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他局が模倣できない、J-WAVEの番組作りから経営戦略まで考える (3)

当コラムの最終回は、残された1つの論点の考察と、これまでの議論も踏まえたまとめをおこない、最後にJ-WAVEのこれからのリスクとチャレンジについて述べて締めくくります。どこまで共感を得られるのだろうか、自分で好きで書いているのだけど、僕にとってもチャレンジでありますw


表)筆者作成

番組の企画開発のコストを考える

最後の論点として、ラジオ局におけるヒット商品の企画開発について考えます。ラジオ局にとっての価値を高めるべく最も注力すべき商品とは、番組ですよね。番組の価値が高まれば、スポンサーが付いて売上・利益をもたらしたり、広報的にインパクトを与えたり、収益的に直接的であれ間接的であれ経営にプラスの影響をもたらします。どんな局も番組の価値の最大化を目指したい。そのために日々編成も制作現場も営業も汗をかいている、というわけです。

前の段落で、ヒット商品の「企画開発」と書きました。ヒット商品=番組の成功の定義をはっきりさせるために、番組が放送開始する前の開発段階についての考察に絞って議論をします。

あるラジオ番組が放送開始する前までのプロセスというと、あなたはどんな想像をしますか?

背中にセーターをかけて、両袖を首にふんわりと巻き付けている業界人的な偉い人=プロデューサーまたはチーフディレクターが、コンセプトを構想し、実現させるためのキャスティングや企画立案の指示を現場にし、現場が具体化していくけれど、セーター男がちゃぶ台返しして現場が練り直し、そのラリーを繰り返して、最終的にセーター男が実現したかった世界観がリスナーに届けられる。三谷幸喜さんの「ラヂオの時間」のイメージです。そんなナルシストまたは自己承認欲求系プロデューサーが今も幅を利かせているか否かは別として、この企画開発プロセスには各ラジオ局の企業文化が現れたり、過去から積み上げてきた力関係の慣性(イナーシャ)が働くところです。放送局の組織全体に及ぼす意思決定の権限が、編成セクションが強い局、営業セクションが強い局、または編成の中でも編成部が強いか制作部が強いかという分かれ方もあります。局内のパワーバランスが番組の企画開発にも少なからず影響を与える側面もあるでしょう。

さて、ラジオ局の経営的な根幹を成すのは、とりわけ日中(曜日問わず)の生ワイド番組です。早朝や夕方以降に放送されることが多い箱番組(30分から1時間程度の収録番組)とは異なり、立ち上げたら数年間は続けることを前提として編成され、文字通り局の顔となります。従って1年や2年など短期間で終了となると、業界的にはやんごとなき理由による打ち切りとネガティブに評価されるのが一般的です。生ワイドの企画開発には時間と労力が掛かります。

表)筆者作成

ブティック型と百貨店型のコストの違いとは?

これまでの議論で、J-WAVEとそのほかの局では戦略の方向性が異なることを明らかにしてきました。戦略の志向性として、J-WAVEはステーションブランド先行型のため全体最適を志向し、その他は番組単位での成功を是とする傾向が高いプログラムブランド先行型なので個別最適を志向します。

そうすると、何が起こるか。

仮に、両局で同時に平日日中の生ワイド番組の終了を見込み、同じ時間帯で新しい番組の企画開発を進めているとします。J-WAVEのようなブティック型の放送局は、終了を見込んでいる現行番組のコンセプトとステーションブランドの関係性が形式知化・言語化されているので、新たな番組の企画開発において、それらの知見が下敷きとなっているので議論・検討のスピードが速いことが想像できます。他方で百貨店型の局は、形式知化・言語化が、局全体の中の位置付けという観点でなされるというよりも、コンセプトがユニークか否かだったりキャスティングが強力だったかという商品単体の評価を重視したレビューを通しておこなわれ、その検証結果を踏まえた新番組の検討というプロセスになりがちだと考えられます。

そうなると、新しい番組が前の番組と同等かそれ以上に成功する(この成功の定義は難しいですが、ここではシンプルにリスナー数が増えたりスポンサー収入が増えたりすることを意味するとしましょう)ためには、ステーションブランドのような大きなビジョンや方向性があるのとないのとでは、企画開発のスピードや労力に大きな差が生じるのではないか。新番組の検討のたびに、家の建築でいう基礎部分があって構築していくのと基礎も含めてゼロベースから考えるくらいの差ではないか、というのが僕の見立てです。となると、成功確率にも違いが出てくると考えており、ブティック型は比較的高い成功確率で安定し、百貨店型は企画がハマった時は爆発的な成功に繋がるものの全般的には不安定で、成功確率は平均すると低いのではないか。企画開発するプロデューサーやチーフディレクターの個人が持つ能力に組織が頼ってしまう。個への依存性が高まりすぎると、組織としての再現性は不安定になります。どんなに優秀なプロデューサーでも、打つ手が毎度成功することはないからです。J-WAVEは開発コストが相対的に低く、再現性が高いと評価しているのはこういうことです。

私がかつていた局もそうでしたが、キャスティングありきのコンセプトで番組作りを志向すると、局の身の丈に合わないタレントを起用することに繋がり、企画開発段階に留まらず、番組開始後もパーソナリティに振り回されて労力が掛かって運用コストが高くつき、結果的に長続きしない最悪の結果に帰結しがちです(早めにやめる決断をするのは英断と言えるかもしれませんが)。首都圏ラジオ全体を近年牽引してきたある局が最近は振るわないという噂を見聞しますが、強力なパーソナリティの番組が相次いで終了して改編したタイミングと一致しているあたりを踏まえると、僕は百貨店型が陥りがちなパターンだと考えています。とはいえ、ラジオはパーソナリティ次第なところも正直あるので、局とパーソナリティのパワーバランスは永遠の論点と言えそうです。中の人にとっては、めちゃくちゃ難しい問題なのです。

さて、ではJ-WAVEは盤石なのでしょうか。

J-WAVEのこれからのリスクを考える

当コラムは最終盤に入って参りました。J-WAVEは、開局当初から大切にしてきた他局にない唯一無二のステーションブランドを築き上げ、それを磨き上げ続けることでビジネスモデルも強化してきた印象があります。しかし、いかなるブランドにも栄枯盛衰が付きもの。変化の激しい時代において、また、国内における年齢別人口動態が今後加速的に変化していくことが分かっているなかで、J-WAVEに限らず、メディア全般に言えることですが、自らのブランドを「売る」対象を誰に・どんな人にするのかを規定する難しさに益々直面することになります。

J-WAVEが今後リスクとして最も高いのは、根幹的な戦略であるステーションブランドが揺らぎ始めた時です。これまでのリスナーがJ-WAVEを聴かなくても代替手段で満たされるようになる、リスナーの加齢による生活スタイルの変化で聴取習慣が減る、若年層の獲得が上手くいかずにリスナーの代謝に苦戦する、新しいブランドを打ち上げるも受け入れられずに空振りする、イベントなどの放送外収入に注力しすぎるが余り主客逆転して放送との整合性が徐々に取れなくなってくる、といったシナリオは考えられます。

しかし、これらはJ-WAVEに限った話ではなく、ラジオ局全般に共通するイシューです。ステーションブランドが強く、依然として支持者が多いJ-WAVEは爆発力はないものの、安定したリスナー基盤を今後も作り、強いファンに支えられていくと考えています。個別最適な志向のラジオ局が、今後も番組のコンセプトやパーソナリティの起用がハマって好事例を作ることはあるでしょうし歓迎したいですが、局の戦略として再現性を高めることは容易ではありません。

ブランド階層論とWhyからはじめよ

当コラムを通じて、J-WAVEのようなブランド階層でいう最上階の確立、いわば企業としてのビジョン構築がもらたす経営へのインパクトを考えるきっかけになったとしたら幸いです。J-WAVEを聴いていると、彼らが実現したい真善美を感じることがあります。何を柱として大切にするか、削ぎ落とせるものは何なのか。大きな選択を迫られる分岐点に立った時、立ち返るWhyを持つこと。今の仕事を通じて知ったサイモン・シネックの「Whyからはじめよ」という動画をシェアして締めくくります。

3回にわたる長編を、最後までお読みくださり、めちゃめちゃ嬉しいです。ありがとうございました!!


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