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箱根駅伝における「日テレ節」の継走(後編)

”日テレ流” 「平板ました」が生み出すリズム感と没入感

アナウンスメント技術が、ステーションブランドの構築に寄与すると前編では書きました。では、今回の箱根駅伝において、どんな日本テレビ独特の技術がみられたのかについて続けていきます。

その技術が使われていた条件を整理します。

  • 誰が?・・・主に中継車の担当アナウンサー(1号車、バイクなど)

  • いつ?・・・後ろの選手が追い抜いて順位が変わるシーン、中継所が近づいてラストスパートをかけているシーンなど

  • 何を?・・・実況によく耳を傾けていた、いわば私のような変態気質な方であれば気づいていたかもしれません。今日は最も特徴的なテクニックを考察します。

題して、

「ました×畳み掛け×平板化」テクニック

です。

「ました」とは、前の選手に並びかけたり追い抜いたりした瞬間的な事象を過去形動詞で描写する一般的な語尾の表現です。ここに畳み掛けという変化を加えることで聴き手を引き込みます。「ぐんぐん迫ってきました、背後につきました、並びました、そして抜き去りました、順位が変わりました」といった具合です。同じ語尾を繰り返すことでリズム感と聴き心地の良さを生む効果があります。

「平板化」の平板とはアクセント用語の一つで、アクセントを上下させない平坦な読み方を指します。平板型とも言います。「ました」だけでは一般的な表現のため日テレ節にはなりませんが、平板アクセントをミックスさせることで、それはもう「あれっ、箱根駅伝の実況ぽくなってる!」というアナウンスに早変わりします。

どういうことかと言いますと、一般的に「〇〇ました」という際には、「た」で最も低い音になるのが自然です。スポーツ実況においても同じです。しかし野球でホームランが入った時には「入りましたーー!!」と尻上がりになることもありますが、箱根駅伝で日テレアナウンサーが実践するのは、「ました」を平板化して、句点ではなく読点を打つような感覚で後ろに流すように喋ります。さらに、そのあとも描写が続くことが多いため、次へのステップを踏むかのように弾ませる要素を入れて、「ましたっ」と「た」をジャンプさせます。これを真似するのは簡単ではありません。再現性を高めるには研鑽が必要です。

では、事例を紹介しましょう。今年の1号車を担当した蛯原哲さんの実況です。2区12キロすぎ、駒大の田澤が中大の吉居大を抜いてトップに立ったシーンで確認しましょう。公式ツイッターで動画を見ていただくと理解が早いと思います。文字起こしもしました。

https://twitter.com/hakone_ntv/status/1609714851169042434...

「もう田澤が近づいてきましたっ。権太坂の手前で、駒澤大学、史上5校目、大学駅伝3冠を狙う、駒澤大学のエース田澤廉がいま、せんとーうに立ちましたっ!首位に立ちました藤色のたすきっ!吉居大和が今ちょっと後退。2メートル3メートル後退していきましたっ。(動画のあと)田澤廉がまた、今年も花の2区で、せんとうーに立ちましたっ!」

30秒程度の短い実況の時間内で、当該技術が4度も使われていました。同じアクセントの語尾を畳み掛けることでリズム・テンポが生まれ、没入感を生んでいると感じませんか?

この技術を使っていたのは蛯原さんだけではなく、2号車の森圭介さん、バイクの山本健太さんからも顕著に聴かれました。もちろん、これは今年だけの現象ではなく、ここ数十年、とりわけ箱根駅伝で聴かれる日テレアナウンサー独特の節回しです。

では、次に出てくる疑問は、なぜこのテクニックが中継車のアナウンサーから聴かれるのか、です。放送センターの平川さん、芦ノ湖を担当した上重さんらからは、あまりこの節回しは聴かれませんでした。偶然、今年はこの技術を持っているアナウンサーが中継車に配置されたのでしょうか?それとも、むしろこの技術を持っているアナウンサーが中継車に起用されているのでしょうか?

おそらく当たっているのではないかという推察を述べますと、中継車を担当することになったアナウンサーの中で、当該技術を使いたい人が本番で実践している、というのが事実だと思われます。「ました」の平板型は畳み掛けることで演出効果を発揮するため、あまり劇的な状況の変化を喋ることがない放送センターや芦ノ湖など、その効能をあまり期待できない場所においてはむやみに活用しないという賢明な選択をしているのだと考えています。

となると、可能性は極めて低いとは思いつつも、仮に平川さんが再び中継車に戻って実況するとしたら日テレ節を使うのか?それはどちらとも言えないと思います。僕の見立てでは、日テレの中にも「平板ました」を愛用するタイプとそうでないタイプに二分していると思っています。この技術に限った好みと巧拙の問題もあるのかもしれません。

次に生まれる疑問は、誰がこのテクニックを開発したのか、です。僕の仮説では、船越雅史さんが発明者だと思っています。90年代、早稲田、山梨学院、神奈川大学が競い合って強かった頃、船越アナウンサーが1号車を毎年のように担当していたと記憶していますが、高校生時分の僕は毎年実況を聴くのを楽しみにしていました。その頃から船越さんから発せられる独特の節回しを耳にし、僕は「船越節」だと解釈していました。ところがその後、河村亮さんや蛯原さんのように、同じような節回しを実践する実況アナが現れたことで、日本テレビのスポーツ実況アナウンサー陣における集団的特徴であると受け止めるようになりました。僕もその頃には実況アナの一員になっていたので、密かに練習したり、箱根駅伝や東京国際マラソンなどで挑戦してみたこともありました。

船越さんは自分で編み出したかもしれないし、先輩アナウンサーの節回しを真似したのかもしれないし、そこから先はご本人に確認しないと分かりません。ただ、僕が言及したいのは、他のアナウンサーから支持されるような話し方やテクニックや仕事の作法のようなものは、日々同じ空間で仕事を共にする社員同士だと確実に伝播し共有され、襷のように継走されていくものなのだという点です。想像するに、例えばフジテレビの若手アナが蛯原さんの節回しに感化されて出雲駅伝で完コピしようものなら、おそらく上司のアナウンス部長あたりに「なに日テレみたいな喋りをしてるんだよ!」と雷一つ落とされるのではないでしょうか。

だとしたら、ここまで説明してきたテクニックは、日テレアナウンサー陣が持つ集団的個性を表す一つの象徴的な事例である証拠であり、もしかしたらステーションブランドに寄与している一つの特徴なのではないかと考えている所以です。

実は、もう一つ駅伝やマラソン中継で聴かれる日テレ節があるのですが、それはまたの機会に取っておきます。

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