪談「L.O.」

目が覚めると、そこは見知らぬ部屋。
そして一目でその異様さに気づく。
床にはゴキブリやカマドウマが何匹か這っていて、壁は土壁で脆くなっているようで、所々崩れて内壁の板が剥き出しになっている。

3方向はその壁に囲まれているが、1方向は檻になっていて、その向こうに7〜8メートル程の廊下が見える。
「一体何をしてたんだ?ここはどこだ?なぜこんな所に居るんだ?」
疑問で頭がいっぱいで呆然としつつ、持っているスマホで時間や、位置を調べようとポケットを漁ると、何もない。
スマホどころか、財布も家の鍵も、自分の持ち物は今着ているこの服だけだという事に気がついた。
焦って自分の服にあるポケットというポケットを叩いて何か持っていないか調べていると、檻の扉がギィと音を立てて、ゆっくりと少しだけ開いた。

恐る恐る、檻を開け外に出ると、曲がり角にその檻が位置している事が解った。
檻から出て右と正面に廊下、右の廊下の先は更に左に行けるようだ。
正面の廊下には突き当りに扉があり、廊下の中央あたりに襖がある。

時間は何時なんだろうか。
雨音はするが、正面の廊下の左側にある身の丈程の窓は雨戸が閉められて、外の状態が解らない。

電気は通っているようで、天井に吊るされた橙色の裸電球が微かに辺りを照らしているだけだった。
雨音に混じって、どこから途もなく、何かの音が聞こえる。
ザザ、ザザ、とテレビの砂嵐かラジオのチャンネルを探しているような音だ。
何となく音のする正面の廊下を進み、突き当りの扉まで行くと、更に右へ曲れるようだ。
音の発信源には少し近づいたようで、今度は言葉がちゃんと聞こえる。
何かのニュースの様だった。

扉のある突き当りを右へ曲がり、突き当たると更に右に曲れ、その廊下の中央が少し広くなっている。
どうやら土間と玄関の様で、急いでその玄関に行くとそこで玄関の磨り硝子の向こうが暗く、今が夜だという事が解った。
玄関を開けようとするも開かない。
鍵が掛かっているようだ。
内鍵を開けようにも、錆びているのかびくともしない。
仕方なく他の出口を探す。
玄関を過ぎて、突き当ると更に右に曲れる様になっていて、突き当りにもまた扉がある。開けようとするがこちらも鍵が掛かっているのか開けられない。
その扉を過ぎて右に曲がると、さっきまで自分が居た檻が見える。
つまりこの建物は廊下が外周をロの字に囲っているのだ。

一旦玄関のある廊下の真ん中に戻り、玄関の反対側にある襖を開ける。
そこは和室になっていて向こう側にも襖がある。
この和室も廊下にあったような天井から吊るされた橙色の裸電球が微かに部屋を照らしている。
卓袱台が部屋の真ん中一つ、部屋に入って右の奥に箪笥が一つ、その上にはガラスケースに入った日本人形とラジオがあり、音の発信源はこのラジオのようだ。
部屋を眺めつつラジオを聞いていると、おかしな数列を言ってい。
204863
204863
204863
2048………
数列の意味は解らない、ただただ機械的に数列を繰り返している。
それに気味の悪さを感じ部屋を出ようと振り返ると、何者かが玄関の摺り硝子に張り付いている。

真っ暗な夜の闇を背負って、べったりと真っ白な服を着たシルエットがハッキリ浮かび上がるほど張り付いている。
外に異常な人物が居るのは明らかだった。

思わず後退るが、その妙なラジオが聞こえる和室にも居たくはなかったので、建物の反対側に位置する雨戸が閉められた窓から出ていこうと、奥の襖を開けて建物の反対側に向かった。

窓を開けようと、ネジ鍵を回そうとするが、こちらもびくともしない。
とにかく硬い。なんとか開けようとネジを回そうとするが、まるでネジに意志があって、自分を閉じ込めようとしてるかの様に硬い。
ネジ鍵を開けようと悪戦苦闘していると、耳元で

「うしろをみなさい」

と聞こえた。
恐怖で身体が固まる。
動けない。
後ろを振り向かず右手の扉の方へ歩き出す。
後ろは見ない、後ろは見ない、後ろは見ない。
そう唱えながら額から流れる冷や汗も無視して扉まで歩くと、ベタ…ベタ…と、真後ろから誰かの足音がする。
ほんの4〜5歩の間、真後ろから聞こえる足音も無視して、歩いて扉の前まで来ただけなのに、全身から冷や汗が止まらない。
扉の前で止まっていると、また
「うしろをむきなさい」
と耳元で囁かれる。

・・・・・・、
意を決して後ろ振り向いた。

誰も居ない。

だがあの声も足音もハッキリ聞こえた。
確実に自分の他にも誰か居る。
とはいえ、振り返って確認した廊下の静けさは、確実に自分はまだ一人だという事実を容赦なく突きつける。
不意に来た恐怖と淋しさに襲われていると、後ろからガチャリと音がして、扉が開いた。
その扉の向こうから伸びてきた手が自分の肩に置かれた。

やはり自分以外に誰か居る。

今度こそ、誰が居るのか確かめるため、勢いを付けて振り返った瞬間、息を飲んだ。



目が覚めると、そこは見知らぬ部屋。
そして一目でその異様さに気づく。
床にはゴキブリやカマドウマが何匹か這っていて壁は土壁で所々脆くなっているようだ。
「どういう事だ…」
目が覚めた瞬間“あれ”は夢だと思ったがまた夢と同じ部屋に居る。
しかも今度は夢じゃないらしい。
やはりポケットの中には何もない、雨も降り続いている。
直ぐに起き上がり、檻の扉を開けようとするが鍵が掛かっていて開かない。呆然としながら檻の中を眺めていると、壁にびっしり文字が書かれている事に気がついた。

正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正

ただひたすらに正の文字が書かれている。
いや、これは字を書いていたのではなく、数を数えているように見える。
なんの数なのか。
正の文字は3方向の壁全面に書いてある。
その正の字をしばらく眺めていると、ギィと檻の扉が開いた。
すぐさま抜け出そうと、檻を出て右に曲がり玄関に向かう、玄関には誰も居ない。
チャンスだ、今度は開かなかった玄関の硝子を割って外に出ようと思い、一旦、玄関正面の襖を開けて卓袱台を持ち、玄関に投げつけるが、硝子にはヒビ一つ入らなかった。
ガンと大きな音を立てて卓袱台が土間の地面に落ちる。
それと同時に自分も力が抜けて、その場に崩れる。余りの硝子の強度にあ然としていると、あの数列を言っていた気味の悪いラジオが今はちゃんと喋っている。

「○月○日、☓☓町で殺人事件が発生、犯人の△△容疑者は精神疾患の持ち主で、私宅監置中、檻を破り家族を殺害。その後、依然逃亡中。△△容疑者の特徴は白い襦袢に長髪の女。見つけた際は〇〇警察署にご連絡下さい。204863 204863 204863 204863」
ニュースを読み終えると、ラジオからあの気味の悪い数列の繰り返しがまた始まった。
そして、このラジオで解った事は自分はどうやらその殺人事件のあった家に自分は居るようだ。

なおさらそんな所には長居はしたくなかった。
なんとかこの家から脱出を試みようと他の部屋にも行くことにした。
まずは和室を出て右にある、突き当りの扉を開けようと、その扉を見に行くと微かに扉が空いている。

直ぐに扉を開けよとすると、立て付けが悪いのか全開には開かない。
何とか身体を横にして入ろうにも、肩が引っかかって腕しか入らない。
とりあえず、中がどうなっているのか、何が部屋にあるのか、扉の隙間から部屋の中を観察してみると、そこは洗面所の様だ。
恐らくその先には風呂場があるだろう。
カビ臭さがその洗面所から漂ってきて、余り開けておきたい扉だとは思えなかった。
そんなことを思いながら、腕を抜いて改めてドアの隙間から、部屋の中を観察していると、白い襦袢を着た長髪の女がバッと顔を覗かせ、乱暴にバタン!と扉を締めた。
恐怖で心臓が締め付けられる。
急なその女の顔に驚き、背中を後ろの壁にブツけてへたり込む。
恐怖の余り涙が出てきた、もしあの女がラジオの言っていた犯人の女なら次は自分が殺されるかもしれない。

「〇〇警察署までご連絡下さい」

ラジオの一言が頭に浮かんだ。
警察署に電話しよう。
ここに犯人が居る。
スマホは無いが、ここが民家なら電話くらいあるはずだ。
抜けた腰を奮い立たせ、電話を探すことにした。
恐らくあの和室なら電話があるかもしれないと思い、和室に戻って部屋を見回すと、やはりあった。
壁と一体化した、古めかしい電話だ。
ダイアルを回して、110番へ電話を掛ける。

しかし、聞こえきたのはコール音でも、ましてや警官の声でもなかった。

耳元から聞こえてきたのは女の啜り泣く声だった。

背筋に寒気がはしり、直ぐに電話を切った。
全身の力が抜け、大きな溜息が思わず口から流れ出す。
出られない、繋がらない、その絶望感から、また倒れ込む。
絶望感に苛まれ座り込んでいると、どこかで扉が開いた。
ガチャ…、ギィィという音が耳に入る。
四つん這いで和室から頭だけを出して、さっきの洗面所の扉を見ると、そこは閉まっていた。
別の扉が開いたらしい。
となると、開いた扉は一つ。
あの檻の正面にあった突き当りの扉。
なんとか立ち上がり、和室を出て左、そしてまた左。
やはり扉が空いている。
それと同時にとてつもない悪臭が鼻を突いた。
服で鼻を押さえながら、開いた扉まで向かい、中を見ると、そこは汲み取り式のトイレだった。
中には汚物が貯まり、あと何回か用を足せば溢れるのではないか思うほどだった。
その頭上には、申し訳程度に小窓があり、そこから雨が振り込みトイレの床は酷く濡れている。
何とかその小窓を閉めようとするが、汚物の混じった雨水を踏みたくはない。
しかし、あの窓を閉めなければ、廊下まで浸水しそうなので、それは何とかしたかった。
しかたなく、靴下を脱ぎ裸足で、なるべくトイレの便器から遠い壁側に足をつま先立ちで置きつつトイレの中に入り、小窓を閉める。

すると、トイレの扉が勝手に閉まった。
まずい!と思い、無我夢中で足が汚水で汚れるのも考えず、扉を開けようとするが、開かない。
閉じ込められた。

悪臭が絶え間なく鼻を突き、吐き気がする。押しても引いても扉は開かない。
押し問答をしていると、扉の向こうからベタ…、ベタ…、
と足音が聞こえた。
やはり誰かもう一人居る。
開けようとしたトイレの扉を、今度は力いっぱい締めて開かない様にした。

ドアノブが回る。
外にいる何者かが開けようとしている。
ガチャガチャガチャガチャ。
外に居る何者かは扉を開ける事を諦めようとはしてくれない。
しばらく扉を閉める手と、扉を開けようとする手の攻防が続いた後、扉を開けようとするドアノブが止まった。
そしてまた
ベタ…、ベタ…と、今度は足音が遠ざかる。
助かった…。
そう思った。
ホッとしたのも束の間、背中に雨水が当たる。
閉めたはずのトイレの小窓がまた開いて雨が振り込んでいる。
うんざりしながらもう一度、窓を閉めようと振り向くと、小窓から女が覗いている。
生傷だらけで、虚ろな生気の無い顔でこちらをじっと見ている。
思わず恐怖で悲鳴が上がりそうになったその瞬間、目が覚めた。

目が覚めると、そこは見知らぬ部屋。
そして一目でその異様さに気づく。
床にはゴキブリやカマドウマが何匹か這っていて、壁は土壁で所々脆くなっているようで内壁の板が剥き出しになっていた。

知っている。
壁にはびっしりと正の文字。ロの字型の建物。
硝子は割れないし、持ち物は無し。
そして、最初の夢も、さっきの夢も、これは夢ではなく、現実。
ありえない事だが、この現実を繰り返している。

また、同じようにしばらくすると、ガチャリと檻の扉が開く。
もう一度、玄関に行って別の方法が無いか調べてみよう。
そう思い、檻を出て右へ曲がると、玄関への進行方向に誰かが立っている。
あの女だ。
白い襦袢を着ていて、髪は背中まで伸びているあの女が、廊下の真ん中に、後ろを向いて立っている。
思わず悲鳴が上がりそうになり、息を吸ってしまったが、あの女に気付かれまいと、自分で自分の口を直ぐに塞いだ。
今まであんなに姿をハッキリとは見えなかった。
驚きつつその背中を凝視していると、蹴られたのか足跡らしき跡や、滲んだ血のあと等、虐待の痕跡が背中に見られた。

気付かれない様に音を立てず、まずは正面の廊下中央の襖から和室を突っ切って玄関に向かおうとするが、襖が開かない。
襖は固く閉ざされ、無理に開けようとしたら、傷んだ襖の取っ手で指を切ってしまった。
指先がじんじん熱を持って痛み、傷口から血がじわりと滲み出てくる。
和室を通るのは諦めて、トイレの角を曲がって、迂回して玄関に行くことにした。
曲がり角まで来て、右を見ると、

またあの女が後ろ向きに立っている。

頭が混乱した。目の前の事実を受け入れられない。では、さっきの後ろ姿の女は一体なんなんだ。
迂回した廊下を戻り、もう一度洗面所のある廊下から玄関に向かおうと思い、檻の方へ振り向くと、
今度は檻の中の闇から白い手が一本こちらに向かって伸びている。
廊下を前か後ろに行くかだが、どちらにも行けない。
女の背中が見える廊下か、白い手が伸びる檻の前を通るか、選択肢は2つに1つ。

少しでも怖くない方へ・・・。
そう思い、廊下を戻って檻の方から、玄関に向かう事にした。
檻から出た手はなるべく見ないように、目を反らしながら、檻に向かう。
その時、灯りが消えた。
一瞬の闇、動けなくなる。
数秒するとまた灯りが戻り、あの心許ない橙色の裸電球が辺りを照らすと、白い手は消えていた替わりにゴキブリが数十匹現れ、灯りに照らされて壁や天井の隙間に逃げていった。
檻のある廊下を左へ曲がり、洗面所の前の廊下を見ると、後ろ姿の女も消えていた。
恐る恐る玄関に向かい、もう一度玄関を開けようと試みる。
が、開かない。
すると、今度はガチャリと音を立てて、洗面所の扉が開いた。しかも今度は全開に。
出られる窓があるかもしれない。
薄い希望を胸に、洗面所に向かい、中に入ると脱衣所があり、さらに奥にはまた摺り硝子の引き戸、中を見るとそこは風呂場で、木の風呂桶には真っ黒な水が貯められていた。

窓はあるが格子がはめられ、出ることも侵入することもできなくなっていた。
その窓を眺めていたら、風呂桶の水から気泡が浮いてきた。
何かと思い、風呂桶を見ていると、手足を根元から切断された人間の胴体が浮かび上がった。
白い襦袢を着せられ、髪はボロボロ。
あの女だ。
背中から浮き上がり、ゆっくりと、正面にひっくり返ろうとしている。
見たくないのに、目が離せない。
耳まで見えてきて、黒く濁った水から、顔が見えるかどうかの所で、突然何者かに手で目隠しをされ、乱暴に外の廊下に引きずり出された。
そのまま、廊下に投げ出され、廊下の壁に頭打ち付けたその瞬間、意識を失った。

そしてまた、目が覚めると、あの檻の中で倒れている。
正の文字が全面に書かれた天井を見上げながら、ここである疑問が浮かんだ。
あの風呂桶の死体は明らかに、あの女のものだ。
しかし、ラジオではその女が家族を殺害したと伝えている。
情報が食い違っている。
真実が解らない。
疑問は尽きないが、目下一番の問題は






あと何回、この家からの脱出を試さなければいけないのか。
という事だ。

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