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青龍

青龍は言った
 「私が恐いか?」
 と。
少し考え、
 「恐い。だが、あなたに触りたい。」 
 私は言った。続けて、
 「共に生きたい。」
 と。
 神鳴が唸った。
 「何故?」
 と。
 耳を塞ぎ、目を瞑り、私は叫んだ。
 「あなた無しでは生きられないから。あなたが豊かでないと困る。」
 強い風が吹いていた。
 「お前は私に与える物はあるか?」
鈍く光る眼でこちらを睨む。
 真っ向から風を受けようと両手を広げて龍の威圧に向かう。髪は乱れる。
 「何が欲しい、命か?」 
 問う。
 「命など…好きな時に奪えるわ。」
 波が大きくなる。危うく足を取られそうな波が襲って来る
 「私はこの身を捧げると言うのだ。この国を愛する者として、八百万の神に!それでは足りぬと言うのか?」
 再び稲光が轟く。
 「未だ分からぬか?己の傲慢さが!
お前の身など、知恵など…露程も価値もない。ほれ、そこを這うアリと同じだわ。」
 下を向きアリを見て後退りする。
 「アリ…。我が身はアリ…。」
 青龍は身を捩らせ、金色の目で覗き込む。銀色の鱗が碧々と輝く。
 「なんだ、アリさえ恐いのか?
  恐怖は無知の証し。己が作り上げた虚像でしかない事は。大昔から説いて来たと言うのに…。まったく嘆かわしい。」
 いつの間にか、嵐は収まり始めている。
 「では、私はどうすれば良い?」
 龍が去ろうとする後ろ姿に
再び問うた。
 青龍は静かに、穏やかな声で
 「ただ伝えよ。ありのまま、今日起きたあり様を。己の無力さを。忘れずに!己は愚かだと。すぐに忘れようとする、支配しようとする生き物だと。
 我らは、生きておる。あらゆるところに、生きとし生けるもの全ては、お前の想像を遥かに超えた力が宿っておる。それを忘れずに伝えよ。悲しみも、苦しみを。恐怖を。見聞きした全てをただ伝えよ。良いか?」
 その声がせせらぎのように、流れ去った。

 いつの間にか、月明かりが射す水面はあの竜の鱗のように輝いていた。その輝きはもう恐怖ではなく、癒しを讃えていた。
 「伝えよ!忘れずに伝えよ!」
 体の中で響き渡る。

 伝えよ!伝えよ。伝えよ…。

おわり

#イラストはみんなのギャラリーからお借りしています  #みんなのギャラリー

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